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2013年7月22日 (月)

清正公さんと日高夏祭り 2013

日高の夏祭りと言えば立光寺さんの「清正公さん」としても親しまれてきましたが、今年から切り離して毎年7月28日(第4土曜日)に「日高夏祭り」として行われることになりました。
もともとは同地区にある日蓮宗立光寺(りゅうこうじ)さんのお祭りで、由縁の加藤清正公の命日である7月24日の前日に執りおこなわれていました。
明治時代には江原村も一緒に夏祭りを行うようになり、戦後江原区周囲の3区も加わり「商工祭」となって、昭和39年から今の「日高夏祭り」として町全体の夏祭りとなりました。

伊佐屋三木のblog 「清正公さん 日高夏祭り」 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_0c44.html

50年近く経って時代も変わり、祭りの主体だった商工会の事情もあって住民組織の18区が中心となり、花火基金も各戸に要請があったそうです。
つまり清正公の縁日である23日の立光寺の「清正公大祭」と商工会や住民主体の夏祭りが独立したということです。

従来からポスターだけ掲示されていた「清正公大祭」のチラシが戸別に入っていました。
Scn_0003_2 花火や江原駅周辺のイベントが目立ち、お参りが少なくなってきた立光寺さんから言えば、「これで祭り本来に意味がはっきりしてお参りもしてもらいやすい」でしょうし、夏祭り側から言わせれば、7月第4日土曜日となれば、運営にあたる役員も出やすいし祭り客も増えると、どちらも利点を強調されていわゆる「協議離婚」とということでしょうか。

昔住んでいた岸和田市の「岸和田だんじり祭り」も例のハッピーマンデー制度で、四百年続いた伝統ある開催日を土日開催に変えました。
出役・集客を考えると無理からぬところもありますが、由来や意義が薄れてきて、祭りの個性までもがなくなってくるのは寂しい限りです。
ということで23日には立光寺さんにお参りすることにしましよう。

 

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コメント

時代の流れなのかもしれませんね。
もともとこういうものなんでしょうが。
うちの子も遊びに行きました!

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