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    日本が誇る憲法九条をまもり、平和な世の中を築くため行動します。
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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2014年5月

2014年5月29日 (木)

進美寺山~須留岐山

進美寺山361m~須留岐山450mに続く凸凹の山並みは、国府平野側からも養父市側からも目立ちます。
豊岡市側から            養父市側から
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山腹にある日前山(にちぜんざん)進美寺(しんめいじ)は行基が開いたとされる天台宗の古刹で、古くからの参道で日置神社からのコースほか赤崎側からも登れます。

一方、東方向に連なる須留喜(するぎ)山麓の須留岐山(するぎざん)浅間寺(せんげんじ)は真言宗の古刹で知られ、寺から須留喜山に直登と尾根伝い登山コースがあります。

両山両寺とも共通するのが、中世寺院が戦国期に要塞化されて山城が築かれ、それぞれ進美寺山城跡、須留岐山城跡と呼ばれていることです。
ついでに言うと、日高小学校に「旭に映ゆる寿留喜の峰の・・」、日高東中学校に「 仰ぎ見る寿留喜の高嶺・・」、伊佐小学校に 「するぎの山を 仰ぎみて ・・」、統合前の青蹊中学校に「するぎの星になぞらえて・・」と豊岡市・養父市の両方から校歌に歌われています。
また「須留岐」の文字が「須留喜」「寿留喜」となっているのも興味深いものです。

講釈はさておき、但馬山友会10月例会のコースとなっていることから、正式の下見の前にひとりで登ってきました。
ルートは日置神社横から、尾根伝いに一部参拝道や保守道路を利用します。
途中の姫路山からは日高の町並みが楽しめます。
少し荒れた参道           西方向:日高の町並み
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保守道路              一部コンクリートの道も              
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進美寺到着            無住の庫裏にはJYHの看板
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本堂                  北方向:国府地区
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神社横から10数分で、山頂361mに鎮座する白山権現社に到着します。
ここからの眺めもなかなかのものです。
白山権現              南:養父市方向
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縦走路:須留岐山の看板     尾根伝いの縦走路
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気持ちのよい林間の縦走路をアップダウンを繰り返し、90分ほどで須留岐山450mに到着します。
最後の登り「あと一息」の看板   須留岐山頂標識
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ここから北へは国府・豊岡方面、西は蘇武神鍋方面、南は妙見から氷ノ山と養父市八鹿が見晴らせます。
西方向:日高町から神鍋     戻る進美寺山
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須留喜山から浅間寺に下山するルートは直登道と尾根道伝いの両方がありますが、今回はもと来た道を進美寺に引き返し、日置神社まで車の通行も可能な保守道路を車を置いた日置神社まで引き返しました。
またガイドブックには、途中鉄塔を降りる道もありますが、案内も目印もなく以前迷ったこともあるので、保守道路を選びました。
縦走路で鹿の姿を二回見たように、麓の田や畑のシカ被害は相当なもので、耕作地には電気柵やトタン囲いがありました。
捕獲檻                向日置から須留喜山
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何回かの経験で、両山の縦走は、浅間から直登の登りで縦走後赤崎に降りるか赤崎から登り縦走後浅間に降りるのどちらかが、一筆書きとなってお勧めです。
ただ、難があるのは浅間・赤崎間の旧道が荒れていて今は通行できず、駐車場所に戻れないことです。

以前は赤崎住民が浅間にある耕作地に通うため、草刈りなど整備していたそうですが、トンネル開通の後、手入れされなくなったと聞きました。
それに進美寺トンネルは暗いのと歩道が狭く危険なので歩行は困難です。

気温は30度を超える真夏日、水分補給に気をつけながらの一人旅でしたが、山中では一人も出会うことはなく、本日両山の人口密度は1.0人と鹿2.0頭でした。
 
 

2014年5月27日 (火)

2014神鍋山野草を愛でる会 5月例会後半

5月は前半が溶岩流周辺の山野草を愛でましたが、今回は神鍋山周辺の初夏の様子を観察しました。
世界ジオパークの認定が契機となり、地元の方々の活動もあって、火口に登る道中も山頂付近もゲレンデも年々ゴミが少なくなりました。
旧ゆとろぎも取り壊され整地されました
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キンラン               コツクバネウツギ
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カキドウシ              ニガナ
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サワフタギ             ヤブレガサ
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キイチゴ               ヤマツツジ
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ハンショウヅル       コナスビ
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ナツハゼ              オニドコロ
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ウスバシロチョウとセイヨウカラシナ エゴノキ
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ヤマボウシ             クシバタンポポ(在来種)
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カノコソウ              採取禁止看板
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あちこちに自然を守ろうの看板が目立ちます。
県民局、観光協会、西気区長会と神鍋山野草を愛でる会の合作です。
今日の活動は「但馬情報特急」の特派員ブログにもアップしています。

一方、ツルニチニチソウ・ヘラオオバコ・アカツメグサ・セイヨウタンポポ・カモガヤ・マーガレットなど、かって神鍋高原になかった外来種が年々幅をきかせているのが心配です。
そん中で、あるところに日本固有のタンポポ(クシバタンポポ)が、少数ながらも凜として存在していたのに感動させられました。

2014年5月24日 (土)

山本巣塔コウノトリすくすく育ってます

私の住むのは国府平野の近くで、昔から有名な米どころです。
「大規模経営、担い手農家の育成、地域の活性化」の名の下に、「圃場整備」を10年前に終え、一区画が75m×200m=15,000㎡(150㌃・1.5㌶)、昔流で言うと、1町5反の大規模圃場も生まれています。

国府平野の代掻き中
                 田植え済みの圃場             
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競争力を強化した効率的な大規模圃場は生まれたものの、日本の農業事情を反映して、生産調整=作付面積の削減が求められ、相当部分の「減反」を余儀なくされています。

その西側山本地区に、5月1日に記事にしたコウノトリがすくすくと育っています。
GWの頃は頭がチラリとしか見えませんでしたが、それから20日経つと随分大きくなりました。
子供達の食欲を満たすためパパとママの餌取りは大変ですが、周りは水を張った田んぼなので、カエルや水生昆虫が豊富です。
ママと子供達              パパは餌取り
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2014年5月23日 (金)

「山の日」制定

23日の参院本会議で、与野党の多くの議員による賛成多数で改正祝日法が成立しました。
新たに「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」として「山の日」が制定されました。
8月11日に決めた理由はよく分かりませんが、お盆の前で長期休暇にしやすいのと、夏は山のベストシーズン。
山に親しみ豊かな自然を次世代に残す、そんな思いが込められたのでしょう。

これでの祝日は年間15日から16日になり、祝日がないのは6月だけとなりました。
2016年施行で、最初の「山の日」はリオデジャネイロオリンピックの年、8月11日は木曜です。
毎日が休日のリタイヤ族にはさしたる利点はありませんが、精一杯山に親しむとしましょう。

 

2014年5月18日 (日)

田結(たい)のわかめ祭り

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田結のわかめ祭りも15回を数えますが、好天につられて初めての参加です。
昨年は雨だったようですが、うって変わって初夏の青空に鯉のぼりが泳いでいます。
好天ながらも昨日からの海がすこし荒れていて、うねりや水の濁りでわかめの採取が少なく、期待していた「生わかめ」の販売がなくなりました。
無料お土産に並ぶ列        バザーも盛況
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生わかめ無料お土産サービス(500名)に並ぶ行列もあり、 テント内のバザーではわかめしゃぶしゃぶの無料試食、焼きちくわやかき氷、わかめおにぎり(コウノトリ育むお米使用)、わかめ餅などのバザーや乾燥わかめ・鮮魚などの販売コーナーが賑わっていました。

円山川が日本海に流れ込む津居山湾の東側が田結港。
ここから少し先にある神水(かんずい)浜が品質のよいわかめの漁場だそうです。
この名を取って「神水(かんずい)わかめ」としています。
漁船で体験航海          神水(かんずい)浜 

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うねりが少しありましたが、漁船による体験航海で案内して頂きました。
但馬洞門               日和山竜宮城
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区の公民館横には、大正14年の「北但大震災」の震源地の祈念碑が建てられています。
震源地祈念碑         碑文
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田結だけでなく城崎温泉が壊滅的な打撃を受け、豊岡市街地も大きな被害を受けた大震災も 5月23日に89回目の記念日をむかえます。
地震の規模はM6.8、震度6でしたが、発生時間が11時11分、お昼時で火を使っていたこともあり、当時の建築構造の弱さもあって、倒壊や焼失によって被害が広がりました。

北但大震災に関しては、「 ’12年5月23日の記事「北但大震災からの教訓」 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-8687.html

 
 

「解釈改憲」は許されない

「安保法制懇」の報告を受け、安倍首相は政府として、憲法解釈の変更を閣議決定の上、集団団的自衛権の行使を容認を目指すことを表明しました。
「我が国の安全に重大なる影響を及ぼす可能性があるとき・・」アジアの特定の国(北朝鮮と中国)を想定し、「国民の生命とくらしを守る」ためとしています。
12月7日の記事「不幸な日」で恐れたことが、ついに現実になってきました。
 
そもそも「安保法制懇」ものは、安倍首相と主張を同じくする連中を集めたもので、なんの権限も持っていません。
集団的自衛権の行使とは、他国への攻撃に対し、自国が直接攻撃されていなくとも実力を行使するものです。
もちろん憲法9条第2項によって他国を攻撃する交戦権は認められていません。
憲法に対する意見は様々ですが、時の政府の都合で解釈を変更できるはずはありません。
また集団自衛権の行使とは、ある意味で軍事同盟の要素を持ち、戦争に巻き込まれることを現実のものとします。
 
もともと安倍・石破は二世政治家として、父や祖父から歴史認識と国家観の政治的DNAを受け継いできました。
与党公明党や戦争を知る自民党の政治家の中からも戸惑いや批判があることも知られています。
当初は改憲に必要な国会発議を3分の2から過半数に変えることを考え、批判を浴びると歴代自民党政府でさえも認めなかった、集団的自衛権の行使容認を提起するなど安保政策転換のへ執念を見せています。
 
戦後69年、憲法制定後67年、永年守られてきた平和がピンチを迎えています。

安倍首相も石破幹事長も平和の大切さを口にします。
「単純に平和と言わないでください。言うのなら平和の前に必ず、不戦、反戦、非戦とつけてほしいのです。私たちの世代は子供のときから『平和のための戦争』と教えられ、殺し殺されてしまった」
朝日新聞の天声人語に、自らもシベリア抑留者であって、「紙の碑」として11年かけて抑留者名簿の作成に尽くした村山常雄さんの「戦中派からの伝言」が紹介されています。
この言葉がずっしりと胸に染みます。
 
 

2014年5月17日 (土)

庭の草花 2014年5月中旬編 

5月も半ばを過ぎ、庭の主役も交代してきました。
シャクヤク(赤)           シャクヤク(桃)
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シャクヤク(?色)          カラー
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シラーベルビアナ                      シラン
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アッツザクラ(鉢植え)       クジャクシダ
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ベニカナメモチ           田植えを待つ伊佐屋田
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2014年5月15日 (木)

旧制豊岡中学校 楽々浦殉難6学徒(再録)

今から69年前の「学徒沈没事故」について、5年前の記事を再びアップします。

豊岡高等学校の前身である旧制豊岡中学校の生徒6人が亡くなる水難事故がありました。
時は、敗戦間近の1945年5月14日正午頃、場所は、円山川河口の楽々浦(ささうら)。
生徒らは、学徒動員で対岸の山に向かい、薪の切り出しを終え、船で帰る際事故に遭いました。
家路を急ぐ生徒ら多数が船に乗り込みで、バランスが崩れ転覆し、6人が犠牲になりました。
帰りの汽車の時間が迫っていたのです。

事故があった近くの「福泉寺」前に追悼碑が建てられ、毎年中学校48期(当時3年生)、49期(2年生)50期(1年生)を中心に「追悼の会」が慰霊を続けています。
私の高校の恩師がこの会の世話人で、平和への思いがとりわけ強い彼からこの話を聞きました。

場所は城崎町上山、円山川左岸沿いです 
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戦後64年を経過し、会のメンバーも高齢化する中で、追悼碑を高校敷地へ移設することも検討されたのですが、「宗教上の碑は受け容れられない」との回答で、敷地にある同窓会組織「達徳会館」に、追悼碑の写真と碑文の写しを額に入れ、預けることになりました。

右側には犠牲者名 左は文や書の作者と世話人名 
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碑文は豊岡高校初代校長かつ校歌の作詞者で、アララギ派の歌人でもあった岡垣徹治によるものです。

事故の形ではあっても学徒動員の最中で、戦争の犠牲が若い中学生にまで及びました。

自分の高校時代と比べ、平和な時代を知ることなく、この世を去った生徒たちの無念さを思うと、改めて平和の大切さを考えさせられます。

当日、碑の前で「追悼の会」による読経・合掌がおこなわれました。

 

2014年5月14日 (水)

2014加藤文太郎山の会 白峰三山縦走

加藤文太郎山(さん)の会」の遠征登山が決まり、案内が届きました。
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一昨年は常念山脈縦走、昨年は白馬縦走で、今年は北岳・間ノ岳・農鳥岳の白峰三山縦走です。
北岳は富士山に続く第二の高峰(3,193m) 、間ノ岳は4月に奧穂高岳と並んで第三の高峰(3,190m)として格上げされたばかり、農鳥岳(3,026m)までを縦走します。
案内には「レベル=健脚向き、3,000m級の稜線を歩くので、相応の装備と体力が必要」と書かれています。
たまたま、案内が届いた月曜にNHK日本百名山選で、北岳から間ノ岳まで3,000mの縦走を放送していました。
初日の北岳は広川原登山口(1,490m)から標高差1,700mを登ることになり、ハシゴ場が連続するタフなコースでした。

北アルプスを中心に・中央アルプス・八ヶ岳も少し経験がありますが、南アルプスの山は初体験、富士山に次ぐ二・三位の高峰登山に気合いが入ります。
早速予約のメールを入れましたが、8月はじめには但馬山友会で北八ヶ岳の主峰・赤岳(2,992m)の計画があり、12日にぎっくり腰を患い大峰山をドタキャンして迷惑をおかけしたばかりなので、本腰を入れて体力をつけておくつもりです。
 

2014年5月10日 (土)

2014但馬山友会 三川山 917m

但馬山友会5月例会は「新緑のブナ林の中を」の案内で、三川山に日高町稲葉から登りました。

三川山は香美町奧佐津の三川権現から上るルートが知られていて、会でも一昨年登りました。
今回は急登も一部ありますが、ほとんど自然林の中を登るコース設定です。
三川山は氷ノ山・扇ノ山・蘇武岳などの1,000mを越す高山並みに雪解けが遅く、木々や山野草にも遅れた春が見られます。
電波塔が並ぶ三川山       登山前のストレッチ
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終日晴れの予報と近場かつ初級コースとあって参加者は63名、登山口には30台の車が並びました。
まずはNTT管理道歩き       遊歩道へ
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ヤマルリソウ             トキワイカリソウ
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広葉樹林の急坂をひたすら登る
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ウワミズザクラ           ユキグニミツバツツジ
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これで遊歩道?           コイワカガミ
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青空にタムシバの花       山頂付近アンテナ群
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最高峰到着(7mの誤差)    登頂記念撮影
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登り始めて2時間強で三川山最高点917mに到着し、暖かい日差しを浴びて少し早い昼食をとりました。
昼食後はNTT管理道をそのまま下るメンバーと、テレビ塔がある別のピーク888mへ進む組に分かれましたが、お天気もよく時間もあるので大半が寄り道組でした。
北側斜面には残雪        テレビ塔前広場
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香住港を望む           888m山頂の伊佐屋三木 
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このピークも眺望がさほどなく、北方向に香住西港・岡見公園と東港が望めます。
下山はNTT管理道をひたすら下りますが、途中暖かい初夏の日差しとブナの新緑と山野草が、6時間近い行程の疲れを癒してくれます。
ブナ林と残雪            心地よい林道歩き
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ムシカリ(オオカメノキ)
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二つのピークにアンテナや塔が林立していますが、南但馬の粟鹿山と並んで兵庫県北部の重要中継地点ということだそうです。

写真はありませんが、ヤマブキやツリガネツツジ・タニウツギなど多くの山野草が出迎えてくれました。
暑くも寒くもないさわやかなお天気と60名を超す賑やかなメンバー、魅力的なコース設定で楽しい山行でした。
リーダー・サブりーダーの皆さんには、当日の運営だけでなく登山道の整備も含めて大変お世話になりました。


  
  

2014年5月 9日 (金)

2014 5月の家庭菜園Ⅱ

今シーズンに播いたり植えたりした野菜達です。
ジャガイモ          サトイモ(小野芋)
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コーンと枝豆             インゲン(つる有り)
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ホウレン草・ルッコラ        ニンジン
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スイカ・メロン・カボチャ        夏野菜各種
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野菜が生育するには、光、温度、水、養分を含んだ土が必要です。
夏野菜は20度以上、25度前後が生育に適し、中にはモロヘイヤやオクラ・ゴーヤのように30度を越すとより生育するものがあります。
 

2014年5月 7日 (水)

2014 5月の家庭菜園Ⅰ

5月に入るととたんに菜園仕事が忙しくなります。

特に「八十八夜の別れ霜」となったGWに遊んでいるわけにはいきません。
マイ菜園全景
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冬越しした野菜が春を迎え、どんどん大きくなって順次収穫期を迎えます。
イチゴ                 エンドウ3種
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タマネギ                ニンニク
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ラッキョウ
P5080026_3ラッキョウは2年くらいおくと小粒になることから、半分ずつ収穫を分けます。
片や夏野菜の種まきや苗の植え付けが始まります。
冬野菜と違って、葉物を除くほとんどが支柱やネットなど成長に応じた手間をかけてやらねばなりません。
当家の野菜消費家のリクエストも聞きながら、野菜の種類を決めます。
 

2014年5月 4日 (日)

庭の草花 2014年GW編

明日こどもの日は立夏、今日で春が終わります。
初夏にむけて庭の草花が咲きそろってきます。
ボタン(桃)              クレマチス
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スズラン               クンシラン(鉢植え)
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モッコウバラ            タツナミソウ(白)
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ヤエザキキンポウゲ        キンセンカ
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シラーカンパニュラータ       マーガレット      
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ジャーマンアイリス         ヤエザキニリンソウ
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2014年5月 1日 (木)

山本巣塔コウノトリ育雛中

19日に日高町山本巣塔でひな2羽の孵化に成功したと報告されました。
続いて30日に、3羽目のひなも確認されました。
日高町山本地区は我が家から西へ1.5km、昔なら山裾の松に巣を作ったのでしょうが、5年前に用意された田んぼの巣塔が気に入ったようです。
ひなを見守るママ?        ひなの頭がチラリ
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コウノトリの郷公園以外に生息地を増やす試みで、ここにケージを作ってつがいを入れて環境に慣れさせ、順次放鳥したのが5年前の2007年でした。
しばらくは近くに居たものの、騒がしい環境を嫌ってか、餌が容易に手に入るのがいいのか、郷公園に戻ってしまい、住民をがっかりさせました。

このペアは雄5歳と雌9歳で、昨年一昨年と二年続いて3羽を巢立ちさせた子育て上手です。
折から耕耘のトラクターや肥料散布で人の出入りが増えて、警戒しているのか巣塔近くを飛び回っていました。
田んぼの中の一軒家       悠然と舞うパパ?
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これから外敵に備えつつ3羽のひなに餌を与え、7月の巣立ちまでこのペアの育雛が続きます。
 

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