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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2014年12月

2014年12月27日 (土)

CINEMACTION  豊劇が再生しました

2年前閉鎖となった豊岡劇場 (とよげき)が復活すると聞き、27日グランドオープンの記念式典と初上映「小野寺の弟・小野寺の姉」に参加してきました。

映画『小野寺の弟・小野寺の姉』公式サイト

閉館については、blogの記事をご覧ください。 
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昭和2年(1927)年に芝居小屋として誕生し、その後映画館として但馬の映像文化をになってきたものの、入場者減とデジタル化による巨額の投資ができず、閉館が決まったことは残念なことでしたが、再生に向けてプロジェクトが立ち上がりました。 

大ホール入り口           ロビー・CAFE&BAR
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片桐さんのビデオメッセージ   観客参加のテープカット
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上映映画の主人公であって、閉館前に豊劇を訪れたこともある片桐はいりさんから、「豊岡がカバンやコウノトリだけでなく、ほとんど無くなってしまった映画館がある町として有名になってほしい」とのビデオメッセージがありました。
 
嬉しかったのはセレモニーのメインであるテープカットが代表の石橋さんと映画評論家塩田時敏さんと会場から挙手で選んだ3組の観客だったことでした。
市長や議員でもなく、再生を応援するファンから選ばれたことは、「再生プロジェクト」の主体となって寄付に応じた120人の市民が主役であることを示しています。
 
この日の参加者は80人だそうで、私のような昔を懐かしむシニアよりも若者や女性客が目立ったのも意外でした。
映画は少し経てばDVDでも観られますが、「劇場空間で観るという体感」が大切だと言われます。
上映最後の「エンディングロール」が終わるまで、誰も席を立たずに余韻を楽しむ風景も映画館ならではのものでした。
 
北但震災復興の鉄筋コンクリート(レリーフや徽章が特徴的)
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外観はレトロな雰囲気をそのままに、小ホールは、主に演奏会やイベント等などに使える多目的ホールに改修し、ロビーは映画を観なくとも自由に出入りできるCAFE&BAR として営業されます。
再生プロジェクト及び運営・上映中及び上映予定の映画は
豊劇会員も募集されています。
 
 

2014年12月21日 (日)

「3回とらふぐ」

忘年会もいよいよ後半戦。

現役時代に比べてぐっと減りましたが、20日に役員を務める会社の忘年会、淡路島に渡り、「3年とらふぐ」をおよばれしてきました。
「3年とらふぐ」は養殖ながらも大きさも歯ごたえも天然物にひけをとらないとして、この時期南淡路福良漁業組合の名物です。
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実は12月始めに南淡路に住む甥達からあることの礼としててっちりセットが届き、我が家の野菜とともにありがたくいただきました。
この時入っていたのが、くじ付きのハガキで、コインで削ってみるとなんと「一等賞」でした。
賞品は、淡路島3年とらふぐてっちりセット(身+アラ+ひれで4~5人前)です。
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チラシで確認すると、10月から5ヶ月間で「3年とらふぐ」を食べた人の中から35本しかあたらないとのこと。
この日の忘年会でも誰もあたりませんでしたが、一足早いクリスマスプレゼントとなりました。
普段は食べられない贅沢なふぐですが、姪と甥のおかげで我が家では3年ならぬ「3回とらふぐ」となりました。
 
 

2014年12月19日 (金)

ちび黒豆の収穫

4年前に県下一の高峰、氷ノ山の麓の民宿に泊まったとき、小粒の黒豆が干してあるのを見て、30粒ほどわけていただきました。
それから毎年20株ほど作り続けていて、小豆よりも小さいので手間がかかりますが、我が家は豆ご飯にしたり、かき餅に入れます。
小粒黒豆とかちび黒豆と呼ばれ、一部の道の駅にも販売されています。
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豆ご飯と黒豆入りかき餅
Pc200144品種は「丹波黒大豆」から選抜育成された固定品種で、名は丹近黒(ニオウグロ)と呼びます。
(登録出願時の名称は「黒しずく」だったとか)
味は小粒なためか、豆らしい味が少し薄いように思います。
米菓や納豆・黒豆茶の原料など加工用に使われるのとご飯に入れて炊くと全体がピンク色になるのがおもしろいので、比較的大粒で形のよいものを種として取っておきます。
 
 

2014年12月17日 (水)

2014 チームF1B納会

私の住む府市場区を中心とするランニングチーム「チームF1B」の納会の話題です。
14日、メンバー11名のうち8名の参加です。
毎日が日曜の私は、この日のために伊佐屋特製の燻製を準備しました。
カンパーイ!             伊佐屋特製の燻製
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一年の始まりは、1月3日の桜堤コース初走り、箱根駅伝をテレビ鑑賞が恒例となっています。
 
<ランニング部門>
・4月27日  香住ジオパークフルマラソン
・5月25日  浜坂麒麟獅子マラソン
・11月23日 久美浜湾一周駅伝2チーム参加
11月2日の丹波もみじの里ハーフマラソンは水害の影響で中止されました。
また12月14日に実施予定の植村直己スポーツ公園主催のリレーマラソンも積雪のため中止されました。
 
<山登り部門>
・3月10日  小野アルプス縦走
・8月29~30日 北アルプス常念岳・横通岳登山
11月3日の須留ヶ峰紅葉登山は雨天につき自主的に取り止めました。
 
この一年ランニングに駅伝・山登りといろいろ楽しませてもらい、燻製のまろやかな香りのなかで、お酒も話しも大いにすすみました。
早速1月3日初走りと箱根駅伝観賞と17日に初登りとして雪彦山が決まりました。
 

2014年12月14日 (日)

2014 加藤文太郎山の会忘年会

但馬山友会の納会は11月16日に行われましたが、所属するもう一つの山の会、「加藤文太郎山(さん)の会」の忘年会に参加してきました。

忘年会に先だって浜坂県民サンビーチにの清掃活動が行われました。
私は参加できませんでしたが、他に登山道の整備など地域保全活動にも力を入れています。
豊岡市日高町に住む私は浜坂駅まで行き帰りは電車を利用しましたが、片道1時間半の小旅気分が楽しめます。
鎧駅から               地上40mの餘部橋梁から
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会場は○○水産経営のレストラン、海辺のご馳走が並びます。
加藤文太郎山の会の会員は110人、忘年会出席は35人、3分の一の参加です。
田中会長の挨拶で、8月の「南アルプス白峰三山縦走」 、「10月の神戸~浜坂間のリレー縦走」のほか一年の活動が報告されました。
乾杯は昨年制定された条例に基づいて、日本酒が予め紙コップに注がれています。
(新温泉町条例33号 → 「130926nihonsyuzyourei.pdf」をダウンロード )

 
乾杯は日本酒で           海の幸がずらり
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開会に先だっておじさまバンドに合わせて会のテーマソング加藤文太郎の歌を皆で歌います。
おじさんバンドとおばさんコーラスにあわせてテーマソング
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リピート山中 「孤高の人よ~加藤文太郎の歌」
 
会食では、北岳・間ノ岳・農鳥岳の3,000m級の稜線歩きの感動、初日9時間、二日目10時間のハードな行程と山小屋話で盛り上がりました。
厳しかった分だけ思い出も深く、話が弾むのでしょう。
夏の縦走や忘年会参加もこれで3年連続となり、顔見知りの方々が多く、いろいろ声をかけていただきました。
総体的に夏の「南アルプス白峰三山縦走」はハード過ぎたという意見が多く、次回の山行に生かされるものと思われます。
 

2014年12月12日 (金)

師走の選択 伊佐屋の独り言

14日投票の衆議院議員選挙の投票率が5割切る可能性が取りざたされています。

消費税、経済対策、集団的自衛権、原発再稼働、沖縄基地移転問題など争点はあるはずなのに、盛り上がりが欠けると言います。
政権側の利害と思惑による「大義なき抜き打ち解散」の意図があたって、与党大勝の予想がなされています。
自民党に批判的な層からも、「民主党にはだまされた上に、第3極に裏切られた」と言う声が聞かれます。
前回選挙の時、「政権交代 伊佐屋の独り言」にも書きましたが、もともと理念や基本政策を棚上げにし、選挙目当で集まった政党をマスコミが「第3極」ともてはやし、国民に期待を持たせたのです。
その「第3極」もほとんどが分裂し、解散消滅した党もでるていたらく、消去法で取りあえず現政権しかないという選択になるのでしょうか?
 
「アベノミクス」の是非も争点と言いますが、株価が上がり大企業の業績が好調で、一部賃上も実施され一見経済が上向いているように思われます。
中味を見ると中小企業や自営業者にとって消費税率アップに円安も加わって、経営が苦しくなっていると耳にします。
私の年金生活も、米や野菜を自産自消していても、消費税アップや円安による物価の高さがとても堪(こた)えます。
国・日銀が自国の通貨価値をおとしめているのですからたまりません。
人間世界の「弱肉強食」が進んでいるのが感じられます。
 
一方、千数百年に渡って大陸文化が伝わり交流を続けてきたアジアの隣国との関係が悪化しています。
集団的自衛権閣議決定・秘密保護法施行、靖国神社参拝など、安倍内閣の「富国強兵」路線も気になるところです。
 
投票に行かない人が増えると得するのは政権政党です。
今度は初物がないぶんじっくりと理念・政策・政治姿勢を見定めることができます。
「だました方が悪いのか?だまされる方が悪いのか?」
期待と幻滅の繰り返しは有権者側にも責任があります。
やはり節を曲げず、長年鍛え続けてぶれない「ビンテージ」に期待するとしましょう。
 

2014年12月 8日 (月)

社会的言動に勲章を

高倉健さんが亡くなって、それを追うように菅原文太さんも亡くなりました。
昭和を代表する2人に、テレビは追悼特集を組み、多くの名場面を流しています。
菅原文太さんと言えば、健さんと同様任侠映画シリーズで有名になりました。
その後「トラック野郎」シリーズで名を馳せましたが、私には「仁義なき戦い」シリーズと近作「千と千尋の神隠し」での声優「釜じい」が印象に残っています。

そんな彼も家族の不幸や東北大震災などを経験し、俳優を引退し農業に従事したり支援する一方、環境破壊、脱原発、秘密保護法撤廃、戦争反対など積極的に「社会的発言」を続けてきました。

Scn_0002_4亡くなる直前の11月1日、沖縄県知事選での翁長雄志氏の応援集会で、とつとつと噛みしめるような話し口が印象的でした。「政治の役割は二つあります。一つは国民を飢えさせないこと。安全な食べ物を食べさせること。もう一つは、これが最も大切です。絶対に戦争をしないこと。・・・」と自身の少年時代の思い出と合わせて戦争反対・辺野古への基地移転反対を訴えていました。

 
「仁義なき戦い」シリーズが何故好きだったのか分かりませんが、実録に基づいたリアルさと利権をあさりうまく立ち回る側とその楯とされ捨て駒として使われた若者達が描かれていたように思います。
シリーズ最後の「頂上作戦」のラストで刑務所に送られる途中、窓の隙間から雪が吹き込んでいる廊下で顔を合わせた菅原文太と小林旭が、「もうわしらの時代じゃないのかもしれんのお」としみじみ話すのも印象的でした。
 
応援演説で、裏切り者で子分達を闘わせてうまく立ち回る悪役山守組長に、「山守さん、弾はまだ残っとるがよ」と脅した台詞を引用して、「仲井真さん、弾はまだ残っとるがよ」とぶつけてやりたいとの発言も。
病状も深刻化していたでしょうに、日本の現状と政治の動きに対し「黙ってはいられない」との思いが、彼を突き動かしたのでしょう。
 
今日12月8日は10年に及ぶ日中戦争の泥沼化の中、英米を始めとする世界を相手とした無謀な太平洋戦争開戦の日。
高倉健さんは個人を出さず、「社会的発言」もすることなく、映画人としての功績で文化勲章を受賞しました。
「社会的発言や行動」を続けた菅原文太氏には、ふるさと日本の自然や環境を愛し、戦争を憎み平和を愛する庶民から勲章をあげたいと思います。
 
 

2014年12月 6日 (土)

2014年 初雪

12月に入ったとたん寒気が押し寄せ、木枯らしが吹きすさび予報どおり早朝から雪が降り続き、2014年の初雪となりました。

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屋根の上に数センチ程度で、気温が比較的高いのか降っても積もることはありません。
昨日のうちにタイヤ交換を済ませておいたので、慌てることはありません。
今日は土曜日、通学もなく通勤も少ないので混乱はないようです。
 
 
P3030034強い寒気によるものでしょうが、時折雷が鳴ります。
我が家の柴犬ハルは雷が大の苦手、稲光の段階で泣き出し、音が聞こえるともう小屋を飛び出して「HELP ME!」状態、体をがたがた震わせ、外に出て助けを呼びます。
人のいないときは、ロープ伝いに6m離れたスモモの木まで移動して震えています。
どこの犬も雷は苦手と聞きますが、三方を囲った安全なはずの小屋から飛び出すのは解せませんね。
そこでご主人様の出番、玄関横のシャッター付きのガレージに入れると治まります。
そんな人騒がせな初雪ですが、マイブログのサイト内検索「初雪」で調べると・・・
・2010年 → 12月25日
・2011年 → 12月16日
・2012年 → 12月 6日
・2013年 → 12月 4日  ・・・となっています。
そうすると今年は少し早いほうでしょうか。
 
 
寒気のピークは明日まで、松の剪定は終えましたが庭木の雪囲いと合わせて野菜の収穫と保存など本格的な雪対策にかかります。
 

2014年12月 1日 (月)

旧中和家住宅の一般公開

2012年春に豊岡市に無償譲渡され出石町三木の「旧中和家住宅」の母屋と庭園、一部所蔵品の公開がありました。
 
旧中和家住宅は江戸時代から続く旧家で、母屋と庭は江戸時代中期に造られたといわれています。母屋は昭和初期に二階建てへ改築されましたが、当初は茅(かや)葺の平屋でした。書院造のオクノマとナカノマは、築造当時からほとんど手が加えられず、江戸時代中期の空間がそのまま残されています。(豊岡市HP)
住宅正面              袖うだつ
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当初はかやぶきの屋根だったのを養蚕のために増改築され、瓦屋根に変わり空調のため抜気が設けられたのでしょう。
抜気(小屋根)           中の間(仏壇の間)ふすま絵(鹿)
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奥の間ふすま絵(天橋立)    奥の間(書院) 
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所蔵品のなかには、出石藩主だった仙石氏からの拝領品と思われる家紋入り幕や鑓(やり)、食籠(じきろう)などが含まれており、大庄屋であった当家と歴代藩主との関わりを示すものとして注目されます。(豊岡市HP)
携行用酒燗器         仙石家家紋入食籠   
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天秤机・軽量用具      螺鈿蒔絵遊山弁当箱 
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オクノマから取り付く庭園(東庭)は、これも江戸時代中期に作庭されたもので、豊岡市指定名勝になっています。小ぶりな池泉(ちせん)鑑賞式庭園ですが、石組みや庭園構成に優れ、洗練されたものに仕上げられています。(豊岡市HP)
池泉式庭園(江戸後期作庭) 
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庭園については、「兵庫県の日本庭園―歴史と美を訪ねて」(西 桂 著)にも取り上げられています。
この本の「中和邸庭園の歴史と概要」で、中和家はもとの姓を中尾といい、大庄屋で素封家だったこと。
隣に位置する龍谷寺が移転してきたとき寺領を寄進して大壇越として尽くしたこと。
5代目のとき分家との間にもめ事が起き、時の宗鏡寺一道宗等禅師の仲介で円満解決して、中和に改姓したことが軸物に残っていることなどが書かれています。
 
この分家の中尾家と伊佐屋とは、三木家長男・三男(私の祖父)・四男・五男の4人も婚姻関係を結んでいます。
そんなご縁で本家の十代目中和岡右衛門さんとは何回かお会いしたことがあります。
 
住宅は先般文化審議会が、但馬最古級の大型民家遺構で、近代の養蚕振興に伴う変化がうかがえる点などと評価し、登録有形文化財にするよう文科大臣に答申し、近く告示されるようです。 
以前見学した森尾の平尾源太夫邸、引野の赤木邸も国登録有形文化財に指定されています。
いずれの建物も大庄屋・大地主の居宅ながらも華美に流されず、但馬に住む人々の実直かつ堅実な暮らしぶりを伺わせました。
・当日配布された資料をご覧下さい。
「nakawa-1.pdf」をダウンロード
・毎日新聞但馬版 2012年3月26日
「mainichi-tajima.pdf」をダウンロード
 
 

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