2015 コウノトリ 山本巣塔 育雛中
3月26日に記事にした「コウノトリ 山本巣塔巣 抱卵」ですが、その後2羽のひなの孵化が確認されました。
大食いのこども達の食欲を満たすため父鳥は大忙しで餌取り、母親はカラスなどの外敵から雛を守っています。
餌探し カエルを持ち帰り
3月26日に記事にした「コウノトリ 山本巣塔巣 抱卵」ですが、その後2羽のひなの孵化が確認されました。
大食いのこども達の食欲を満たすため父鳥は大忙しで餌取り、母親はカラスなどの外敵から雛を守っています。
餌探し カエルを持ち帰り
4年前の3月11日でした。東北をはじめ東日本に大地震が発生し、東北の沿岸部を津波が襲い多くの人が犠牲になりました。
2月に入ってから目につきだしたのが、自宅近くの日高町山本のコウノトリ巣塔です。
つがいが巣塔に止まったり、田んぼで餌をあさったりしています。
よく見ると巣塔の下にも二羽のコウノトリがいます。
たぶん昨年巣立った子どもでしょうか?
巣塔と田んぼにペア
人工巣塔を2007年に設置してから、昨年まで3~4年続けてコウノトリのつがいが巣を作り産卵・孵化・巣立ちが確認されています。
昔なら松に巣を作ったのでしょうが、近くに住宅もホテルも立ち並ぶ大規模圃場が気に入ってくれたようです。
消費が減り、米余りで価格低下が深刻ですが、安全で美味しいお米作りづくりの取り組みが続けられています
有機質資材の肥料を多く使い、コウノトリを野生に戻す環境づくりの中で、減農薬や無農薬のブランドで一定成功しているようです。
豊岡市も付加価値の高いお米作りとして、抑草効果や収穫量向上などに効果が期待される「ポット成苗によるコウノトリ育む農法無農薬栽培」を勧めています。
栽培時には、専用田植機や乗用型除草機を貸し出し、専門的な技術指導を行うとしていて、触れ込みでは少労力高効率な有機栽培だそうです。
ポット成苗実証ほ場 冬季湛水ほ場
我が家のお米は少量自家消費のため、無農薬ではありませんが農薬は最初に使う除草剤だけで、土作り・元肥・穂肥すべて有機入り肥料を使っています。
95年阪神淡路大震災からちょうど20年、節目の年に追悼行事や報道特集がなされます。
都市震災として人や街に甚大な被害をもたらしましたが、いまはビルや住宅が建ち並び道や橋も整備され、外観上は震災の傷跡がほとんど見られません。
一方、死者 6,434人、負傷者 43,792人を始め心の傷跡は20年経ったいまも、消えるものではありません。
あの日から40年。
カテゴリーとしては「歴史」になってしまった感がある事件ですが、但馬人にとっても全国的にも忘れられない出来事でした。
1974年11月22日、部落解放同盟の一派による教育史上例を見ない暴力事件が八鹿高校教師に加えられました。
けっして許されない人権侵害の部落差別ですが、当時但馬も含めて住んでいた大阪でも「部落民以外はすべて差別者」の論理に基づいて、確認会、糾弾会の名で行政等に対する暴力的圧力による運動が広がっていました。
不法な暴力的手段による糾弾の的となった対象に、豊岡高校在学時代のT先生やH先生がいらっしゃいました。
許せなかったのは、学校管理者や県教委・町行政・一部の組合がそのお先棒を担いだり、警察も見逃す態度をとったことでした。
これをきっかけに市民の中にも「少しでも批判的な意見を言えば、糾弾されるのではないか」という恐れが生まれましたが、暴力に屈しない運動が広がり、南但馬の八鹿町・養父町・朝来町に暴力的圧力に屈しない町政が誕生しました。
私の住むのは国府平野の近くで、昔から有名な米どころです。
「大規模経営、担い手農家の育成、地域の活性化」の名の下に、「圃場整備」を10年前に終え、一区画が75m×200m=15,000㎡(150㌃・1.5㌶)、昔流で言うと、1町5反の大規模圃場も生まれています。
国府平野の代掻き中 田植え済みの圃場
競争力を強化した効率的な大規模圃場は生まれたものの、日本の農業事情を反映して、生産調整=作付面積の削減が求められ、相当部分の「減反」を余儀なくされています。
その西側山本地区に、5月1日に記事にしたコウノトリがすくすくと育っています。
GWの頃は頭がチラリとしか見えませんでしたが、それから20日経つと随分大きくなりました。
子供達の食欲を満たすためパパとママの餌取りは大変ですが、周りは水を張った田んぼなので、カエルや水生昆虫が豊富です。
ママと子供達 パパは餌取り
2011年から着工し旧庁舎も残しつつ、7階建ての新庁舎が昨年8月完成していました。
続いて旧豊岡郵便局だった南館などを撤去し、芝生広場や駐車場を整備したグランドオープン式典が開かれました。
オープンセレモニー
この日は菓子の神様中嶋神社の菓子祭りにあやかって、「菓子祭前日祭」も行われました。
豊岡駅から東へ延びる大開通商店街を歩行者天国にして、通りの片側に50店舗がテントを連ねいろいろなお菓子を販売しています。
数日前は雨の予報心配されましたが、好天に恵まれ家族連れがどっと繰り出しました。
今年で4回を迎える「菓子祭前日祭」、通りは人であふれかえり、行列のできるお店もでる但馬では滅多にお目にかかれない光景でした。
歩行者天国入り口 北但震災復興建築群
行列風景 製造直売店
前日オープンした旧銀行跡を改築した「豊岡1925」(愛称:25(にいごお))も、大勢の人で賑わっていました。
豊岡1925玄関 1階スイーツ販売コーナー
1階にはスイーツの販売コーナー、スイーツと軽食が楽しめるパーラーやアンティーク時計や玩具の展示のギャラリー、2階には客室、地階には地ビールとハイボールがたのしめるBARも置かれています。
少し離れた宵田町のカバンストリートでは、豊岡かばんの拠点施設「カバン・アルチザン・アベニュー」がオープンしました。
地域ブランド「豊岡鞄」を中心に約100種類をそろえ、かばん職人の養成学校もあるそうです。
アルチザンとは「職人」 セレモニー
子供の頃は柳ごうりの製造風景はあちこちで見られました。
その後ビニールカバンに変わりましたが、豊岡を代表する地場産業の地域ブランドとして成長してもらいたいものです。
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