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2013年4月13日 (土)

ハットウ ヨゴザルカ

夏休みの日記をサボっていてまとめて書く子どもの頃のクセがたまに出ます。
遅ればせながら13日土曜日「お走りまつり」の報告です。
お走りまつりの由来は但馬が泥海だった大昔、但馬五社の神様たちが、建屋の斎(いつき)神社の彦狭知命(ひこさしりのみこと)に頼んで下流の豊岡市瀬戸を切り開いてもらい豊かな大地が生まれたので、養父大明神が代表して命にお礼参りしたことから始まったとされます。
養父神社を出発した神輿が村を練り歩き、昼過ぎに大屋川を「ハットウ」「ヨゴザルカ」と声を掛け合い、みこしを前後左右に振りながら渡御する勇壮なシーンが見られます。
養父町史には「渡御はみ輿自身のミソギのためと考えられ」と書かれています。
15日~16日と決まっていたお祭りも土日に変更されたようで、小城橋近辺は見物客が押しかけ、川渡御のシーンを写真に納めようとカメラマンも多数詰めかけています。
大屋川小城橋            渡御地
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大勢の見物客           神輿の登場
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渡御開始              最初は緊張気味
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カメラの放列             クライマックス            
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無事渡御に安堵の表情      渡河完了
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台車で橋の上へ移動       上箇地区へ
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この後、上箇(あげ)から浅野(あざの)を経て、建屋(たきのや)到着。
建屋の厳島神社で斎神社の神輿と合流し練り合ったあと建屋で一泊。
翌日斎神社に参ったあとまた建屋で練り合って別れを惜しみなだら帰路につき、養父神社に到着します。

「ハットウ」「ヨゴザルカ」のかけ声を掛け合い村を練り歩きますが、『お祝いのお餅を分ける量が、八斗でよろしいか』という意味と養父神社宮司さんが話しているのを聞きました。
「お走りまつり」とは、神輿がスーと軽く走っているように見えたことから名付けられたと言います。

快晴で気温も高く風もない絶好のお天気なのと沢山の見物客で、輿を担ぐカイチョウ(駕テイ)も気合いが入っているようでした。
もちろん昔は徒歩ですが、現在は行程の大半を台車に乗せたり、車に乗せて運ぶのはいずこも同じですね。
 

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