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2013年10月10日 (木)

伊佐屋の由来(続)

ブログ名「伊佐屋」は、屋号らしいけどどんな由来があるのですか?とよく聞かれます。
開設した2007年に「伊佐屋の由来」を簡単に載せましたが、詳しくいうと長くなり面倒でもあるので、「祖父の代に営んでいた菓子屋の名前です」と言っていました。
兄弟や家族を始め縁のある人にも知っておいてもらいたいので、旧国府村の歴史をまとめた「国府村誌(上・中・下巻)」の中巻(近世編)の記述を引用します。
村誌(上・中・下巻)        中巻(近世編)
Pa120008 Pa120011

近世 第1章政治 第2節村役人(大庄屋・庄屋・組頭・百姓代等)27~30ページ

(前略)ここに特筆すべきは、大庄屋や、庄屋でなくとも、特に藩が利用した人物や家があったことである。我が村における府市場の三木氏(元祖与三兵衛・与兵衛、或いは治郎市等と名乗る)は先述した如く、その先祖は、小出吉政が文禄四年(1595)龍野から出石に封ぜられた際、追随して、まずその治領である伊佐村に移り、その後、更に府市場村(手辺の分)に移って来た。屋号は龍野屋(伊佐村から移ってきたので後には伊佐屋とも呼んだ)と呼び、出石藩の札場となって地元の府市場はもとより松岡村、堀村、野々庄村等の物成上納の一切を支配し、近隣各村の庄屋の差出す「御物成通」の証文の宛名は皆、龍野屋(三木氏)宛になっている。(後略)

この記述の後も、藩に取り入り商人として勢いをつけたこと、藩主の断絶という政変で、体制に不満を持つ農民一揆の打ち毀し対象になったりして窮乏したこと、その後家運を挽回したことが3ページに渡って書かれています。

それはともかく、結論として「伊佐屋」はお殿様の転勤の際、一緒に移って来た最初の治領地の名をとったことでした。
その後出身地の「龍野屋」を名乗りますが、後に「伊佐屋」を名乗ったようです。

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伊佐屋物語」カテゴリの記事

コメント

なるほど。
たしか以前も同様の記事を読ませていただいたような思います。
僕の伯母が(昨日行ってきました)龍野にいるんで
その街並みからお城、資料館などもよく行きます。
その龍野と所縁があるんで覚えてたんでしょう。
その地名を屋号になのるってのも多かったようですね。
ちなみにうちには屋号はありませんが、
母方の家にはその屋号があります。
が地名ではなくその元祖「平左衛門」(へいざえもん)
を名乗っています。
子供のころは不思議で不思議で。
しかも気比なんで訛っています。
「へ~じゃもん」と・・・(^_^;)

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