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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2013年11月

2013年11月25日 (月)

鹿肉を美味しく食べる

但馬もみじの会から「鹿肉をたべる会」の案内をいただき、調理と試食に参加してきました。
会員の方の捕獲解体肉を使用し、フレンチスレストラン「レザミ」のシェフのご指導と食生活改善グループ「いずみ会」の皆さんのご協力で2品つくりました。
三谷さんの挨拶とシェフの紹介  鹿バラ肉と鹿ロース
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普段は料理をしない私ですが、鹿肉が食べられると聞いてエプロン持参で参加すると、主催者三谷さんも所属される山友会のメンバーも集まっていました。
料理の一品は、鹿モモ肉の「しゃぶしゃぶサラダ」。
もう1品は、「鹿ロースのプティサレ巻きニョッキ添え」、プティサレとは豚三枚肉を塩漬けにしたもので、燻煙する前のベーコンのようなもので、ニョッキとはジャガイモと小麦粉卵黄を混ぜて味付けして固めたものと知りました。

まずオニオン・ニンジン・白ネギでブイヨンを作り、モモ肉を薄くスライスしたものをしゃぶしゃぶ風に茹で上げます。
モモ肉を薄切り          野菜のブイヨンづくり
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ブイヨンでしゃぶしゃぶ      野菜と混ぜる      
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茹であがった鹿肉は、レタス・トマト・キュウリ・洋なし・アボガドと混ぜ合わせて塩こしょうし、ドレッシングを振りかけます。
一方、ロース肉の塊を小分けして塩こしょうしたのち、薄切りした生ベーコン(プティサレ)で巻きます。
こうすることで、柔らかくかつ香ばしく焼けるそうです。
生ベーコンで包む         バターを引いて焼く
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それをフライパンで生ベーコンが焦げるほどじっくり焼き、バットに入れアルミホイルで包み込んで温めて旨みを引き出します。 
最後にニョッキとキノコをバターで炒め、皿に盛りつけ特製ソースをかけて出来上がりです。
ニョッキとキノコのバター炒め   生ベーコン巻きの出来上がり
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盛りつけ                三谷代表とレザミのシェフ
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本日のレシピ
Pb250013_3肝心のお味はシェフのご指導もあって柔らかくて香ばしく仕上がっていて、ごはんも含めて全員が満足の完食となりました。
私はもとから鹿肉をもらうことが多かったので、ジャーキーなど薫製にしたり、立田揚げにしたりして美味しくいただいていました。

主催された但馬もみじの会は、「駆除され廃棄処分されている鹿肉の有効活用」を訴え、上手な調理方法やレシピを普及させ、鹿肉を身近な食材に育てていく活動を行っていらっしゃいます。
「但馬もみじの会」の活動は  をクリック。
「16tajimamonmijinokai.pdf」をダウンロード

一方、「神鍋山野草を愛でる会」の活動の中で、従来はいなかった妙見・蘇武・神鍋や阿瀬にも鹿が繁殖し、野草や樹木に食被害が広がっていることがわかりました。
人里の米や野菜を食べる被害だけでなく、山の植物の生態系を危うくしていることは、ひいては人間生活に影響が出ることが指摘されています。

鹿を駆除する体制、駆除した鹿を食肉に処理する施設の建設、そして流通させ美味しく消費する仕組みづくり、このサイクルのどれが欠けても問題は解決しません。
そんなシステムが早くできることを願って、今後も鹿肉を美味しくたべる活動に参加するつもりです。

  

2013年11月23日 (土)

地獄に落ちるお話し

カテゴリー分類に悩むような話題であるが、学生時代の友人がメーリングリストに書いた。
以前ブログで紹介した東北の農村ならぬ但馬の山村の身売り話「但馬牛の涙」を書いた男である。

>「読売ジャイアンツのファンはね、みんな地獄に落ちるんだよ。」
> 子どもにはそう言い聞かせて育てた。
> まずは、『じごくのそうべえ 』(田島三彦 童心社) で易しく
> 地獄を教えた。
> 次に、『絵本 地獄』(白仁成昭、 宮次男 風濤社)、これは 
> 千葉県安房郡三芳村延命寺に所蔵される江戸中期の最高傑作絵 
> 画を絵本にしたもので、これで具体的イメージを刷り込んだ。
> 後者を見れば、『はだしのゲン』を残酷とする評価はかすんでしまう。
> 夜、寝る前に読んでやると、効果は抜群。
> アンチ巨人のイメージは定着した。

昭和22年生まれの私こと伊佐屋の少年時代は野球に明け暮れた。
小学高学年の頃から、放課後中学の野球部の練習をよく眺め、ボール拾いもした。
当時はラジオしかなく、雑音入りの野球中継をよく聞いた。
野球と言えば巨人、巨人の放送しかなかったのか巨人が中心で、その他大勢が巨人と試合をする、太陽と衛星のような関係だと本気で考えていた。

学生になって不公平や不合理・不正義の現実を知り、なぜかNo1の存在に敵意を感じるようになった。
潜んでいた判官贔屓の性格が出てきたか、単なるへそ曲がりなのか?
ひょとして「地獄に堕ちる」という声が聞こえたのかもしれない。

大阪にいるときは、地元南海ホークスを応援した。
岸和田の家に帰るとき、20時を回ると難波球場の門が開放されたので、ロハで入って人気のないスタンドで負けているであろうホークスを応援した。
南海ホークスが身売りして以来、巨人でなければどこでもよいようになった。

野球はアンチ巨人、相撲は柏戸、ビールはアンチ麒麟、車はアンチトヨタ、新聞はアンチ読売、政治はアンチ自民、電気製品は・・と肝に銘じてきたが、近年様相が変わってきた。
巨人は1番でなくなってきて、特にビールの2番手だったアサヒのスパードライドライが1番になって慌てた。
もっとも最近は弱者?の第3のビールを贔屓にしている。

「こだわりの大切さ」と「こだわらないことの意味」も歳をとって少しずつ分かってきた。
今は「融通無碍」を座右の銘にしようと思っているが、その域までまだまだである。

さらに友人のお話しである。

> 6歳の夏に甲子園球場に連れて行ったのをはじめ、何度か阪神の試合を観戦した。
> そのかいあってか、一応タイガースファンであり、この点だけは教育に成功したと
> いえるかも知れない。
> ただ、年相応でないぼやき発言が多くなった。
> これは阪神ファンであることに伴う必然的な習慣、あるいは症状として避けがたい
> ものである。

阪神ファンよ!こだわりを捨て、心穏やかな日々をお過ごしなさい。

2013年11月21日 (木)

植村直己冒険賞特別賞 トークショー 

2012「植村直己冒険賞」特別賞を受賞された、渡邉玉枝&村口德行さんのトークショーが豊岡市民プラザで開かれました。
テーマは「ちょっと山に行ってきます、その山はエベレスト」で、聞き手として「山と渓谷(ヤマケイ)」の元編集長神永幹雄氏。
冒頭に2012年5月チベット側からチョモランマ(8,848m)に登頂した渡辺さんの映像が流されました。
この時73歳、女性として自身の持つ世界最高峰登頂の最高齢記録を更新されました。
登頂前に祈る渡辺さん      チョモランマ山頂の賑わい
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カメラマン村口さんとは2002年65歳の時にネパール側からのサガルマータ登頂(8,848m)に成功したコンビで、ピッタリ息が合っているのが見受けられました。
             トークショー風景
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驚くのは渡邉さんがエベレストのほか、アコンカグア(南米)、キリマンジャロ(アフリカ)、モンブラン(欧州)、マッキンリー(北米)の登頂に成功された後、ヒマラヤ挑戦は50歳を過ぎてからで、64歳までに8,000m峰5座に登頂されていることです。
もう一つは普段は畑で野菜を作り、猫を飼い、裏山を歩くシンプルな田舎暮らしで、畑仕事がトレーニング代わりということでした。
(これだけなら私もやっていますが・・・)

村口さんはヒマラヤを始めとする高みを目指す挑戦者を撮影する高所カメラマンで、エベレスト7回登頂の日本人最多記録を更新中で、NHK世界の名峰グレートサミッツのエベレスト・マッキンリー・アイガー・マッターホルンのカメラスタッフだったとお聞きしました。
撮影中の村口さん         4度目のエベレスト登頂
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登るだけでなも大変なのに、重い撮影機材に片手を奪われかつタイミングを逃さずに撮影するすごさは想像するだけでぞっとします。 
彼のすごさはカメラワークだけにこだわらず、登らせたい人を全面的にサポートするところで、自分が登るより難しいといいます。。
「登る人もすごいけど登りをサポートし、それを撮影する人はもっとすごい」というのが実感です。

映像2本を交えながら90分のトークショーは、登頂直前に渡邉さんの酸素が切れて気を失った話しやコンビを組んだいきさつなど、聞き手の神永さんの上手な進行もあって、あっという間に時間が過ぎました。
最後に「挑んだ山すべてに登れた私は運が良い」と渡邉さんは話していましたが、なによりも「あきらめない」という強い気持ちが印象的でした。
すごい登山家と言うより身近にいる山好きのおばさんという感じで親近感が持てました。
(そんなおばさんなら周りにたくさんいます)

聴衆は「どんぐり山友会」、「但馬山友会」、「加藤文太郎山の会」のなど但馬の山好きがメンバーが目につきました。

 

2013年11月20日 (水)

2013 神鍋山野草を愛でる会 11月例会

11月最終例会が19日に溶岩流コースと阿瀬渓谷で行われ、会員の約半数の24名が参加しました。
溶岩流コースで目についたのが、桜やモミジの植林です。
季節を代表する花木を植えて、楽しんでもらおうという地区の皆さんの気持は分からないでもありませんが、そのためヤブツバキを始めとする固有種が減ってしまうのではないかと指摘されました。
また植林された若木付近の草刈りによって、アケボノソウやクサアジサイなどが無くなってしまう可能性もあります。
高原や渓谷、里山には条件に応じた多様な植物が自生していて、多くの人に楽しんでもらう一方で、それに配慮し守っていくことも必要です。
それにはまず地元の人に知ってもらうことことでしょう。
残念ながら希少種が盗掘にあった場所も確認されました。
モミジの植林            希少種盗掘場所
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さすがにこの時期となると花は少なく、紅葉や実が目につきます。
ツルアリドウシ(実)        ヤブコウジ(実)
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リンドウ                       タチシオデ(実)
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キヅタ            ビナンカズラ(実)
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コシアブラの紅葉         キクバヤマボクチ
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阿瀬渓谷では鹿が相当入り込んでいて、食べ跡や獣道がいたるところにあって崩れているところが気になりました。
ボタンヅル(綿毛)         シロダモ

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ツクバネ              鹿が荒らした跡
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蔵王権現付近の紅葉        源太夫の滝
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紅葉も盛りを過ぎた阿瀬渓谷散策のあと湯ノ原温泉オートキャンプ場内で、今シーズン開業した里山イタリアン「ナチュロバロリスの森」でランチです。
レストラン              メニュー
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ランチとデザート・コーヒー
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ナプキンと箸置き
Img_0097別に野菜たっぷりのシチューとキノコのパスタをいただきました。
里山レストランらしく、箸置きはハナミズキの小枝、ナプキン代わりにハンテンボク(ユリノキ)の葉が使われています。

この会は今年で5年目を迎えるとのことで、すでに800種を超える山野草が確認されました。
窓越しの暖かい日差しを受けながら、増え続ける鹿被害の対策や来年度の活動にと話しの花が咲きました。
  

2013年11月16日 (土)

2013 スモーククッキングパーティ

ブログで何回か紹介した「スモーククッキングパーティ」が16日(土)に開催され、昨年に続いて参加しました。
養父市を中心とする「山里交流ネットワーク」が主催し、京阪神からも神戸のグループや口コミで知ったグループや近隣の燻製ファンが養父市八鹿町宿南の三谷に集合しました。
交流広場              茹でイカを風乾中
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ハム・ベーコン       銀杏・ウインナー・卵
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鹿肉・手羽元        イカ
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燻煙中                温度も管理
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出来上がり             豆腐の薫製も初登場
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パーティ準備            薪で焚くミネストローネ
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炭火の加減・煙の量を見ながらのチップの補給と時間・温度管理など結構仕事があります。
ぞれを分担し合いながら約3時間で薫製が出来上がると、いよいよパーティの始まりです。
出来たての薫製のほか、特製具だくさんのミネストローネも登場し、赤米玄米パンにキュウリ・レタス・トマトや燻製を挟むのが好評です。
食事兼交流タイム        お土産準備
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一口に薫製と言っても、材料の調達から下ごしらえ・用具のセットなど大変な事前作業が必要で、「山里交流ネットワーク」の皆さんにお世話になりました。
お陰で好天に恵まれ晩秋の紅葉を眺めながら、お土産の薫製を手にお腹も心も満足した一日でした。

2013年11月15日 (金)

檀那寺分散の不思議

「府市場区の檀那寺分散の不思議に迫る」。
府市場昔話同好会10月例会のテーマです。
(注)檀那寺とは
自家が帰依している寺をいい、江戸時代、キリシタン禁制の実施手段として寺請(てらうけ)制度がとられ、すべての士・庶とも檀那寺をもたねばならなくなった。檀那寺は寺請証文・寺送り状を発行し,宗門人別改帳などの作成時には,その家が檀家であることを証明した

府市場区には田心山善應寺という曹洞宗の立派なお寺がありますが、通常の「一地域一寺院」の檀家構成から考えると違いが見られます。
明治3年(1870年)区有文書「戸籍一覧表」を調べると、善應寺檀家は2割程度で、それを上回る上郷村頼光寺を始めとする12ヶ寺に分散しています。
・頼光寺(上郷・曹洞宗)       27戸
・善応寺(府市場・曹洞宗)      22戸
・真覚寺(出石・浄土真宗)      11戸
・勝妙寺(九日市・法華宗)      10戸
・光行寺(豊岡・浄土真宗)       9戸
・長楽寺(上石・真言宗)        8戸
・浄厳寺(中郷・浄土宗)        5戸
・光顕寺(八代・浄土真宗)       5戸
・福成寺(出石・浄土真宗)       4戸
・善教寺(中郷・浄土真宗)       3戸
・高福寺(出石・浄土真宗)       1戸
・尊重院(出石・法華宗)        1戸
 (合計)  人口  498人   106戸


善應寺の当代による「善應寺の由来」文書には、善應寺の歴史から紐解き、地域寺院としての特異性と日高、手辺、国府、八代、中筋と分散している檀家状況に考察を加えられています。

「府一關」額がかかる山門    鐘楼から本堂右は庫裡
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これらを参考に、結論として「府市場区民の檀那寺分散」の不思議は・・・
①善應寺の起源が比較的新しく、当初養源寺分院から始まって開山に至った歴史的背景があること。
②商業地手辺(西府市場)ということで、商売の盛衰など経済的影響を直接受け、転入出が他地区と較べて多かったこと。

江戸後期になると貨幣経済・商品経済がすすみ、農業中心地域との違いが出てきて、他所との転出入は菅村驛一 氏著 「匂うふるさと」=大正期の町並みから較べても理解できます。
平成の今では条件が異なりますが、檀那寺の分散の形は今もそのまま残っています。

府市場昔話同好会11月例会のテーマは氏神「伊智神社研究」として・・・・ 
        ①江戸期から平成までの神社護持の歴史
        ②江戸末期に建てられた本社の建築調査結果     

また神社の由緒に関しては12月に勉強する予定にしています。
   

2013年11月13日 (水)

家庭菜園 秋終い

ブログに登場するのは久しぶりですが、ほぼ毎日のようにマイ菜園に通っています。
11月に入ると、ナスやピーマン・オクラなど夏野菜の片付けが始まります。
併せてタマネギの植え付け、エンドウの種まきで作業終了で「秋終い」となります。
苗作り                定植完了
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一方初秋に植えたり播いたりしたダイコン・カブ・ハクサイ等の根野菜、ブロッコリー・レタス・キャベツ・ネギ・水菜等の葉物野菜、小豆や黒豆、今年初めて作った里芋の地場品種「小野イモ」の収穫と大忙しです。
12月に入ると冬型の気圧配置が繰りかえされ、雨や雪で畑どころではなくなります。

収穫しても小豆や黒豆などは乾燥させて莢から外し、取り出した豆を乾燥させて選別して、やっと食べられるようになります。
気まぐれなお天気をにらみながらのひまわり並みの「小豆ぼし」、夜に堀コタツの上での「小豆より」、そんな仕事が似合う歳になりました。

2013年11月10日 (日)

但馬歴史講演会

Scn_0003_2 但馬の歴史に光を当てともに考えるとして第48回但馬歴史講演会が開催されました。
始まりは43年前、父が但馬史研究会に所属していた頃から折を見て参加してきました。
今回のテーマは「山名氏の但馬支配と室町幕府」として、講師は愛媛大学教授 川岡勉 氏、中世の歴史に造詣が深く、著書に『室町幕府と守護権力』『山名宗全』吉川弘文館などがあります。

Pb100004_2 山名氏は南北朝期~室町期~戦国期まで、但馬の守護として室町 幕府の要職にも就いて近畿や西国に力をふるったことが知られています。
当初3ヶ国だった所領も、隆盛時には12ヶ国を数え「六分の一殿」とも呼ばれました。
有名な竹田城も山名宗全が築城し、配下の太田垣光景に守らせとたいわれ、但馬随所にその統治の足跡が残っています。

講演では山名氏の歴史を・・・
①南北朝期(14世紀)勢力を拡げた山陰道から京都をうかがう時代(山名時氏の時代)
②室町期(15世紀)京都の中央政界で大きな力を発揮した時代(山名持豊の時代)
③戦後期(16世紀)但馬を本拠地に戦国の動乱を生き抜いていく時代(山名祐豊=宗全の時代)
に分けて、それぞれ歴史資料(古文書)を参考に説明がありました。
特に山名宗全の強大化の理由は①高い戦闘能力②人脈や姻戚関係によって築かれたネットワークが挙げられました。

まとめとして、戦国時代は一見アナーキーな面があるが、資料にもあるように守護や守護代と有力国衆では幕府の扱いが異なり家格は無視できない。
山名氏の但馬支配を考えるにあたって、守護という家格を利用しながら、力をつけてきた太田垣・垣屋・八木・田結庄など国衆の連合体制に乗っかかってきたのが特徴であろう。
その支配も西からの毛利の圧力と織田豊臣の圧力の前に分裂し屈服させられるが、『山名はしぶとい』というのが先生の実感だそうです。

但馬文教府の会議室には100人を超える歴史ファンで満杯でした。
休憩を挟んで2時間、お話を聞くと200年近い動乱期に守護間の政治対立、幕府との確執や駆け引き、西国守護との領土合戦、自国の有力国人との対立や調整などがまるで歴史物語のように興味深く感じられました。
  

2013年11月 9日 (土)

自主上映映画 ひまわり

豊岡劇場廃館で兵庫県北部に映画館が無くなりました。
映画だけが文化だとはいいませんが、永楽館が再興されて芝居小屋で歌舞伎を見ることができるようになったことを思うと寂しい気がします。
放映できる公的施設は和田山町・豊岡市にあるので、自主上映という形でしばしば開催されます。
豊岡駅前アイティ市民プラザホールで、実行委員会による映画「ひまわり」の上映に参加してきました。
Scn_0001_2沖縄復帰40年記念作品で、サブタイトルは、~沖縄は忘れない あの日の空を~。
1959年に米軍ジェット機が宮森小学校に墜落し多くの生徒が命を落とした事件と沖縄国際大学にヘリが墜落した事件をもとに、基地の実態と沖縄県民の苦しみと葛藤を描いています。
作品の紹介(解説とストーリー) ↓
http://www.ggvp.net/himawari/introduction.html

宮森事件とは ↓
http://www.ggvp.net/himawari/miyamori.html

国土の1%にも満たない沖縄県に日本米軍基地の7割が集中し、沖縄本島の2割が基地に占められている現実とそれに依存せざるを得ない沖縄経済。
憲法で戦争放棄を決めている日本において、米軍がわがもの顔で戦争訓練を続けている矛盾を考えさせられます。

去る4月28日に「主権回復の日」として沖縄復帰を祝う記念式典が開催されました。
この日を日本から切り離され米統治下に置かれることが決まった「屈辱の日」として反対した沖縄県民の意向も省みず、式典の最後に「天皇陛下万歳」と叫んではしゃいだ阿倍首相の知性を疑いたくなります。

この映画には莫大な制作費を賄うため「制作協力券」を購入したり、上映にも自主上映実行委員会が各地で作られるなど多くの市民の支えがありました。
気になったのは観客は相変わらず中高年が中心で、無感動・無関心な若者たちへの働きかけの難しさでした。

映画を見ると題名の「ひまわり」が持つ意味も分かってきますし、オスプレイ配備が強行された沖縄を考え、平和の意味を問いかける作品でした。

2013年11月 7日 (木)

とよおかの城郭見学 三開山城

6月の有子山城跡、9月の豊岡城跡につづいて10月27日開催の山城探訪は三開山(みひらきやま)城跡です。
豊岡市教育委会の主催で、「ふるさと豊岡再発見の旅」のうち城郭コース、講師は但馬史研究会副会長で城郭研究の第一人者の西尾孝昌氏。
三開山はご当地富士の「但馬富士」にあげられていて、山城だけでなく古墳も見つかり八十八箇所のお地蔵さんも置かれています。
標高201mの低山ながら眺めのよいハイキングコースとしても知られ、登山道は数カ所あります。
今回は曹洞宗瑞峰寺に集合し、寺横からの登山道を登り大篠岡に下りました。
瑞峰寺山門             千畳敷(居館跡)
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古墳の説明             玄武岩の地蔵
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城跡については城の遺構や古文書などから調査されますが、記述のある唯一の古文書「伊達家文書 伊達朝綱忠状」から南北朝期の城主は山名時氏で、北朝方との半年にわたる攻防で敗退したことが書かれているそうです。
ただ先生が調査されてると、南北朝期の特徴とともに畝状竪堀や改修にみられるように戦国末期の特徴を持っているということでした。
資料によると、「城は、主郭から三方向に延びる尾根に連郭式に曲輪を配し、その斜面に2条のの堀切と23条もの竪堀を構築して守備する縄張りである。特に、居館側(北斜面)に竪堀群が集中している。また山頂から下りた平坦面には、「御屋敷」と称する方形居館を構えている。(後略)」
竪堀                堀切
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山頂城跡              三開山城跡案内板
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山頂から豊岡盆地の眺め
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天正3年の「野田合戦」の様子と豊岡盆地めぐる闘いの中で諸城の役割や、豊岡盆地に進出した垣屋氏が織田との合戦に備えて、拠点城郭やつなぎの城を補強したのではなかろうかとの説明がありました。
伝承によると天正8年の羽柴秀長による第2次但馬侵攻で落城したといわれているそうです。

南北朝から室町時代、戦国期から織豊期と西の尼子・毛利の圧力と足利幕府や織田豊臣との力関係の中で揺れ動き、中央政権によって滅ぼされた但馬の守護や国人に思いを巡らせた一日でした。
 

2013年11月 6日 (水)

パステル・水彩画作品展開催中

友人で隣村の上郷で「アトリエ小山」を営んでいる小山譲くんの作品展が開催されています。
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秋と冬の風景画や静物を題材にしたパステルと水彩画展なので、肩が凝らず親しみがわきます。
20131106_111615春夏ものは持っているので、今回これを購入しました。
神宮外苑の絵画館に向かってまっすぐ伸びるイチョウ並木です。

北海道大学のイチョウ並木も隣に並んでいますが、サイズも値段も手頃なこちらにしました。
● 期   間 : 11月3日(日)~11月10日(日) 8日間
● 時   間 : 10時~18時
● 場   所 : 日高町上郷653(頼光寺近く)
● 問い合わせ: TEL 0796-20-3373

庭の草花 2013年11月編

野や山の花ばかりに目がいって、我が家を忘れていました。
マユハケオモト       ミニバラ
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オキザリス              ブルワリア
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オキザリス・ トライアングラリス シコンノボタン
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ミセバヤ               キク               
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ホトトギス               アブチロン
Pb050110 Pb050112
秋も深まってきましたね。

 

2013年11月 5日 (火)

神鍋山野草だより 11月第1週

早いもので今年もあと二ヶ月を切りました。
「神鍋山野草を愛でる会」案内人泉さんからの今週のレポートです。
11月例会は12日と19日に予定されていて、12月から神鍋高原は雪に覆われます。

神鍋高原は氷ノ山・後山・那岐山国定公園に入っています。
氷ノ山は何回となく登りましたが、後山は登ったことがなく、場所も知りませんでした。
先日神鍋山楽会4名で登山することにしました。
ジオガイドする者として知るべきとの気持ちから、興味が高まりました。
 千種登山口に着くと大きな看板に西大峰山と書かれ行者の修業の場所であることに驚きです。
香住三川権現にも共通する山です。
もちろん行者コースで2時間かけて頂上に到着しましたが、ロープや階段、岩場等相当スリルに富んだ山にさらに感動しました。
 頂上からの展望は左の那岐山、右に兵庫県最高峰の氷ノ山がそびえその右に蘇武、妙見が少し見え藤無山迄の景色に大満足、この後山は岡山県の最高峰で瀬戸内海が一望出来て小豆島も見えました。

この後山が扇の要の場所であることに確信しました。
写真は氷ノ山方面の展望で妙見、蘇武が少し、藤無山が
見える風景です。
一般コースも設定され3時間ぐらいで登れそうです。
 
後山から氷ノ山を望む
 Img_2227_3 
 
 今回の花は10月28日の出来ごと。
サンシチソウ(三七草)キク科サンシチソウ属 中国原産の帰化植物で江戸時代初期に薬草として葉は虫さされ、止血、根は吐血や強壮薬
として利用し、葉が3~7個に深く裂けることから名前が付いたとか。
 初めて見て驚きと感動で頭がいっぱい、図鑑で調べれば直ぐ判明すると思いましたが3日経っても解りません。
T先生に教えてもらいました。
山麓で大昔人が住んでいたと思われる場所に野生化したと思えば、昔の生活がしのばれ新しい花発見の夢物語です。
 
 サンシチソウ(三七草)キク科サンシチソウ属
 Photo_3
 Photo_4
  
 

2013年11月 3日 (日)

紅葉登山大会 須留ヶ峰

Scn_0003 須留ヶ峰は養父市の旧養父町と大屋町にまたがる1054mの高峰で兵庫50山にも数えられています。
旧養父町側の餅耕区では登山道整備をきっかけに毎年「紅葉登山大会」と銘打って村を挙げての取り組みです。
3年前に一人で登ったとき、麓の鳥居前に置いてあったノートに記帳してから、毎年招待ハガキをいただきます。

2010年5月に登った須留ヶ峰の様子です。 ↓ 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/1054-9598.html

出発式               ウオーミングアップ
Pb030002 Pb030009
あいにくの雨模様で地区外の参加は30数名、好天に恵まれた一昨年は総勢100人を超えたそうです。
区民からも声援           沢渡り
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丸木橋渡り             紅葉の登山道
Pb030017 Pb030020
山頂まで3時間弱のコース、丸木橋を何度か渡り、渓流沿いの道を登り中間地点でやっと目指す山が見えてきます。
ここから山頂まで約70分、須留ヶ峰といっても大杉山1048mと須留ヶ峰1054mとにピークが分かれていて、北西の大屋町からは双耳峰のように見えます。
先に着くのは眺望のよい大杉山で、そこから30分アップダウンを繰りかえすと須留ヶ峰のピークに到着します。
中間地点標識        目指す大杉山
Pb030031_3  Pb030024
鹿網沿いに尾根道から植林帯を登るコースにさしかかると、午後以降との予報だった雨が降り出しました。
尾根づたいの急登         雨具の装着
Pb030032 Pb030048
8合目の杉林で更に強くなり、山頂は身を遮るものがないので、急遽ここで雨を凌ぎながらの昼食となりました。
雨の山頂               眺望ほぼゼロ
Pb030058 Pb030053
集合写真               宍粟と但馬の美女と記念に
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雨も降り続き視界もまったくきかない大杉山から須留ヶ峰のピーク目指して行動開始ですが、そのまま下山した人もいたようです。
須留ヶ峰への最終登りは滑りやすく、降りる途中に足をくじいてしまいました。
取りあえず応急処置をして休み休み下山しましたが、とうとうビリで麓到着です。
昨日の三久安山に続く登山で無理があったかもしれませんが、雨天時の備えに油断があったのでしょう。
会場の公民館
Pb030076_2 下山すると餅耕地区の公民館で、温かい豚汁や柿や菓子・お茶やコーヒーの接待を受け、それぞれ雨の中の健闘を讃え交流を深めました。
山崎町から参加された女性二人に、宍粟50名山挑戦のお誘いを受けました。
どちらも完登記念Tシャツを身につけて、二度目にチャレンジされているとお聞きしました。

あいにくの雨で眺望や紅葉を充分に楽しむことはできませんでしたが、京都市や神戸市、宍粟市など各地から参加があり、今後更に須留ヶ峰のよさが広まっていくでしょう。
登山道の整備や参加者の受入、下山後の接待など地元の方々には大変お世話になりました。
   

2013年11月 2日 (土)

三久安山 山粧う尾根歩き

但馬山友会今年最後の山歩きは、三久安山(さんきゅうあんざん)1123mです。
兵庫県西播磨に位置する宍粟市波賀町から登り、尾根づたいに北西方向にすすみ、養父市大屋町の藤無山登山口を経て大屋スキー場に下るロングコースです。
知る人ぞ知る山なのか、まず山名の読み方の確認から始まります。
参加は33名            地図とコンパスの使用説明
Pb020044 Pb020046
集合は下山場所の大屋スキー場、ここから車をまとめて波賀町にある引原姫路野外活動センターに集合し、登山口まで約1kmを歩きます。
ミツマタの群落           登山口の紅葉
Pb020058 Pb020064
登山道にはワラビなどのシダ系の群落やミツマタ、サルトリイバラの赤い実、ススキやカエデの紅葉が目立ちます。
サルトリイバラの実        阿舎利山と左奥に一山
Pb020060 Pb020082
地図のポイントごとに登山用コンパスによる進路確定がおこなわれました。
リーダーについていくだけでなく、登山技術の習得もできるのです。
途中急登がありますが、紅葉や回りの山々を眺めながらなので苦になりません。
登り始めて2時間の11時に音水湖分岐に到着、ここから更に山頂まで進みます。
高度が上がるにつれブナや大ブナが現れ、今は盛りの紅葉が目を楽しませてくれます。
大ブナ               山頂1123m

Pb020095 Pb020107
記念撮影              藤無山
H251102 Pb020111
霞む但馬妙見山          紅葉真っ盛り
Pb020116 Pb020121
兵庫県最高峰氷ノ山       紅葉のブナ林
Pb020129 Pb020124
1123mのピークから1012、1067、982、853mの藤無山登山口まで広葉樹林の緩やかな尾根歩きが続きます。
尾根の片側には杉や檜の植樹林、反対側は広葉樹の林の対比が特に目につきました。
ススキ原を進む          藤無山登山口
Pb020142 Pb020145
ここから下山口大屋スキー場まで更に1時間の歩き、途中杉林のアップダウンもありましたが、スキー場ゲレンデ最上部に到着しゲレンデ中央を下りましたが、なかなかの急坂で行程の最後には少し堪えました。

(ルートマップは会の先輩Yさんのブログ山の工房の「三久安山トラック」をクリック)

タフなゲレンデ下り

Pb020151_2出発して6時間と15分、ほぼ予定どおりの行程を終え、クーリングダウンのストレッチ後解散しました。
今回は登山口と下山口が別となったので、引原姫路野外活動センターにデポした車の回収に数台が運転手を乗せて向かいました。
このお陰でピストン登山でなく、素晴らしい紅葉の尾根歩きを楽しむことができました。
リーダーを始め担当役員の皆さんには、9月の下見や打ち合わせを重ね、最高の時期に企画して頂きました。
明日は山頂からも望めた須留ヶ峰1054mに登ります。
地元餅耕地地区が毎年11月3日に企画されて、天気は下り坂ですが、紅葉と眺望を楽しみにしています。
 

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