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2013年10月

2013年10月29日 (火)

神鍋山野草だより 10月第5週

10月は5週目となりました。
「神鍋山野草を愛でる会」案内人泉さんからのレポートです。

Img_2339_2 台風27号、28号の長雨が続き山歩きは出来ませんでいたが、一週間振りに出かけました。
気温も最低気温が10度を軽く下回り、紅葉の季節へと移行します。
サザンカが咲きだし、リンドウやセンブリ、チャノキ、キクバヤマボクチが見頃です。
昼間の気温が20度近くになると、春に咲いていたセイヨウタンポポ、カタバミ、ムラサキサギゴケ、コウゾリナ、スミレの種が見られ、夕日に照らされススキの穂がきれいです。

今回はキクタニギクです。
黄色い12ミリ~20ミリの花が密集して咲いていました。
名前は京都地方の地名に由来するとか。
自然環境で見れば覚えやすい名前で、別名アワコガネギク。
近畿地方~岩手県で10月~11月一般的菊のシーズンと同じで、浜坂や香住でもみられるそうです。
図鑑には菊渓菊と1ページに掲載されています。

キクタニギク
Photo_8

Photo_7
山地のやや乾いた崖に群生して高さ1~1,5mぐらいで、最初はヤクシソウと間違えていて近づくと菊と同じ花弁でした。
秋の山道で園芸種に似た花に出会えるとは思っていませんでしたが、れっきとした山野草です。
この周りにも紺や白色のノギクやアザミ類が一杯咲いています。
   

2013年10月26日 (土)

企画展 円山川-人と自然の歴史

但馬国府・国分寺館では「第30回企画展 円山川-人と自然の歴史」が開催されていて、学芸員講座が開催されました。
円山川のすぐ側に住まい、水の怖さと恵みを知るものとして参加しました。
Scn_0002_3 但馬最大の河川である円山川は、私たちにさまざまな恵みをもたらしています。飲料水や農業用水としてだけではなく、豊かな生態系を支え、さらには但馬の歴史や文化をも育んでいるのです。
 今回の展覧会では、円山川周辺の自然、歴史、文化にスポットを当て、円山川とともに生きてきた人々の暮らしを紹介します。
(同館ニュースより)

円山川は分水嶺のある朝来市生野町に円山から、水を集めて北に向かって日本海に流れる但馬最大の河川として知られています。
特に河口から15kmから20km(国府地区)の地点までは高低差が5mしかないない日本有数の「流れがゆるい」河川です。
このことが生活上の便利さの反面水害を生む原因となります。
今年の台風で大きな災害をこうむっている、京都府北部を流れる
由良川も同様な流域を持っています。
 
日本海と接する豊岡では、出石町袴狭遺跡から出土の船団線刻木製品に見られるように古代は大陸と、近世では北前船の交易がありますが、川上の集落への中継として水上交通が利用されたそうです。
陸上交通が整備される前は円山川を往来する三十石船の写真が残っています。

我が家の近くの上郷橋ができるまでは、渡し船が両岸を結ぶ交通手段でしたし、対岸の中鄕・市谷集落から府中中学校へは渡し船で行き来していたころもありましたし、流域では渡し船が補助的な交通手段でした。
また府市場には三軒の川人(かわんど)と呼ばれる漁師が鮎を始めとする川魚漁で生計を立てていて、漁の傍ら柳こうりの製作に携わっていましたが、後にビニールカバンの内職へと商売替えしていきました。

講座では円山川の地形・地質や特徴、古代から近代までの水上交通の陸上交通、それによってもたらされた歴史と文化が話されました。
展示では川周辺から発掘された貝塚や土器、昔の舟運や漁業を含む産業の様子、水害との闘いの歴史が展示されています。
円山川を切り口に、但馬の人や自然の歴史を学ぶよい機会だと思いました。
「企画展 円山川-人と自然の歴史」は11月26日(火)まで。
  

2013年10月24日 (木)

但馬お宝100選

昨年でしたか但馬の魅力と個性をあらわす『但馬お宝100選』の募集がありました。
100にこだわることはありませんが、多くの意見が寄せられまとまったようです。
ジャンル別には自然40、人工景観20、文化24、人物25、ゆるキャラ4の5分野に分かれていて、市町別では豊岡40、養父18、朝来15、香美13、新温泉8、全但馬6となっていて、新たなツーリズム資源として活用されます。

面積では兵庫県の4分の1(25.41%)を占める但馬ですが、人口は一時の20万人を割り込み17万人(3.13%)と減っています。
そんな但馬ですが豊かで厳しい自然とそれに向き合って生きる人々の営みが感じられます。
Uターンして30年弱、好奇心が強くあちこち出歩いていて但馬検定1級も合格している私ですが、結構知らない場所や項目がありますね。

~但馬お宝100選とは~   (但馬情報特急ホームページより)

 但馬地域を愛する住民の皆様から、自然・人口景観等様々な「但馬のお宝」をお寄せいただきました。
 「但馬お宝100選」は、これらの宝の中から、特に但馬地域の魅力と個性を表現するものを、住民の皆様の投票などにより選定した、選りすぐりの100項目です。

但馬お宝100選  ↓

http://www.tajima.or.jp/yumetajima/otakara100.html

この他に夢但馬 2014 推進協議会が推薦するお宝(一覧) ↓
http://www.tajima.or.jp/uploads/manager/files/otakara100_suisen_list.pdf

2013年10月23日 (水)

2013 神鍋山野草を愛でる会 10月例会Ⅱ

10月例会の後半は神鍋渓谷、鹿や猪の影響があちこちに見られるようになりました。
それに山芋を掘るのに大穴を開けたまま後始末をしていない人間様もいました。
獣道            遊び跡
Img_9929 Img_9929_2
鹿食害            ダイコンソウ
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ツチアケビ          ツチアケビ(実)
Img_9855  Img_9863_2
サワフタギ(実)           コマユミ(実)
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カラスウリ(実)           シシウド
Img_9904 Img_9894_2 
ダイモンジソウ           フサザクラ(実・種)
Img_9899 Img_9911 
キクバヤマボクチ    アキノキリンソウ
Img_9920  Img_9928_2
ヒメモチ(実)             リンドウ
Img_9932_2  Img_9937
キッコウハグマ            同
Img_9968  Img_9984
フユノハナワラビ        ヤクシソウ
Img_9989  Img_9989_2
ジュウリョウ            ミヤマシキミ
Img_9970 Img_9956
あいにくの雨と気温が低いので、開いてない花もありました。
 

2013年10月19日 (土)

智文寺の歴史

活動を再開した「府市場昔話同好会」は、毎月一度の例会で村の歴史の掘り起こしを続けています。
区内にある薬師堂や観音堂の由緒及び護持の歴史を調査するとともに、区内にある善應寺と廃寺となっている庵寺をかっての会の活動記録を元に勉強してみました。
廃寺となった庵寺          地蔵堂
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6尺の地蔵尊        住職三代の墓
Img_9842  Img_9829
<智文(ちもん)寺 天庵(てんあん))の歴史>
 天庵は安政5年(1858年)出石の曹洞宗見性寺の第14世霊鳳智文大和尚によって創建された庵寺である。開基智文は寛政11年(1799年)10月10日国府市場に生まれ、7歳の時見性寺で得度、長じて第14世見性寺住職となり、安政5年になって60歳の時、隠居するため郷里のここに一庵を建て天庵と名づけた。これが現在の智文寺である。
 府市場の芝寺に出石屋治右衛門の所有であった畑6畝21歩を、上石村左衛門、堀村新兵衛、土居村九左衛門らの大庄屋と、府市場村庄屋義右衛門、庄右衛門、百姓代又衛門、年寄治郎市の7人が買い受けて施主となり、この天庵を建てて寄付した。
 智文和尚が在任中、文久3年(1863年)に高さ6尺の石の地蔵尊の座像が安置された。また境内地には由緒不詳ではあるが、典型的な宝筺印塔が建てられている。
 本尊仏として聖観音菩薩、近くの土中から発掘された時代・由緒ともに不明であるが釈迦三尊木像が安置されている。
 現在の建物は昔のものでなく、第3世智光徳明尼和尚の昭和3年頃の再建によるもので、寺号も昭和15、6年頃の庵号廃止とともに、開祖の名を取って智文寺と改称され
た。

・開山霊鳳智文・・・・鶴瑞仙鳳・・・・智光徳明(尼)

私が覚えているのは尼の徳明さん。
小柄な優しそうなお顔の方で、皆が庵主(あんじゅ)さんと呼んで親しんでいました。
徳明さんが亡くなった後は廃寺となり、上郷の頼光寺さんが管理されています。
6尺の地蔵尊は、2005年発行の日高町制50周年記念誌『ひだか辞典』によると「三丹一の延命地蔵尊」と呼ばれているそうですが、他所からのお参りもほとんどなく、地元の奇特な方がお参りされています。
また地蔵尊をお納めしている堂は、関連する寺院と篤志家によって平成16年に改築されています。

 

2013年10月17日 (木)

2013ふるさと特派員10月例会 秋の岸田川源流域

但馬ふるさとづくり特派員の秋路散策は前回の香美町小代区に続き、新温泉町の岸田川源流域奥八田を中心に散策しました。
夏ダイコンで有名な畑ヶ平高原まで車で林道を登り、途中滝をめぐり、扇ノ山1,310mまでのコースです。
人気の猿壺の滝も含めて、水量も多く迫力が感じられます。
イワナ・ヤマメ・アマゴの養魚場 出荷前のイワナ
Pa170013 Pa170025
お面滝            亀滝
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猿壺の滝              登山口
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ブナと野鳥の解説         ブナ林
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山頂ウエルカムゲート      山頂標識
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畑ヶ平から休憩なしの70分で山頂到着、上山高原側からよりも楽なコースでした。
山頂避難小屋前野広場で昼食、雲が多かったものの四方の景色を楽しみ、下りは50分の早歩きでした。
南:氷ノ山方向          西:鳥取市・日本海
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北:上山高原            東:美方町方向
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畑ヶ平(はたがなる)は扇ノ山や仏ノ尾・青ヶ丸の山々に囲まれたた1,000mの高所で、冷涼な気候を生かして6月頃に種をまき、8月頃に収穫する夏ダイコンの一大産地です。
最盛期にはあの曲がりくねった狭い林道を10トン車が往復するそうで、想像するだけでぞっとします。
お土産のダイコン
Pa170105 幹事のSさんのお世話で、遅まきのダイコンをお土産にいただいて帰りました。
我が家のニンジン・里芋・インゲンと合わせて「けんちゃ」(筑前煮)にしていただきます。

但馬情報特急 特派員だより ↓
しもやんの秋路散策「ふるさと特派員」 をご覧ください。
http://www.tajima.or.jp/modules/furusato/details.php?bid=3750
 

2013年10月16日 (水)

2013 神鍋山野草を愛でる会 10月例会

普段は神鍋の高原や渓谷を中心に山野草を楽しんでいますが、8日に兎和野高原一帯で例会が開催され、久しぶりに出席してきました。
案内人はMさん、地元村岡に住み長年兎和野野外活動センターでお勤めされていて、ここら一体が自分の庭のように詳しい方です。
とりわけ樹木にお詳しいのがわかりました。
場所は但馬高原植物園内と木の殿堂から兎和野高原野外教育センターまでの周辺を歩きました。
但馬植物園は在来種だけでなく園芸種や移植したものも多くありますが、種類も豊富でまとまっていて、スリーシーズンが楽しめるのがよいところです。
                    アキノキリンソウ
Img_9593  Img_9587
コマユミ(実)             ヤグルマソウ
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ノギラン           キレンゲショウマ(実)
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サラシナショウマ     アクシバ(実)
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サワフタギ(実)          ノコンギク
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リンドウ                ヤマハッカ
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ノササゲ          ハナトラノオ
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ツチアケビ        アケボノソウ
Img_9659   Img_9669
ワレモコウ             アサギマダラ(蝶)
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オタカラコウ        ウメガサソウ
Img_9670_2  Img_9680
オミナエシ             アキノチョウジ
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ヤマボウシ(実)           ゲンノショウコ
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クマノミズキ             ナナカマドと蘇武岳
Img_9707  Img_9710
ツルアリドウシ(実)         キバナアキギリ
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ツリガネニンジン(青)   ツリガネニンジン(白)
Img_9736_2  Img_9732_3
他にセンボンヤリ・オカトラノオ・ギボウシ・ゴマナ・ミソハギ・ホウチャクソウ・イボタノキ・ノリウツギ・アズキナシ・ヒメハギ・オオカニコウモリ・カラスザンショなどなど。
栗を拾いアケビやヤマボウシ等の木の実をいただき、1,000キロ以上を移動するという渡り蝶のアサギマダラにも出会った充実の出張例会でした。

  

2013年10月13日 (日)

伊智神社 2013秋祭り

但馬各地で体育の日をいれた3連休に秋祭りが行われました。
私が子どもの頃は曜日にかかわらず、14日宵宮で、翌15日に本宮が開催されるのがほとんどでした。
当地では「正月三日 盆二日 祭り一日 ことひなか(日中=半日)」と老人達が言っていたのを思い出します。
「こと」とはそれ以外の年中行事をさすのでしょう。

府市場区でも秋祭りが行われ、私の住む2隣保が当番を務めました。
昨年は3年に一度の大祭りでしたが、雨にたたられ神輿の巡行も中止になりました。
今年は祭礼準備と当日の進行、後片付けがさわやかな秋晴れの中、滞りなく行うことができました。
区内団体代表者参列の神事
20131013_105309伊智神社[いち]
御祭神 「神大市姫命(かみおおいちのみこと)」
兵庫県豊岡市日高町府市場字楮根935 

<由緒>
創祀年代は不詳だが、大宝3年(703)春、国司・櫟井臣春日麿がその祖神を祀ったものといわれる。
延長5年(927年)にまとめられた延喜式神名帳には小社に列し、近世までは八王子大権現と称されたが、明治2年伊智神社と改称し同5年に10月村社に列せらている。

境内の左右に境内社として・・・・
右手に日吉神社(大山咋神 )
左手に一宮神社、愛宕神社、須賀神社(須佐之男神) 、芝神社、稲荷神社の五社。


昔話同好会として神社の由緒だけでなく護持の歴史、本社建築も調査することにします。
由緒は延喜式神名帳・但馬故事記・但馬神社系譜伝・校補 但馬考・国府村誌の記述から、
護持の歴史は、区や氏子総代の手元に文書がほとんど残っていないので、棟札が頼りです。
境内社や灯篭・鳥居などの付帯建造物や神輿・屋台も併せて調べてみます。

  

2013年10月10日 (木)

伊佐屋の由来(続)

ブログ名「伊佐屋」は、屋号らしいけどどんな由来があるのですか?とよく聞かれます。
開設した2007年に「伊佐屋の由来」を簡単に載せましたが、詳しくいうと長くなり面倒でもあるので、「祖父の代に営んでいた菓子屋の名前です」と言っていました。
兄弟や家族を始め縁のある人にも知っておいてもらいたいので、旧国府村の歴史をまとめた「国府村誌(上・中・下巻)」の中巻(近世編)の記述を引用します。
村誌(上・中・下巻)        中巻(近世編)
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近世 第1章政治 第2節村役人(大庄屋・庄屋・組頭・百姓代等)27~30ページ

(前略)ここに特筆すべきは、大庄屋や、庄屋でなくとも、特に藩が利用した人物や家があったことである。我が村における府市場の三木氏(元祖与三兵衛・与兵衛、或いは治郎市等と名乗る)は先述した如く、その先祖は、小出吉政が文禄四年(1595)龍野から出石に封ぜられた際、追随して、まずその治領である伊佐村に移り、その後、更に府市場村(手辺の分)に移って来た。屋号は龍野屋(伊佐村から移ってきたので後には伊佐屋とも呼んだ)と呼び、出石藩の札場となって地元の府市場はもとより松岡村、堀村、野々庄村等の物成上納の一切を支配し、近隣各村の庄屋の差出す「御物成通」の証文の宛名は皆、龍野屋(三木氏)宛になっている。(後略)

この記述の後も、藩に取り入り商人として勢いをつけたこと、藩主の断絶という政変で、体制に不満を持つ農民一揆の打ち毀し対象になったりして窮乏したこと、その後家運を挽回したことが3ページに渡って書かれています。

それはともかく、結論として「伊佐屋」はお殿様の転勤の際、一緒に移って来た最初の治領地の名をとったことでした。
その後出身地の「龍野屋」を名乗りますが、後に「伊佐屋」を名乗ったようです。

2013年10月 9日 (水)

アトリエ小山 パステル・水彩画作品展

今年初開催となるアトリエ小山の「パステル、水彩画展」を案内です。
山形・秋田・尾瀬など各地に出向き取材を重ね、この一年を制作に費やしました。
風景中心のパステルと水彩画が中心なので、気楽に見学でき購入もできます。
          案内ハガキ
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● 期   間 : 11月3日(日)~11月10日(日) 8日間
● 時   間 : 10時~18時
● 場   所 : 日高町上郷653(頼光寺近く)
● 問い合わせ: TEL 0796-20-3373


会場は日高町上郷、鶴岡橋を渡りきって山沿いの道を少し走ると、小公園やお寺から建物が見えます。
府中郵便局から出される招待ハガキはなんと700通を超え、彼の人柄と交友範囲を反映して但馬一円から幅広い人が訪れます。
小山譲から「例年、午後1時から4時の間にお客様が集中します。ゆっくりお過ごしいただける時間をお選び下さい」との言付けです。

その前に豊岡カバンストリートで油彩画展が開催されます。
こちらは油彩画で、ハガキにある「鳥海山」など比較的大きな絵が展示されます。
● 期   間 : 10月17日(木)~11月20日(水) 35日間
● 時   間 : 豊岡市中央町宵田商店街 由利三ウインド

  

2013年10月 6日 (日)

但馬妙見山 信仰と歴史の山

10月の山友会例会は養父市の妙見山(1,139m)。
妙見と名のつく山は全国あちこちに、県下では播磨妙見山と能勢妙見山があります。
但馬妙見は中腹の日光院というお寺が護持され、名草神社と共に但馬妙見の聖地として引き継がれてきました。
妙見山には八鹿や村岡・日高の各所から登拝道(登山道)があり、信仰が盛んだった江戸時代には五十数戸の家が並び門前町として栄えたことが記録にあります。

今回は八鹿側の登拝口がある日畑集落から迂回して加瀬尾集落を経て林道と合流する大ナル登山口から山頂へ、下りは大きく回り込んで名草神社に下り参拝の後に、神社正面から登拝の古道を日畑に下る周回5時間のコースです。
参加者は27名、10月は運動会など行事が多いのか少なめです。
スタートの日畑区          右:妙見道、左:加瀬尾      
Pa060004_2  Pa060002_2
この日畑はかって二十数戸あったそうですが今は六戸に減り、これから向かう加瀬尾も十数戸あったのが一戸になり、そこも常住されていないと聞きました。
かって栄えた村が交通上・生活上の不便さから消えそうになっている過疎の現実を見せつけられました。
苦労して開いた棚田に杉を植林 空き家が並ぶ加瀬尾区
Pa060008 Pa060010 
大ナル登山口到着        杉やブナ林の登山道
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登山口まで90分、ここからさらに90分の予定で山頂に向かいます。
杉林やブナ林を縫うように進むタフな登山道で、途中にある伐採された切り株から大杉の巨大さを想定しながら登ります。
午前は曇りながら昼前から晴れの予報も、山では遅れるのか下山するまで、ガスがかかり、眺望はまったくききませんでした。
食べ頃のアケビ          山頂到着
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山頂で昼食をとり大谷の頭から妙見峠を経て名草神社へいたる道を下ります。
今では登山道と呼んでいますが、昔は妙見社への登拝道だったことが、道ばたに登間隔に置かれている石仏が教えてくれます。
修理中の名草神社        本殿
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名草神社の本殿と拝殿は県指定の文化財に指定されていますが、長年の風雪によって屋根などの痛みがひどく修理工事中です。
荷物を降ろしお参りしたのち神社からお茶とお菓子の接待をうけ、国の重要文化財に指定されている三重の塔をバックに記念写真を撮りました。
   国の重要文化財 三重の塔
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出雲大社本殿修理に妙見大杉を提供した礼として、解体して海路運んだたとあります。
(陸揚げは豊岡市津居山港です)
出雲の守護大名 尼子経久の寄進で立てられ、尼子滅亡の後、但馬の地に移されました。
遠いようですが、但馬の西隣は因幡で伯耆そして出雲ですね。
塔の向こうに倒れている妙見の大杉の一部は、樹齢1,500年と言われ妙見杉のシンボルでしたが、平成3年の台風19号の風速40m超で根本から倒壊しましたが、根っこ部分はすぐ横に屋根をつけて保存してありました。
名草神社正面石碑         この日唯一の展望(八鹿町内)
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神社前広場の碑を読みながら五十数戸が連なり栄えていた往時の門前を偲びながら、登拝の本道を日畑まで下ります。
登拝本道を下る
Pa060077_2昼食や休憩を除き登り3時間、下り2時間半。
大幹林道を車で大ナル登山口まで行き、そこから登ったことはありますが、信仰の歴史を偲びながら、7時間の行程は「中級」らしいコースでした。
林道利用のショートカットではなく、初めて妙見山に登ったような印象深い山行でした。




 

2013年10月 5日 (土)

但馬の在来野菜 七夕豆

但馬の在来野菜と書きましたが、七夕豆とは我が家で二十年以上前から作り続けている豆です。
七夕過ぎに種を蒔くことからそう名付けたものと思われますが、もとはと言えば、近所の農家から種を頂いたもので、その方も隣村からいただき、さらに隣村の方も出石の知り合いからもらったそうでルーツは定かでありません。
今年は初っぱなからつまずいて散々でした。
播き時期を遅らせたらというアドバイスをいただいて、7月20日頃に播いたのですが、全く生えませんでした。
確認するとなんと古い種で、2013年産は別にしまっていたのに気づかず、近くの方から分けていただき、播いたのが7月末のことでした。
8月に入って見つけた自家産を播きましたが、いまいち発芽が悪いのが気になったものの、遅く播いても彼岸あたりから実を付け量もまずまずでした。
今年の状態             実付きはまずまず           
Pa070087_2 Pa070089_2 
Pa070083_3父の代から20数年作り続けてきましたが、播種時期を勘違いしていたようです。
先日日高町南部の農家さんが作っているのを見て、尋ねたところ、7月末~8月初めに播くとのことでした。
どうやら「七夕豆」の七夕とは一月遅れの七夕時期で、7月では早すぎるようでした。
「早く播くと木ばかりが大きくなって蔓が伸び、風で倒れやすいのと実付きも悪い」との指摘でした。
この方はお隣の養父市の農家から種をもらったそうで、美味しいのが気に入って近くでも数軒の農家が作っているとお聞きしました。

結果として種まき時期が遅くなり木や蔓は伸びませんでしたが、日当たりがよくなったことで、実付きがよくなってまずまずの収穫でした。
「蔓が繁って台風で倒れやすい」「収量が少ない」の欠点は種まき時期の調整でカバーできることが分かりました。
昨年「ひょうご在来種保存会」から取材を受けましたが、「七夕豆」という呼称による勘違いを20年近くもしていたことになりますが、次回からは7月末~8月初めの「適期」を守ることにします。

2013年10月 3日 (木)

豊岡の在来野菜 八代オクラ

昨日10月2日(水)の19時30分から、NHK・BSプレミアム『ぐるっと食の旅 キッチンがゆく』に、フレンチレストラン「アミタ」の後藤シェフの案内で在来種八代オクラが紹介されていました。
豊岡市ホームページ「まちのニュース」にも紹介されています。 
http://www.city.toyooka.lg.jp/www/contents/1378700856262/index.html
八代オクラは五角で細長の普通種と較べて、多角形で太く、種も大きいのが特徴です。
伊佐屋が住む国府地区のお隣の八代地区で古くから作られ守られてきた在来種(伝統野菜)で、販売しているのは吉岡亮さんなどごく僅かだそうです。

以前伝統野菜(在来作物)を話題にしましたが、我が家も今年から八代オクラを作り始めました。
左:丸オクラ、右:八代オクラ
20131003_095758確かに形は10角くらいでずんぐりしていて、種も大きく食感を盛り上げています。
我が家では大きくなりすぎると固くなるので10cmくらいで収穫するようにしています。

豊岡市では進美ナスや北村ワサビ、小野イモなど9種類の在来野菜が残っているそうです。
(マイ菜園で作っている七夕豆と小野イモについては後日報告します)
併せて今が旬の竹野漁港の赤イカ(ソデイカ)が紹介されていましたが、過疎や不便の代償ような山・川・平野・海の豊かな恵みに感謝しなければなりませんね。

  

2013年10月 2日 (水)

庭の剪定作業

松を主木に梅・槇(マキ)・柘(ツゲ)・柊(ヒイラギ)・木斛(モッコク)・木犀(モクセイ)・山茶花(サザンカ)・真弓・躑躅(ツツジ)、生け垣にベニカナメモチを植えていて、花とともに緑が四季を楽しませてくれます。
当然のことながら手入れが必要で、特に刈り込みや整枝は樹形の維持だけでなく、風通しをよくして病害虫から守ることにもなります。
樹木それぞれに適期があるのですが、お盆を控えた梅雨明け後が目立ちます。
猛暑の今年はどんどん先延ばしにしていて、見苦しいほどに伸びてきたので、とうとう重い腰を上げました。
剪定前の庭             素人庭師の道具            
P9300469 P9300471

お大尽なら、縁側などから「植木屋さん!精が出るね」「まあ一服しなさいな」とでも言って見ていればいいのでしょうが、我が家は家主が庭師に取って代わります。
時間もたっぷりある身なれば、無理のない半日作業を3日続けて松を除く剪定が終わりました。
数年前から樹高も低くして作業しやすくしていますが、素人作業なのでできばえの悪いのは辛抱します。
仕事も能率中心で、昨年父の日プレゼントにもらった新型ヘッジトリマーが大活躍してくれました。
枝葉の片付けは嫁さんが引き受けてくれ、我が家の庭師夫婦の共同作業が終わりました。
作業終了
Pa020003 Pa020002
   
 

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