学校給食週間に寄せて 完全給食編
3年前の「伊佐屋三木のblog」の「完全給食編」を再録します。
昭和36年の給食センターの完成で、小・中学校が隣接していた府中校区で完全給食が始まりました。
府中中学校校舎 中学校全景と校歌
府中中学校校舎 中学校全景と校歌
(小山譲 画)
カレーシチュー・けんちん汁・鯨の竜田揚げなどが人気メニューでした。
男の子はさっさとおかずと汁を済ませ、残ったパンをポケットに入れて、体育館や運動場で遊んだものでした。
アメリカからの援助は、米食中心の日本人をパン食に慣れさせて 、米国の小麦の輸出を図る狙いがありました。
米に較べて作りにくい小麦から作るパンを食べる習慣ができ、我が国の自給率がどんどん落ちたのを見ると、学校給食を通じて日本人の食生活を欧風化・小麦化する狙いは見事に成功しました。
その後学校給食にご飯が取りいれられたのは昭和51年それから徐々に増え、豊岡市では平成21年から5日間すべてがご飯に替わっているそうです。
ほとんど輸入に頼る小麦から、100%自給が可能な米に切り替えるのになんと時間がかかったことでしょう。
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今ではパンのほうが珍しく、息子はたまのパンの日が嬉しいと思うことが。
僕の頃は週3パン、週2ごはん。
しかも高学年頃からだったかと思います。
投稿: 栄治 | 2015年1月26日 (月) 07時20分