旧制豊岡中学校 楽々浦6学徒殉難70年
戦後70年の節目の年を迎え、歴史の検証がいろいろな立場で行われています。
「憲法9条に定めるところは、戦争に明け暮れた国民の被害体験と、アジア諸国民への深刻な加害への反省から、どんなかたちでももう戦争はしない」という決意であり、国民は「これでもう殺し合うことはない」と安堵したはずでした。
安倍政権は従来の専守防衛から、集団安保体制に大転換する法案の国会提出を決めました。
法案には「平和」という名がついていますが、アメリカが世界で引き起こすあらゆる戦争に自衛隊が参戦・軍事支援できるようにするためのいわゆる「戦争」法案にほかなりません。
法案の中味もさることながら新法以外の関連10法案を一括審議するなど、やり方も強引で今国会成立への異常ともいえる執念が感じられます。
そんな2015年5月14日ですが、70年前の1945年5月14日、旧制豊岡中学校生徒が学徒動員の作業を終えた帰路で事故に遭い6人が亡くなりました。
同級生らでつくる「楽々浦殉難六学徒追悼の会」が毎年追悼行事を行っていらっしゃいますが、それぞれ85歳とお歳を召されています。
学制改革で豊岡高校となった敷地にある同窓会組織「達徳会館」に、追悼碑の写真と碑文の写しを額に入れ、預けられています。
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学徒動員の最中で、戦争の犠牲が若い中学生にまで及びました。
自由で青春を謳歌できた自分の高校時代と比べ、平和な時代を知ることなく、この世を去った生徒たちの無念さを思うと、改めて平和の大切さを考えさせられます。













場所は同級生である小山くんの画廊(アトリエ小山)を提供してもらい、いつもながらミニ同窓会のような盛り上がりでした。