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2013年3月16日 (土)

手辺 上村稲荷大明神

出石の初午祭りは16日の本宮を含む3日間に多くのお参拝者を集め三丹一の祭りと呼ばれています。
伊佐屋三木のblog「2012初午大祭」 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/2012-77fa.html
この日に合わせて、府市場区(手辺)でも上村稲荷大明神を祀る初午祭が開催されました。
府市場区がお祭りするのはほかに観音菩薩と薬師如来がありますが、稲荷社は5隣保が専任当番となっていてお祭りされていて、お稲荷さん好物のお揚げもお供えされていました。
稲荷社                 稲荷大明神
P3160003 P3160006
一昨年は案内の回覧が回りましたが、今回19時前にお参りすると私が「区民では第1号」だそうで、ほとんどの人が気付くことなく、「後の祭り」になるのでしょう。

<5隣保回覧(平成23年)>

上村稲荷の沿革
当五隣保の上村稲荷は、この一角に「手辺」と言う名の起こりの元である大きな白壁の屋敷を構えて、明治の初めまで地区の分限者であり、善応時開基家であった上村忠左エ門の屋敷で、「家門の繁栄と興隆、一族の安寧と健康」等の為に祀った祠です。
現在、末裔は千葉県に在住されています。


<稲荷社の由来・・・・(菅村駅一氏 匂うふるさと1 より)>

今からおよそ四百年前、この手辺に上郷から、上村三郎左衛門という人が移り住んでおりました。
とてもの豪族で、白壁のみごとな邸宅が、今の観音堂前の国府市場にはいる道路から、北へ善応寺門前の稲荷街道まで続いて建っていました。
その屋根棟の、からすおどしが二十の上もあって、「長棟」さんという別名が付いていたほどでした。
そして、井戸の数が七ヶ所もあり、倉や納屋も整然とならんでいて、とても大きく、立派だったといいます。
ですから道行く人は「これが手辺の長棟さんよ」とおどろいて、しばらく、たたずんだということです。
上村家が地神にしてまつったといわれる社が、今も稲荷街道のほとりに、「上村稲荷大明神」として鎮座しています。

但馬侵攻した羽柴秀長が、山から目に入った「長棟さん」の白壁の家並を手指をかざして、「手のあたり」を問うたところから手辺と名が付けられたといいます。
稲荷社と手辺の由来に、関与しているほど上村家が「分限者」だったというお話しです。

 

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コメント

なるほど・・・やっと「ぶんげんしゃ」の
由来が分かりました!

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