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5月も月末近くになると連日夏日が続きます。
この先梅雨を経て真夏が訪れますが、光と熱そして水分とで夏野菜は一気に成長します。
伊佐屋菜園全景

他に収穫中のエンドウ3種・ニラ、収穫間近のニンニク・ラッキョウのほかゴーヤ・ピーマン・シシトウ・ミニトマト、ハーブではバジル・イタリアンパセリ、葉物はサニーレタス・ワサビナ・ルッコラ・ミズナを周期的に播くことにしています。
朝晩は少し冷え込んで、昼近くとなると25度を超す夏日となるものの湿度が少なくすが清々しい時期となりました。
雨の少ない播州や備州は梅雨時期にならないと田植えはできませんが、但馬は雨や雪が多く山に囲まれていることで、比較的水に恵まれています。
兼業農家も多いためかってはGWに田植えする家もありました。
温暖化の影響もあり真夏に成長期が重なり品質が落ちる恐れがあることから、農協の指導で5月中旬以降の田植えがほとんどとなりました。
耕耘・代掻き・稲刈りなど機械仕事は専業農家にお願いし、肥料・水管理など成長管理の全部を私が担当しています。
1反に満たない零細米農家の伊佐屋も20日に「さなぼり」を迎えました。
2009年マイブログ記事 → 我が家のさなぼり(合唱付き) ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-e3a4.html
広辞苑では「さなぶり(早上り)」で、田植えを終えた祝いと書いてあります。
香美町あたりでは、「シロメテ」と呼ぶようですが、うちの嫁さんの出身岡山県では「シロミテ」と呼びます。
シロつまり田が苗でミテるの意味で、ミテルは方言でいっぱいになることです。
5条植の田植機で30分足らずの仕事ですが、昔は、田植え時期になると但馬西部の旧美方郡から泊まりがけで早乙女(さおとめ)さんが来て、田植えをした記録があります。
私の子供の頃でも、この時期は「農繁休暇」として学校が休みになりました。
我が家でも他の農家から応援をもらい、子供の仕事は苗運び、苗の投げ入れ、植える目安となる玉が並んだ「田植え縄」を畦の両端で張ることでした。
大正から昭和にかけて田植えという重大行事が終了した喜びと感謝を表し、ご馳走を食べ慰労の村芝居まであったようです。
そんな昔を思い出しつつ豊岡市内に出て、ちょっぴり贅沢な「さなぼり」をお祝いしました。
3月26日に記事にした「コウノトリ 山本巣塔巣 抱卵」ですが、その後2羽のひなの孵化が確認されました。
大食いのこども達の食欲を満たすため父鳥は大忙しで餌取り、母親はカラスなどの外敵から雛を守っています。
餌探し カエルを持ち帰り
但馬山友会6月行事に、丹後と若狭にまたがり「若狭富士」と呼ばれる青葉山(693m)が予定されています。
本番は6月21日大型貸し切りバスによる日帰り登山で、コースや時間などの確認のため担当役員としてNリーダー他4人で下見に行ってきました。
西から見る青葉山 登り口 中山寺本堂

青葉山の東側には西国第二十九番札所の松尾寺、西には北陸観音霊場一番札所中山寺が置かれていて、今回は西の中山寺から登り、青葉山東峰→西峰を経て東の松尾寺に下るコースで、ガイドブックには3時間強となっています。
登山道マップ(右から左へ縦走)
登りは展望がない自然林が中心ですが、林の中でいろいろな野草が迎えてくれます。
シャガ ハンショウヅル
クサイチゴ 自然林の登山道
1時間ほど登ると展望台のでて、眼下に若狭湾の砂浜や島々が見渡せます。
小浜湾 展望台
ササユリの蕾 オットセイ?の木
馬の背からの高浜の街 マンネングサ
展望台から40分、最高点の東峰693m青葉神社に到着、青葉山は双耳峰となっていてこちらを東の権現と読んでいます。
途中出会った二人連れが、「この先ちょっと怖いところがありますよ」と笑って通り過ぎていきました。
散策マップにある西峰への途中にあるハシゴ・クサリ場のことだとわかりました。
ナナカマド ツクバネウツギ

エンレイソウ ホウチャクソウ

登りのハシゴ場 緊張する横クサリ(ロープ)場
縦ロープ場 ハシゴ場の下り
連続するハシゴとロープに緊張しながらゆっくり下ります。
怖いところではありますが、足場を固めハシゴやロープをしっかり掴むと危険なことはありませんし、青葉山登山の記憶にしっかり残ることでしょう。
大師洞 西の権現
ヤマアジサイ越しに内浦湾 舞鶴市内と湾
ハナイカダ ホウノキ
下山場所 松尾寺
西峰692mからのやや急な道をひたすら下ること約1時間、予報では3時頃から雨とのことでしたが、ぎりぎりセーフで東の玄関口松尾寺に到着しました。
両寺へのバスの進入路や乗降場所、コースやタイムなど必要なことを確認します。
気の置けない5人のメンバーで、景色や野草を愛でながら会話が途切れることがない楽しい下見でした。
青葉山登山のPRポイントは、松尾寺・中山寺参拝と山頂から望む日本海の絶景と可憐な野草たちですね。
登る途中でであったササユリは蕾でしたが、 例会には咲いて迎えてくれるでしょうか?
水分を含んで透明になった サンカヨウの白花
「兵庫県立人と自然の博物館」ひとはくセミナー「香美町の自然―春の植物を見て歩く」、2012年に参加して以来3年ぶりの参加です。
初日の観察場所はハチ北スキー場周辺(香美町大笹)、雪が溶けたばかりの但馬で一番遅い春の植物を観察しました。
観察は神鍋山野草を愛でる会のblog をクリックでどうぞ!
「新緑」、「風薫る」、「清々しい」という言葉が似合う時期となりました。
もうしばらくすると梅雨の兆しも感じられてくるでしょう。
裏庭のサクランボが実る頃になりました。
植えて二十数年になるのですが、毎年のように枝一杯に実を付けます。
調べてみると我が家の品種はフランス生まれで、明治末期に日本に導入されたようです。
佐藤錦なら一粒100円近くするものもありますが、何ごとにも控えめに生きるの主人の名を取り「伊佐屋錦」と命名しました。
その「伊佐屋錦」、小粒で味も薄く、梅桃(ゆすらうめ)に似るが味はもっと淡泊といったところです。
果肉は赤くてやわらかく、甘さは控えめで酸味があり、軸からすぐ落ちてしまうのでジャムか果実酒に適します。
先日の台風6号の強風に相当数落下し、ヒヨドリの攻撃に耐えた実を、脚立を使って頑張って収穫しました。
見た目は一流 サクランボ


そのまま食べても控えめの甘さしかなく、そう食べられるものでもないので、洗って種を取り砂糖を加え煮詰めて自家製ジャムにします。
イチゴジャムのような派手さはなく、控えめな風味に砂糖の甘さが引き立つ味で、けっこういけるという評判です。
戦後70年の節目の年を迎え、歴史の検証がいろいろな立場で行われています。
「憲法9条に定めるところは、戦争に明け暮れた国民の被害体験と、アジア諸国民への深刻な加害への反省から、どんなかたちでももう戦争はしない」という決意であり、国民は「これでもう殺し合うことはない」と安堵したはずでした。
安倍政権は従来の専守防衛から、集団安保体制に大転換する法案の国会提出を決めました。
法案には「平和」という名がついていますが、アメリカが世界で引き起こすあらゆる戦争に自衛隊が参戦・軍事支援できるようにするためのいわゆる「戦争」法案にほかなりません。
法案の中味もさることながら新法以外の関連10法案を一括審議するなど、やり方も強引で今国会成立への異常ともいえる執念が感じられます。
そんな2015年5月14日ですが、70年前の1945年5月14日、旧制豊岡中学校生徒が学徒動員の作業を終えた帰路で事故に遭い6人が亡くなりました。
同級生らでつくる「楽々浦殉難六学徒追悼の会」が毎年追悼行事を行っていらっしゃいますが、それぞれ85歳とお歳を召されています。
学制改革で豊岡高校となった敷地にある同窓会組織「達徳会館」に、追悼碑の写真と碑文の写しを額に入れ、預けられています。
伊佐屋三木のblog → 「旧制豊岡中学校 楽々浦学徒殉難6学徒」 をどうぞ
(クリックで記事に移動し、戻るボタン(←)でもとに戻れます)
学徒動員の最中で、戦争の犠牲が若い中学生にまで及びました。
自由で青春を謳歌できた自分の高校時代と比べ、平和な時代を知ることなく、この世を去った生徒たちの無念さを思うと、改めて平和の大切さを考えさせられます。
「神鍋山野草を愛でる会」のブログを以下のアドレスに引っ越しました。 ↓
http://kannabe-mederukai.cocolog-nifty.com/blog/
①ブログタイトルやイメージは同じですが、都合によりアドレスを変更しました。
②新ブログをブックマークするか、右クリックで「デスクトップにショートカット」を作っていただくと直接新ブログに繋がり便利です。
「伊佐屋三木のblog」の右、「神鍋山野草を愛でる会」は新アドレスに変えています。
4月11日に新居に引っ越したばかりでご不便をおかけしますが、ブログ充実のためご理解ください。
m(_ _)m ( izayamiki )

我が家から徒歩で20分、国府駅に近い山の中腹に水生山長楽寺があります。
長楽寺縁起には「奈良朝の和銅年間行基菩薩により開創された寺で、平安朝時代に真言宗に改められた・・・」とされる古刹です。
また山頂には水生城がおかれ、南北朝期には南朝方の、戦国末期には山名方の拠点として羽柴軍と戦った「水生城の合戦」で寺も焼失したとされます。
麓の登り口 仁王門
境内には推定樹齢500年とされる県指定天然記念物の散り椿が有名です。
(丸ごと落ちる普通の椿と違い、花びらが1枚ずつ散るので散り椿と呼ばれています。)
2015年 戦後70年・今・平和と憲法を考える「但馬憲法講演会」に参加しました。
GW中の開催とあって入りが心配されましたが、市民会館大会議室はほぼ満員でした。
講師は憲法・平和学の和田進神戸大学名誉教授で、「戦後70年・日本国憲法の岐路・・・・・戦争立法を斬る・・」のタイトルです。
少々専門的でしたが、政府の9条の解釈改憲の歴史を自衛隊設立から始まり、90年以降の海外「派遣」体制についての詳しい分析がありました。
従来の「個別自衛権の発動のための自衛力の保持」(専守防衛論)では説明できなくなった海外出動や集団安全保障体制を、安倍内閣は憲法改正ではなく解釈変更による実質「改憲」を乱暴に進めていることも。
安倍内閣の暴走に対し、自民党幹事長経験の古賀・野中・加藤の三氏からの批判や歴代法制局長官からの抗議、改憲論者からも「解釈改憲は間違い」との意見が寄せられていることや、知事選・衆議院選で見せたオール沖縄の勝利など「憲法擁護の保革を超えた国民的共同の実現」を訴える熱いお話しでした。
最後に紹介された『憲法9条の根底にあるのは、戦争に明け暮れた国民の被害体験と、アジア諸国民への深刻な加害への反省から、もう戦争はごめんだという心の底からの決意に他なりません。
憲法の制定過程には紆余曲折がありますが、この9条を受け取った国民は「これでもう殺し合うことはない」と心底から安堵したのです』(憲法学者 森 秀樹氏の新聞投稿記事)が印象的でした。
第二次安倍内閣によって、集団的自衛権容認の解釈改憲がなされ、アメリカの戦争に後方支援で加担する狙いがはっきりしてきました。
今回の新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)でも、対象地域が「極東」から「アジア・太平洋地域」に、そして「地球規模・グローバル」に広がりました。
連休明け国会で、自公合意に基づく「安全保障体制」への新たな法案と関連法案の一括改正が予定されています。
近年若い世代に安全保障体制や自衛隊増強を認める傾向があります。
中国の軍事的台頭や北朝鮮のミサイル・核開発が国民に不安を与えているのでしょうが、戦後日本の原点に帰ると軍事対抗路線の無意味さが分かってきます。
会場には中高年がほとんどで、若い世代はみられませんでした。
戦後70年を迎え日本国憲法がかってない岐路に立たされています。
私は1947年生まれで日本国憲法と同じ歳、戦争体験を聞き学んで育った世代です。
これからも日本が誇る憲法9条をまもり、平和な世の中を築くため行動します。
<伊佐屋三木のblog 憲法シリーズ>
・「解釈改憲」は許されない(2014.5.18)
・不幸な日(2013.12.7)
・ならぬことはならぬ 同期生から一言(2013.5.3)
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