蔵の片付け
伊佐屋にはかって味噌蔵をはさんで、二つの蔵がありました。今の母屋を建て替える時、下(しも)の蔵だけを残し解体処分しました。残った蔵には、期待したお宝はなく、祖父母の代からの衣装類や布団、お膳や木箱に入った食器類、商家らしく帳簿・文書の類も目立ちました。
この雑物の整理を娘たちにさせるわけにもいかないので、急遽整理を思い立ちました。
整理した蔵 & マイカーによる搬出
処分の大半は衣類、布団、座布団、木製生活用品(臼、杵、桝、桶、農具)と板類、陶器・ガラス類、近年はプラ製品が多数でした。目に付いたのが冠婚葬祭の「お返し類」で、もらってそのままの物がたくさん残っていました。入れ物も長持ち、行李、木箱からブリキ缶、プラケースと時代の変遷が分かります。
物が大事だったのでしょう、各種の古材や板、ガラス類も大切に保管してありました。
使えるものもあるけど、終活の一環として惜しげもなく捨てました。
都度トラックを借りるのも面倒なので、マイカー(スズキスペーシア)の運転席以外のシートを倒して軽トラ代わりにしました。
運ぶ先は20㎞離れた「クリーンパーク北但」、処理困難物として返されたのは瓦だけ、あとはすべて親切に受け入れていただきました。
可燃ごみはそのまま焼却されますが、不燃ごみは分別や解体、破砕など手間がかかります。
処理場に運んだごみの総量は、12回で1,370kg、うち金属器やガラス類の不燃ごみが350kgでした。処理費として支払ったのが、10㎏100円なので合計13,700円でした。手間暇をかけて持ち込めば結構安くつくものです。
1985年(昭和60年)の伊佐屋旧屋

蔵のことなら、1925年の北但震災で、大きな被害がなく蔵の外壁にひび割れがあったと父から聞きました。たぶん明治後期、百二三十前に建てたのでしょう。
屋根は8年前に野地板や垂木も瓦も替えました。中は1階2階とも湿気もなくしっかりしていています。大事な物を入れる倉庫として、耐久性・耐水性にすぐれた栗や桧が使われています。
瓦屋根どころか藁や茅葺きがほとんどだった時代、伊佐屋旧屋の瓦屋根両端に防火壁「卯建(うだつ)」 が上がり、漆喰で塗り込められた壁に木の竪格子がはめ込まれた「虫小窓」など、当時はそれなりの分限者だったのでしょう。















