フォト

鹿鳴人のつぶやき

神鍋山野草を愛でる会

無料ブログはココログ

« 初登り 白髪岳722m | トップページ | 学校給食週間に寄せて ミルク給食編 »

2015年1月23日 (金)

学校給食週間に寄せて 弁当編

明日から学校給食週間、24日は記念日だそうです。

いまでは当たり前のこととなりましたが、団塊世代の私にとって給食には一杯思い出があります。
当時学校で一番楽しみと言えば、給食(弁当)と体育の時間でした。
3年前の「伊佐屋三木のblog」の給食関連3連発を再録します。
 
太平洋戦争敗戦後の昭和22年の生まれで、小学校入学は昭和29年、昭和35年の卒業までの6年間の弁当と給食の思い出です。
府中小学校正門           教室から大岡山  
P7040004tt   P7060001tt
             (小山譲 画)
給食が開始されるまでは弁当持参で、アルマイト製の弁当箱に独立したおかず箱とご飯が詰められていました。
お茶は弁当の蓋に入れてもらって、斜めに傾けて角から上手に飲んでいました。
普段はそのままいただくのですが、但馬の冬は厳しく冷たいまま食べさせるわけにはいかないと、ダルマストーブの上に四角い大きな缶を乗せ、底に水を入れ蒸気で蒸して加温していました。
登校して石炭ストーブに火が付くと、弁当箱を順に缶に並べて積み上げるのが当番の仕事でした。
お昼前になり、缶の蓋を開けると温められた弁当からたくあんの香りが辺り一面に広がったのを覚えています。
 
昭和30年代はまだまだ物も少なく、貧しい時期だったと思うのですが、田舎でもあり米や野菜を自給しており、親の苦労はわかりませんが、ひもじいという思いはありませんでした。
希に母親の都合で、弁当の替わりに向かいの八代商店でパンを買って持参することがありましたが、周りから羨まれたりしてちょっぴり嬉しくもありました。
昭和29年に「学校給食法」が制定され、小4でミルク給食の開始、中1で完全給食が実施されたことで、遠足や運動会以外は無くなりました。
 
 

« 初登り 白髪岳722m | トップページ | 学校給食週間に寄せて ミルク給食編 »

青春」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。