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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2013年7月

2013年7月27日 (土)

在来作物 映画と講演会

在来作物とは、「ある地域で、世代を超えて栽培者自身によって種苗の保存が続けられ、生活に利用されてきた作物」と定義されます。
つまり地域で長い間種などを自家採種して作り続けた作物といえます。
「ひょうごの在来種保存会」が10周年を迎えるにあたり、映画と講演会の案内をいただき姫路に出かけました。
場所は兵庫県立大学新在家キャンパスで、お城近くの旧制姫路高校跡に環境人間科学部が置かれています。
旧制姫路高校の建築物      清原学長の挨拶
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映画は「よみがえりのレシピ」、講演は山形在来作物研究会代表 江頭宏昌氏。
会場には200人近い農家や家庭菜園で栽培している人・応援の方々が県内外から集まり満席状態です。

父の代からインゲンの一種である七夕豆を作っているご縁で、「ひょうごの在来種保存会」の取材を受けたことがあります。
今年から但馬の在来野菜である小野芋と八代オクラを栽培していることもあって興味があり参加してきました。
江頭先生の講演
20130727_130246_2映画の内容は予告編「よみがえりのレシピ」でご覧いただくとして、山形の一部の農家が代々続けて種を料理人や研究者・消費者が一体となって守り、後継者や販路が確保されていきます。
「なぜこの野菜を作るの?」の問いに・・・
「美味しいから」「子どもの頃から慣れ親しんできたし、周りの人のあげたら喜ばれる」「先祖から受け継いできたものを自分の代で絶やせない」という答えに、すべてが込められています。

江頭先生の講演で印象的だったのが、大量生産大量消費の時代に見た目や万人向きの味が重視され、全国各地の在来種がなくなってきていることと、なくなったものは二度と復活できないこと。
作物は食材でなく生きものであり、一生を終わらせるためにはその魅力を生かす料理人(レシピ)、・家庭や学校・研究者・行政など広い運動が必要であることでした。 
●在来作物の応援者奥田政行さんのイタリアンレストラン
 「
アルケッチャーノ
子どもたちが生産者が一人となったお年寄りの指導で外内島キュウリを種から育て収穫し、その種を採って次の生徒に引き継ぐ食育には頭が下がりました。
きっと豊かな感性をもつ子どもたちが育つことでしょう。

外内島キュウリ、甚五右衛門芋、藤沢カブ・宝谷カブ、白山だだちゃ豆・・・栽培地域や人の名がついた野菜が大切にされている山形・庄内地方に学ぶところが多いですね。
保存会の山根会長の「但馬が在来作物の宝庫です」の言葉が現実味を帯びてきました。
私は農家ではありませんが、家庭菜園主としてこの運動を応援していきます。

  

2013年7月23日 (火)

2013神鍋山野草を愛でる会 7月例会 Ⅱ

7月9日に続いて例会が23日に開催されました。
通常は朝9時半に神鍋道の駅集合、神鍋高原の2~3箇所を交替で正午頃までめぐります。
案内文には「夏の暑さに耐える草花・樹花を愛でたいと思います」とあります。
今回は出席できなかったので、案内人の泉さんによる例会資料をご覧ください。
blogに載せられるデータ量の制限があるので、印刷してスキャンしたものですが、神鍋高原で見られる山野草の雰囲気や多様性が理解いただけると思います。

<神鍋山野草を愛でる会7月例会資料> 
クリックで拡大します。

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2013年7月22日 (月)

清正公さんと日高夏祭り 2013

日高の夏祭りと言えば立光寺さんの「清正公さん」としても親しまれてきましたが、今年から切り離して毎年7月28日(第4土曜日)に「日高夏祭り」として行われることになりました。
もともとは同地区にある日蓮宗立光寺(りゅうこうじ)さんのお祭りで、由縁の加藤清正公の命日である7月24日の前日に執りおこなわれていました。
明治時代には江原村も一緒に夏祭りを行うようになり、戦後江原区周囲の3区も加わり「商工祭」となって、昭和39年から今の「日高夏祭り」として町全体の夏祭りとなりました。

伊佐屋三木のblog 「清正公さん 日高夏祭り」 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_0c44.html

50年近く経って時代も変わり、祭りの主体だった商工会の事情もあって住民組織の18区が中心となり、花火基金も各戸に要請があったそうです。
つまり清正公の縁日である23日の立光寺の「清正公大祭」と商工会や住民主体の夏祭りが独立したということです。

従来からポスターだけ掲示されていた「清正公大祭」のチラシが戸別に入っていました。
Scn_0003_2 花火や江原駅周辺のイベントが目立ち、お参りが少なくなってきた立光寺さんから言えば、「これで祭り本来に意味がはっきりしてお参りもしてもらいやすい」でしょうし、夏祭り側から言わせれば、7月第4日土曜日となれば、運営にあたる役員も出やすいし祭り客も増えると、どちらも利点を強調されていわゆる「協議離婚」とということでしょうか。

昔住んでいた岸和田市の「岸和田だんじり祭り」も例のハッピーマンデー制度で、四百年続いた伝統ある開催日を土日開催に変えました。
出役・集客を考えると無理からぬところもありますが、由来や意義が薄れてきて、祭りの個性までもがなくなってくるのは寂しい限りです。
ということで23日には立光寺さんにお参りすることにしましよう。

 

2013年7月20日 (土)

古建築調査 気多神社

次の調査はお隣村、上郷の気多神社。
こちらは社格も上で、記録では秀吉の但馬侵攻の際に焼かれ、江戸中期に再建されたものながら、拝殿や摂社も設けられた立派な社です。(詳しくは由緒をご覧ください)
神社全景              由緒
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拝殿
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本殿
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<社寺建築調査票>
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社は棟札から1677年に再建され、大正12年の大修理を経たもので、祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)。
向拝や本殿には立派の彫刻が施されています。

調査票は私の書いたもので、不完全かつ正確性に欠けます。
これから添削を受けたり、文書で調べたりして、精度の高いものにしていくつもりです。

古建築調査 伊智神社

社寺建築入門講座の宿題は、近くの神社か寺を調べてくること。
調査フォーマットと調査例をいただいて、わが府市場村の伊智神社に出かけました。
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Img_8840  Img_8879_2
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式内社ではあるものの、拝殿もなく本殿も一間四方の小振りなもの。
祭神は神大市姫命(かみおおいちひめのみこと)で、女性の神様で地名の「市」と関係が有るのかもしれません。
後述する気多神社もそうですが、文化財といっても国や県指定のものは建築様式の調査がなされていますが、その他は由緒など歴史ばかりの記述しか残っていません。
<社寺建築調査票>
Scn_0002_2フォーマットに基づいて私なりに 調査してみました。
不明な点や間違いがあると思いますが、恥を忍んでアップしておきます。
先生に写真データを渡して添削をお願いしていますので、精度の高いものが出来上がるでしょう。

2013年7月18日 (木)

古建築入門

歳をとるにつれ、神社仏閣の類に接すると自ずから頭を下げたり、手を合わせたりするようになるものです。
もともと歴史好きでもあり、山門や境内の由緒書きには目を通し、ご本尊の謂われや時代背景も興味がありました。
そんな私があるとき目にした建築士会主催の「社寺建築入門講座現地見学会」のチラシ。
2月に播磨の浄土寺、一乗寺、鶴林寺の現地見学でした。
いずれも国宝の施設を持つ名刹ばかりで、建築の専門家から説明を受けながらほとんど理解できませんでした。
忸怩たる思いの私にリベンジの機会をいただいたのが、養父市八鹿公民館主催の「ここが見どころ古建築」入門講座です。
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毎週木曜夜に5回に分けて建築様式や建物の細部の基本講習を受け、建築にはずぶの素人で、屋根の破風や長押や柱貫の区別もつかない私でしたが、現地見学も含めて多少の知識を得ることができました。
そうすると自宅近くの神社や寺を見る眼が少し変わってきたのに気づきます。
山門や拝殿から本殿や本堂の屋根から始まり、柱や貫・垂木や飾り、彫刻や窓・戸・基礎など興味が広がりました。

講習終了後の現地見学は、7月には朝来市生野町の神社や寺・古民家を、9月に播州の浄土寺と朝光寺さんの見学が予定されています。
浄土寺は2月に見学しましたが、もっとも有名なのが国宝浄土堂におわす「阿弥陀三尊立像」です。
仏師快慶作の三尊は規模の大きさや形式はもとより、その荘厳さに思わず見とれてしまいます。

西方浄土よりお迎え下さる阿弥陀如来ですが、彼岸の時期でもあってお堂の蔀戸からさし込む西日が阿弥陀さまと両脇の観音・勢至の菩薩のお姿を浮かび上がらせる光景はとくに有名です。
そんなこんなで、好奇心が強くいっちょ噛みの伊佐屋三木のお勉強に、あらたなジャンルが加わりました。
  

2013年7月17日 (水)

2013 手辺の観音祭り

7月17日(水)は祇園祭の宵山で知られていますが、翌18日が観音さまの縁日にあたることから、当区では前夜に1~5隣保が交替でお祭りしています。
以前観音堂は地蔵堂とともに昔の堤防付近、「府市場クラブ」(公民館)横にありましたが、昭和14年に当区出身で大阪在住の「濱田さく」氏の寄進で、現在地に移転しました。 
(濱田さくさんは同時期に薬師堂も新築寄進されています)

観音さまはお地蔵さまとともに身近な仏さまで、慈愛に満ち溢れた寛大なお心を持ち、三十三の姿に身を変えて救いの手を差し伸べてくださるともいわれ、西国三十三箇所の観音霊場をめぐる巡礼は日本で最も歴史があるそうです。
当区のご本尊は高さ約70cmの十一面千手観音さまで、金色に輝く気高いお姿が印象的です。
観音堂                十一面千手観音立像
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また両脇の左の厨子に弘法大師、右に不動明王の石仏が安置されていて、板壁に「大正十三年ご成婚記念」と書かれています。 
つまり昭和14年にご本尊と一緒に当地へ移転されてきたのです。
(注)昭和天皇(当時皇太子)の結婚祝賀行事
弘法大師像         不動明王像
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昭和の中頃は近隣区からのお参りもあって、夜店が数店並び結構賑わっていました。
「親戚呼び」をしてご馳走を食べる習慣もありましたが、時代と生活の変化からかほとんどなくなり、今は区民のお参りもだんだん少なくなりました。
それでも長く続いているのが西国三十三箇所の札所を詠んだ「ご詠歌」で、祭り当日は1隣保有志の皆さんと当番でお唱えしました。
   

2013年7月14日 (日)

神鍋高原 山野草 獣被害

多様な自然や植物が残る神鍋高原で、希少種のツチアケビが見つかった記事が13日地元紙但馬版に掲載されました。
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山野草を愛でる会の7月例会で、記事になる前に一緒に確認させてもらいました。
近くには鹿の食べ後や寝床まであったので、愛でる会役員で柵を設けたとのこと。
ツチアケビの花
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貴重・希少種はもちろんですが、植物を痛めつけるものには山野草マニアや薬草採取業者等による人害と鹿や猪による獣害が無視できなくなっています。
獣害といえば田や畑を耕す人間が被害者ですが、鹿の繁殖で森や植物が被害者になって生態系が崩れつつあります。
貴重なツチアケビの発見とともに、草花の種(しゅ)が激減している様子を記事は伝えています。
   

2013年7月13日 (土)

期日前投票 投票箱の確認

7月21日投票の参議院議員選挙と兵庫県知事選挙の投票に行ってきました。
この数年は指定された投票所で投票したことはなく、「期日前投票」で済ませています。
昨年から行革?で投票所が自宅近くの府市場公民館が外れて、国府地区公民館に集約されたのも理由の一つです。
日曜は忙しいのと投票先は、節を曲げず長年鍛え続けてぶれない「ビンテージ党」に決めているので迷うことがないこともあります。
伊佐屋三木のblog 「政権交代 独り言」 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-76dc.html

P7140001_4 今回選挙の日高町に置かれた期日前投票所は日高支所(旧日高町役場)、前日から泊まりで出ていたので、帰りに立ち寄ったところ朝8時半前で一番乗りでした。
ちょうど今日から開設ということと一番目の投票ということで、選挙区・比例区・知事の三つの投票箱に何も入っていないことの確認を求められました。
その後鍵が掛けられ投票終了後まで開けられることがないのですが、公正な選挙が実施されるにはいろいろな決め事があることを知りました。
 

2013年7月12日 (金)

氷ノ山 1,510m 殿下コース

兵庫県最高峰氷ノ山に登るにはいろいろな選択肢があります。
兵庫北部:但馬からは、大久保からのブン回しコース、福定の親水公園からのコース、東尾根コース、ファミリー向けの大段ヶ平コースを経験しましたが、今度は南の波賀町からのコースで、坂ノ谷と殿下の中からこのコースを選びました。
家から登山口まで車で約2時間弱、曲がりくねった林道ですが舗装道はもちろん地道でも整備されていて、道迷いや底すれもなく乗用車で走行できました。
登山口(バイオトイレも設置)    ブナ林の登山
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いきなり急登となるも、そこを過ぎれば緩い登りで仙人門あたりのブナ林を過ぎると両側に根曲がり竹の茂る広い道を快適に登れます。
両端は根曲がり竹         三の丸避難小屋
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三の丸山頂             宍粟50山の標識
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「三の丸」とは宍粟市・波賀町の呼び名で、地図や氷ノ山山頂の表示は「二の丸」となっているのが不思議です。
殿下コースの名の由来ともども宿題です。

氷ノ山山頂             陣鉢山・扇ノ山方向
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根曲がり竹が壁となって風はあたらないのが良いのか悪いのか、晴天の今日は風が欲しいところです。
三の丸と氷ノ山の標高差は46m、時々見える山頂目指しアップダウンを繰りかえすと目の前に山頂避難小屋が現れてきます。
自然林のトンネル          記念写真
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次々と登山者が到着、鳥取県若桜町から、東尾根から福定からといろいろでした。

北西から北の眺め:扇ノ山・青ヶ丸山・仏の尾から鉢伏高原

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お天気は晴れ時々曇り、県最高峰らしく場所を変えれば但馬はもちろん鳥取・播磨の山々が360度見渡せます。
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下界は35度を超す猛暑ですが、ここでは27~28度、風もあって日差しを避けると快適な場所です。
昼食や食後のコーヒーを楽しみゆっくりしてもと来た三の丸経由殿下コースを下りました。
嫁さんと一緒のゆっくり歩きで、登りが2時間15分、下りは1時間半でした。
登山口からの標高差が少ないので、ファミリー向けの大段ヶ平コースに次いで無理のないルートに思えました。
氷ノ山には各登山口や山頂にトイレが整備されていて、女性や子どもたちも安心して登れます。
深田久弥は日本百名山を選定するにあたり、自分が登頂した山であることからはもちろん、山の品格 、山の歴史、山の個性を基準としました。
関西で伊吹山・大台ヶ原山・大峰山を、さらに西の大山を選んでいますが、本の後記に「・・・こうして中国では大山一つになった。中国でもし他に挙げるとしたら氷ノ山かもしれない」と書いています。
兵庫・鳥取両県にまたがる氷ノ山は、百名山候補として深田久弥も評価した山です。 
  

2013年7月 9日 (火)

2013 神鍋山野草を愛でる会 7月例会

太平洋高気圧の張り出しで、いよいよ本格的な夏到来です。
神鍋高原は標高約400m、下界と較べて3度弱の気温差ですが、スコリア丘風穴付近では冷気が流れ出て、植物が一足早い季節を感じているそうです。
噴火でできたスコリア層      冷気の浸みだし
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この日の参加者は22人、神鍋山周辺を散策しました。
まずは里の嫌われ者・迷惑種2点です。
洋種ヤマゴボウ           アカメガシワ(雄花)
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イタドリ(雄花)       ムラサキシキブ
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ネムノキ                ムラサキニガナ
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クマノミズキ             ウバユリ(蕾)
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ヤマノイモ(雌花)         ヤマノイモ(雄花)
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カラタチバナ            ナツツバキ
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ツルウメモドキ           ヒメコウゾ
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ヤマジノホトトギス                  オトギリソウ
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ブタナ            オオムラサキシキブ
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ノリウツギ              アカショウマ
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オカトラノオ              クサボタン
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ヤマアジサイ             エビズル
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ハエドクソウ        ハナイカダ(実)
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ヤブコウジ               ハンショウヅル(実)
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スズサイコ              オオバギボウシ
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ヤマグリ               ホタルブクロ
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サルトリイバラ(実)         ヤマハギ
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ナデシコ               キキョウ
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アラゲハンゴウソウ        キンケイギク
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ムラサキバレンギク         ホソバウンラン
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ナツハゼ(実)            カワラマツバ
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タイミンガサ         ニガクサ
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スキーゲレンデ付近となると、かって植えた園芸種や外来種が幅をきかせていて、少し違和感を感じる場所もあります。
深く考えずに行ったことが、植物の生態系を乱すことになることがあるので、今後の教訓としなければなりませんね。

  

2013年7月 8日 (月)

庭の草花 2013年 7月編

梅雨入りから空梅雨が続いた後、本格的な梅雨天気になりましたが、どうやら西日本から東海にかけて梅雨明けの発表です。
例年に較べて梅雨前線の動きを決めるジェット気流が、今年はより北に位置して夏の高気圧(太平洋高気圧)の張り出しが早かったようです。
それはともかく我が家の草花を紹介します。
ダリア                ハマユウ(浜木綿)
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クチナシ(山梔子)        ハンゲショウ(半夏生)
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アガパンサス            アリストロメリア
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ノウゼンカズラ(凌霄花)      キダチアオイ(木立葵)
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2013年7月 7日 (日)

薬師堂の由緒

私の住む府市場区には、氏神伊智神社・観音堂・地蔵堂・薬師堂・稲荷社・妙見堂など文化財(宗教施設)があります。
区の東に位置する薬師堂は、旧国府市場(こうのいちば)村の二つの隣保によって交互にお祀りされています。
薬師如来が安置されている内堂は普段は二重に鍵がかけられていますが、祭典の日だけ飾られるので、昔話同好会としてお祀り準備に参加させてもらいました。
中には棟札が3枚残っていて、江戸期のものの他昭和15年に書かれた由緒書きがありました。
薬師堂                薬師如来像
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棟札                由緒書き
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以下は私が棟札の由緒書きをまとめたものです。

<薬師如来像の由緒>(善応寺 紫安住職の昭和の由緒札より)

薬師瑠璃光如来は広く人々の病気を治すだけでなく、精神的な苦痛までも取り除くという如来である。
ここに安置された木像はすなわち薬師如来にして、貞享二年(1685年=328年前)府市場薬師講中とのみ、台座裏面に記されているだけで動機や発願者は詳しくは分からない。
未確認)

<江戸期の薬師堂>

堂宇は享保十四年(1729年=284年前)八月、大工や組頭が記された小型の棟札があった。 未確認)
その後文化十二年(1815年=198年前)四月薬師堂を再建、施主惣村中庄屋・組頭・大工・世話人数名が記されている。

(文化の棟札あり)

<昭和の再建(昭和十四年)>

江戸期の堂は草葺き屋根二間半四面で、百二十六年経ち風水害等で地盤がゆるみ床が落ちて、横に傾いて危険になったので修繕に憂慮していた折、たまたま手辺田結庄源治氏の長女で、源三氏の姉、大阪在住の「浜田さく」さんの特志によって基礎や瓦葺き堂宇が建立された。(堂前に石碑あり)
それだけでなく、お祭りする仏具や鉦や鰐口・高張提灯や打敷その他賽銭箱なども寄進を受け、昭和十四年十月十六日には村内の各寺院の参列で入仏・安庫の大供養が執りおこなわれた。
浜田ご夫人の特志を不朽のものとして後世に伝えるものである。

<平成の移転(平成四年)>

新たに子供の遊び場を設置するにあたり、堂の移転(東に寄せ、向きを南から西向きに九十度振った)を府市場区の事業として行いました。
翌年の平成五年には有志の特志により、南に接して地蔵堂を新築・再建ました。


当番諸氏にお聞きしたところ内堂の中は確認しないので、中味は読んだことがないということでした。
人の記憶より記録が大切な典型事例で、但馬の国気多郡国府市場村の薬師講中によって創建され、江戸期から数えて三度の再建を経て受け継がれてきた由緒が明らかになったことは大きな収穫でした。
西側の手辺村におわす観音堂も同時期に移転再建されていることから、17日の祭典時に調査することにします。
   

2013年7月 6日 (土)

東里ヶ岳 663m 古道を登る

6月の大杉山・蘇武ヶ岳に続き、但馬山友会で但東町東里ヶ岳に登ってきました。
以前林道登山口から登ったことがありましたが、今度は麓の東里区からの古道から登ります。
しばらく雨が続いていましたが、この日は曇りで湿度が異常なほど高く、梅雨の末期を思わせます。
参加者はなんと56人、例会ごとに新入会員や体験参加者の紹介があります。
但馬で山の会は他にはなく、安心して登れることと皆で楽しめるグループ登山が求められているのでしょう。
山頂近くに置かれていた吉野神社も昭和41年に麓に移転され、参道だった古道も荒れていたのを地区の方々が登山道として整備されたとお聞きしました。
初参加者の紹介          東里区や山の説明を受ける
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登山口                登山開始
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途中の眺め(畑山区)       鉤掛(かぎかけ)さんの急登
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吉野神社跡            ケヤキの大木
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山頂は狭いので、少し手前の南が開けている反射板の空き地で昼食・記念写真をとりました。ここから15分くらい登れば山頂です。
西方向大杉山・蘇武岳など   記念写真準備

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山頂                 中山の分岐               
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宮津の海と天橋立         床尾連山
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山頂からは北方向に高竜寺ヶ岳や磯砂山、東には郷路岳・大江山連峰が望め、さらに南には床尾山・西床尾山・鉄鈷(かなとこ)山が見渡せます。
下山
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向かいの高竜寺ヶ岳       公民館で小休憩
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国道から少し西に入る東里地区ですが、ほとんどの方が初めて訪れたようです。
区長さんや老人会の方には、山や地区の歴史を教えていただいたり、採れたての野菜を
お土産にいただいたりしてお世話になりました。
我々にとっては単なる登山対象ですが、東里区の方々にとっては信仰と生活の山であったことがわかりました。
 

  

2013年7月 3日 (水)

農地・水・環境保全会 農道法面の植栽

25年度活動の<景観形成>として、農道法面 花の植栽と管理が挙げられていて、梅雨の中休みの29日に「レインボーロードガーデン」の植栽を行いました。
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作業は府市場環境保全会だけでなく、老人クラブ・女性会など非農家も含めた共同で行い、植栽場所は区の東西に延びる「八代道」の二百メートルを二つの区画に分けてプランターにはサルビア、法面にはマリーゴールドとコスモスを植えました。

夏から秋にかけて稲穂や蕎麦の花だけなく、これらの花々が
人の目を楽しませてくれるでしょう。

2013年7月 2日 (火)

山本人工巣塔 コウノトリの巣立ち

日高町山本の人口巣塔のコウノトリの巣立ちが終わりました。
1羽は6月21日にそれ以降順次、昨年も3羽が巣立ちましたが、ここのペアはなかなか子育て上手です。。
今のところ元気に大空を舞うところまではいきませんが、巣塔の近くのビオトープや田圃で仲良く餌をとっています。
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稲作りはそろそろ水を一時的に断って、分けつを押さえ根張りを強くする時期です。
餌が少なくなると、あちこちに出かけていくことで、より野生コウノトリらしくなるのでしょう。

  

2013年7月 1日 (月)

2013香住海開行事

夏本番を思わせるような日差しのもと、香美町香住区の海開き行事が行われました。
香住区には西から余部・三田浜・香住・今子浦・柴山・佐津・安来の浜7つの海水浴場があり、交替で海開き神事を開いていて、今年は柴山の当番です。
この行事はで大阪や京阪神や但馬から一般参加も入れて総勢80人の方々が参列されました。
昭和38年に山陰海岸が国立公園に指定されて今年が50年、世界ジオパーク指定も加わっていろいろ記念イベントが予定されています。
合同祈願祭            幼保の園児による風船上
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海水浴の賑わいと安全の祈願が目的ですが、当番会場で合同祈願祭が行われた後、遊覧船かすみ丸で海から各海水浴場へ訪れて船から浜に向け神事を行います。
遊覧船かすみ丸           船尾デッキで祈願
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船に呼応して風船上げ      余部では園児が
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香住海岸は東は安木浜から西の余部まで、世界ジオパークに認定された山陰海岸の中でも有数の観光スポットで、浜を回る途中に奇岩・断崖・洞窟など絶景を見ながら名物船長の流暢な解説が楽しませてくれます。
玄武岩・柱状節理     メガネ岩
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鎧ノ袖                インディアンヘッド
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この時期になると雨が多く、昨年は雨と風で船からの神事を中断して車に乗り換えて行うほどでしたが、この日は夏の日差しが降り注ぐ好天でした。
2時間強の航行でしたが、海上からの絶景とともに大陸との地続きだったころの痕跡も残っていて、岩石・地質のいい勉強になりました。

このご縁もあって昨年の伊佐屋の海水浴はご当地今子浦浜した。
美味しい昼食を提供して頂いた漁協婦人部の皆さん、関係者の皆さんにはお世話になりました。
このシーズンも安全で楽しい海水浴で浜が賑わうことを願っています。

  

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