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2015年3月29日 (日)

歴史講座 香美町の城と小代一揆

前日燻製グルメで遊んだあとはお勉強です。
山名氏城跡保存会主催による第6回「このすみ・ありこ歴史講演会」に参加しました。

テーマは 『但馬の城郭』 香美町の報告 ー 垣屋豊継の要害・小代一揆の城郭 ー
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講師は但馬城郭研究の第一人者 西尾孝昌氏(山名氏城跡保存会会長)です。
場所は福住地区交流センター、ミニ講演会ということで20名程度でしたが、中には新潟市から参加された方も見受けられました。
講演要旨              小代一揆(大屋町史抜粋)
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A3版13枚が資料として、別に大屋町史抜粋の小冊子も配付されました。
古文書には毛利勢と織田勢がせめぎあう但馬の状況と合戦の様子が、別に香美町地域(香美区、村岡区、小代区)の山城の場所と縄張り図が配布され、新たに伊勢御師(おし)による「但馬にしかた日記(檀家帳)」と併せて城・国人・地侍の名と各城の特徴を説明していただきました。
 
後半は「小代(おじろ)一揆」についてのお話しでした。
天正期に信長の命を受け毛利討伐を狙い播磨侵攻と同時に但馬平定を狙う秀吉と、ここを失えば因幡・伯耆・出雲・石見へと軍を進められるのを恐れる毛利方吉川など政治的に駆け引きし、有力国人を奪い合います。
もともと毛利の影響が強い但馬において、どちらに組みするか国人・地侍は大いに悩んだものでしょう。
私の住む日高町でも、「宵田表の戦い」「善応寺野の合戦」「水生城の合戦」など、山名氏の被官である垣屋氏を中心に秀吉勢と闘います。

また秀吉軍は山深く険しい地の山城や砦を利用して抵抗する小代谷で「強盗(がんどう)」とも呼んだ一揆衆に手を焼きながらも平定し、但馬から鳥取へと軍を進めます。
資料では皆殺しに近い形で小代が制圧されるさまが勝者の立場で描かれています。

 
「小代一揆」のことは話に聞いていましたが、今回詳しく教えていただきました。
「戦い」とか「合戦」と呼ばず、「一揆」と呼ぶのは勢力の小さい国人や地侍のゲリラ戦だったからでしょうか?
敗者側の資料がほとんどなく、僅かに供養塔や塚しか残っていないのは世の常ですね。

西の毛利方、東の織田方が行き来するには若桜と関宮・大屋を結ぶ氷ノ山越えのルートが主要道だったそうです。
いまでも氷ノ山登山のコースとして利用され伊勢参りの道標も残っていますが、馬や荷駄が通行するには狭く険しすぎるような感もしますがどのような方策を行ったのでしょうか?
 
但馬の歴史やふるさとの城郭、社寺建築から学ぶと消化不良ながらも少しずつ繋がってくるのが感じられます。
古くは源氏と平家、南北朝の対立、室町期応仁の乱の東軍と西軍、戦国期の織豊と毛利、関ヶ原の東軍と西軍、幕末の徳川と薩長軍、但馬はいつも厳しくも苦しい選択を迫られてきたのです。
 
 

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大変勉強になります。
また時間が合えば聴きに行きたいです。

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