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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2013年2月13日 (水)

苗字の日 三木の由来?

1875年(明治 8年)の2月13日、明治政府の「平民苗字必称義務令」という太政官布告により国民はすべて姓を名乗ることが義務づけられ、この日にちなんで「名字の日」となりました。

今までの○兵衛、○作、○平、○太郎から苗字を義務づけられたのですから、民はあわてふためき、それぞれ住んでいる場所や昔からの縁や謂われなどをもとに適当な苗字を届け出たのでしょう。
中には物知りの坊さんなどに苗字をつけてくれるよう頼んだ者もいたかも知れません。

府市場区に残る1870年(明治3年)の戸籍関係の資料には、ほとんどの家に苗字が書かれています。
この年に「平民苗字許可令」というものが出て、「これから平民も苗字を名のってよろしい」との布告があったそうで、手早く届け出たものでしょうか。

これによると我が家は3番目の五人組に所属していて、三木治郎市以下5名が記載されています。
国府村史中巻や但馬史4巻の江戸後期の伊佐新田開発の記事に、『竜野屋宗輔は姓を三木といい、小出侯が播州竜野の領主であったときからの御用商人で、同侯の出石移封に随従してきた」』と書かれています。
どうやら、播州龍野の出身で、お殿様の国替えとともに領地である国府手辺に移り住み、札元として藩の御用を務める一方、土着していったものと思われます。
龍野を始め播州には「三木」の姓が多く、ご先祖様は播州龍野の縁でつけたものに間違いないでしょう。

屋号は、札場のころは龍野屋、伊佐屋菓子舗(看板は精栄堂)としたのは祖父秀蔵の時と聞いています。
当時を知る唯一の人となった叔母曰く、「伊佐の人に菓子作りを習った」ということですが、我が家の身代を傾けることになった「伊佐新田開発」の地名を採ったのは解せませんね。

 

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コメント

竜野からですか。
親父の姉がいるので年に何度か米を持っていったり、
赤飯やらなんやら持っていきます。
そういえばあの有名な赤とんぼも三木露風でしたよね。
なるほど。
うちの本家は稲葉川のそばにあるので(方角は微妙ですが)
そうなのかもしれません!

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