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2014年11月25日 (火)

40周年記念総会に参加してきました

作家 吉開那津子さんの講演
20141124_143613_2先日記事にした記念集会に参加してきました。
地元兵庫を始め各地から県高等学校教職員OBや当時の八鹿高校在校生、人権運動組織、政党の方々、私のような一般参加もあって会場の長寿の郷で一番大きい郷ホールは満員でした。
高校時代の担任の懐かしいお顔も見られましたが、被害者も生徒も参加者も40年の長い月日が感じられました。

八鹿高校生徒自治会新聞
Pb260187 会場で配布された当時の生徒自治会新聞を読むと、生徒の側から見た事件の様子や経過が書かれていて、生徒の意識の高さと冷静にものを見る立場に感心させられます。
校長・教頭・南但馬八町長・警察などに出した要求書には、事件の責任の追及と正常化を求めて生徒・教師の身の安全を保証し、教師を学校現場に復帰させることが記されています。
 
 
事件の背景には部落差別の歴史や解放運動の路線対立、八鹿高校で実践されていた民主教育を目の上のたんこぶする教育行政の狙い、教職員組合や政党間の対立など複雑な要因が考えられます。
なにをおいても憲法下の民主主義の時代に不法・無法な暴力が公然と教育現場で行われたことは全国に衝撃を与えました。
三日後の11月25日  衆議院文教委員会 山原健二郎 議員の質問の文部省や警察庁とのやりとりを見ると当時の様子がよく分かります。
集会を伝えるSA紙(11・25)
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加害者側の闘争本部で赤ハチマキを締めて煽っていた但馬教育事務所長や被害教師の中に豊岡高校時代の先生がいらっしゃいました。
集団による強い脅しや暴力に対し人は一時的に無力であっても、不正義はいつまでも続かないことを身をもって教えてくれました。
つらく悲しい経験でしたが、その後の地方自治や解放運動に影響を与え、民主主義の成長に役立ったことが救いでした。
 

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