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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2013年2月

2013年2月28日 (木)

昭和の冬遊び けんけらこん

昭和中期、当地の雪遊びに「けんけらこん」が流行っていました。
まず雪を足で富士山型に固めて芯を作り、雪を少しずつ喰わせながらボール状に踏み固め、直径15センチ大にして相手の玉とぶつけて強さを競います。
相手が壊れるまで、何回かぶつけて勝敗を決めます。
強くするコツは、雪に泥を喰わせながらしっかりと踏み固めることですが、一晩おいて凍結させてから勝負するという知恵も使いました。

同年配の男の子に聞くと「知っている」「遊んだ」と答えますが、ほかの遊びに較べて引き継がれることがなかったのでしょうか。
「けんけらこん」の語源も不明で、我々団塊世代を中心とした世代だけが楽しんだもののようです。

   

2013年2月27日 (水)

昭和の冬遊び 竹スキー&ソリ遊び

わたしの幼少期は昭和中期で、戦後の混乱と物不足の時代から経済が徐々に発展していく過渡期でした。
雪国但馬は今と違ってシーズン初めに降った雪が根雪となり、冬は長く厳しいものでしたが、子どもの遊びは外遊びが中心で、男の子は円山川堤防の傾斜を利用したソリやスキー遊びに夢中でした。
スキーは当初上級生が中心になって堤防横に生えている真竹を割って横に繋いだり、孟宗竹を火にあぶって曲げて、自転車のチューブで長靴を固定した簡易スキー板で遊んでいました。
いずれも堤防からの直滑降専門で、曲がったり停まったりすることはなかったように思います。
高学年になって、お古の板スキーと竹製のストックが手に入り遊んだものの、大人用のものでうまく使うことは出来ませんでした。
ソリはといえば、板を使った箱形の本体の両端に割竹を打ち付けて滑りをよくしたものでした。
竹スキー               手作りソリ                    
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(榎勇著 「北但馬 ムラの生活誌」より=榎氏は旧香住町 長井村出身)

雪があれば堤防でのスキー・ソリ遊びに熱中し、頭から足の先までびしょ濡れになって家に帰ってコタツで乾かしすのが一仕事でした。
何をするにも物がない時代で、大人も子どもの遊びに付き合う余裕もない中で、子どもたちが上級生や兄弟に教えられながら手作りの道具で遊んだなつかしい思い出です。
 

2013年2月26日 (火)

2013植村直己冒険賞

2013植村直己冒険賞の第17回受賞者に、東京都の登山家竹内洋岳さんに決まりました。
日本人で初めてエベレストを含むヒマラヤにある標高8千メートル以上14座の登頂に成功したことが評価されました。

植村直己さんと冒険賞については 植村直己冒険館 ↓
http://www3.city.toyooka.lg.jp/boukenkan/index.html

竹内さんは祖父の手ほどきで幼少より登山とスキーを始め、高校、大学の山岳部で国内の登山の経験を積んだそうで、名前に「岳」が入っているのも分かります。
「(14座の登頂は)階段で言えば踊り場。まだまだ登ってみたい山はある」「頂上はゴールではなく、降りてこなければならないので通過点でしかない。頂上は一番恐ろしい場所だ」と話していました。

偉大な冒険家は私の隣村・上郷の出身で、幼稚園・小学校・中学校・高校と同じです。
歳が6歳離れていてるのでほとんど記憶にありませんが、川といい山といい同じフィールドで育った人間として誇りを感じます。
北アルプスを始め山に登って兵庫北部から来たというと、植村直己さんや加藤文太郎さんの話題がでることがよくあります。
但馬の厳しくとも豊かな自然や風土が、人を思いやりながら粘り強く頑張る気質を生み、植村家の資質や昭和の時代が相まって「植村直己」を育んだのだと思います。
 

2013年2月23日 (土)

中高年スキーの集い

雪国でスキー場がある町に生まれながらスキーが苦手な我が身を恥じて、兵庫県立兎和野野外教育センター主催の「中高年スキー教室」に参加しました。
雪国といっても学校が行う年一回のスキー教室以外は機会が無く、せいぜい堤防で竹スキーをするのがやっとの幼少期でした。
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54人の中で但馬の参加者は私一人、県内各地にとどまらず大阪府遠くは千葉県・山口県からも参加がありました。
この行事は10年くらい前から続いているようで、リピーターが多く顔なじみの方が多い様子でした。
パンフ表紙          カリキュラム
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講習はビギナーコースからスタートしたものの本当のビギナーは少数で、時間が経つとリフトに乗って中斜面でも講習が行われ、スピードのコントロールが難しくなり、午前を終わって別メニュー組に移らせてもらいました。
ハチ北野間リフト          講習風景
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ほぼ全員が中高年で、リタイアを機にやりたかったスキーを始めたようで、山仲間が誘いあって参加しているともお聞きしました。
部屋                 食堂風景
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ミニ会席膳              カニすき
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この教室は「楽しく滑り、美味しく食べ、飲んで仲間作りをする」がのモットーのようで、知り合いも多いのか笑い声が絶えない和やかさです。
ビデオで滑りをチェック      バッジテスト2級合格者発表      
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スキー教室を終えると、お風呂に入って夕食を済ませたあと、談話室でそれぞれ持参のお酒やつまみでノミニケーションが始まります。
私は足腰の筋肉がパンパンに張って、疲れもあってほとんど参加できませんでしたが、皆さんお元気で楽しんでいらっしゃいました。

朝夕の食事をいただく食堂を運営されている「竹」さんの奥さんは隣家の幼なじみで、スキーをご縁にご主人と結ばれたとのこと。
ご夫婦と息子さんが担当される食事は味・量・メニューとも申し分のなく、カニすき・寄せ鍋のほかスルメの麹付け・鹿肉の薫製・銀杏など珍しい一品も楽しみでした。
とくに元気な挨拶・明るい笑顔の応対には感心させられました。

肝心のスキーですが斜面がきつくなりスピードが増すと腰が引けますが、少しは上達することが出来ました。
3日間つきっきりで指導いただいたコーチの皆さんに感謝しています。
仲良くしていただいた同室のOさん、Kご夫妻のお陰で楽しい時を過ごすことが出来ました。
来年も数回企画されるようですので、ステップアップ目指して参加したいと思います。
 

2013年2月18日 (月)

平成24年度分確定申告

2月15日(金)から確定申告の受け付けが始まりました。
公的年金以外の収入や手当が若干あるので、確定申告を行いました。
以前国税庁お薦めの電子申告納税システム「e-tax」で行ったこともあるのですが、こちらの勘違いと税務署側の雑な対応で送信が出来ていなくて大揉めした苦い経験からやめました。
伊佐屋三木のblog 「e-tax 審査請求 裁決」 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/e-tax-dbba.html
それ以後は国税庁ホームページの所得税確定申告書等作成コーナーで作成し、諸資料を添付して税務署に出向くようになりました。
豊岡税務署         提出した申告書
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あいにくの雨でしたが、申告書を取りに来る人や係員に尋ねながら作成する人で、混雑していました。
もともと所得が少ないのと医療費がかさんだことや寄付金控除、任意継続している社会保険の控除があったりして源泉済みの税額がほとんど還付となりました。
所得税を払うのは嫌なものですが、ほとんど払わなくてもよいとなると、寂しいやら申し訳ないやら複雑な気持ちです。
  

2013年2月16日 (土)

隕石騒動

ロシア中部に15日隕石(いんせき)が落下し、落下の衝撃で学校や住居のガラス窓が割れ1,200人が負傷したと報じられました。
隕石は大気圏突入時に大きさ17m、重さ10,000トンで規模が大きく、被害は半径100kmにも及んだといいます。
隕石のほとんどが高い温度で溶け、地上に届くのは一部で、多くは地球表面の7割を占める海に落ちているとされます。

同じ時期に、直径45メートル、重さ推定13万トンの小惑星が地球に最接近し、静止衛星よりも近いところを通り過ぎると予想されたこともあって、とんだ隕石騒動となりました。

我が家から20km程離れた朝来市和田山町の集落に「竹ノ内隕石落下の地」の看板があります。
伊佐屋三木のblog 「隕石落下の地」  ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-0faa.html
明治13年、空から隕石(重さ718.7g)が大音響・光芒とともに落下しとされ、この光芒は兵庫・大阪・京都の三府県で確認されたと書かれています。

日本への落下が確認されるのは、10年間で10個程度らしいですが、地球の7割は海、残り3割の陸は山が多く、人が住んでいる確率を考えると影響が極めて少ないことが分かります。
地球に巨大隕石が衝突するのをテーマにした「映画アルマゲドン」にも感動しましたが、地球が天体のほんの一部とあらためて感じさせてくれた事象でした。

  

2013年2月14日 (木)

早春の菜園仕事

冬には珍しい晴天で、ときおり吹く風は冷たいものの気温は12度まで上がりました。
2月の14日間の天気を調べると、晴れ間が覗いたのが4日、曇り中心が9日間、雪が1日だけでした

2年続きの大雪から一転して穏やかな冬、明日はみぞれや雪の予報なので、早春の菜園仕事に精を出しました。    
                雪なしの菜園 P2150102まずは、エンドウの支柱にする竹切り、2mの長さのものが40本程度必要ですが、畑が堤防近くにあるので助かります。
エンドウに使った後は、七夕豆の支柱に使い2回転させます。
続いてイチゴやニンニクの草取り、タマネギの施肥、収穫が終わった冬野菜の片付けで一日が過ぎてしまいました。
3月に入って芽や根が動き始めるころに、肥料を与えると待ち構えていたようにぐっと成長します。
本当の春が来るのは彼岸ごろですが、一気に忙しくなるので天気のよい日に少しづすすめておきます。
   

2013年2月13日 (水)

苗字の日 三木の由来?

1875年(明治 8年)の2月13日、明治政府の「平民苗字必称義務令」という太政官布告により国民はすべて姓を名乗ることが義務づけられ、この日にちなんで「名字の日」となりました。

今までの○兵衛、○作、○平、○太郎から苗字を義務づけられたのですから、民はあわてふためき、それぞれ住んでいる場所や昔からの縁や謂われなどをもとに適当な苗字を届け出たのでしょう。
中には物知りの坊さんなどに苗字をつけてくれるよう頼んだ者もいたかも知れません。

府市場区に残る1870年(明治3年)の戸籍関係の資料には、ほとんどの家に苗字が書かれています。
この年に「平民苗字許可令」というものが出て、「これから平民も苗字を名のってよろしい」との布告があったそうで、手早く届け出たものでしょうか。

これによると我が家は3番目の五人組に所属していて、三木治郎市以下5名が記載されています。
国府村史中巻や但馬史4巻の江戸後期の伊佐新田開発の記事に、『竜野屋宗輔は姓を三木といい、小出侯が播州竜野の領主であったときからの御用商人で、同侯の出石移封に随従してきた」』と書かれています。
どうやら、播州龍野の出身で、お殿様の国替えとともに領地である国府手辺に移り住み、札元として藩の御用を務める一方、土着していったものと思われます。
龍野を始め播州には「三木」の姓が多く、ご先祖様は播州龍野の縁でつけたものに間違いないでしょう。

屋号は、札場のころは龍野屋、伊佐屋菓子舗(看板は精栄堂)としたのは祖父秀蔵の時と聞いています。
当時を知る唯一の人となった叔母曰く、「伊佐の人に菓子作りを習った」ということですが、我が家の身代を傾けることになった「伊佐新田開発」の地名を採ったのは解せませんね。

 

2013年2月12日 (火)

第13回但馬山友会総会

三連休の11日、昨年入会した但馬山友会の総会に出席してきました。
今年で13回を数えますが、前身は国鉄の職場サークルであった「山の会」が、氷ノ山林道建設時の自然保護運動と結びつき、「但馬自然保護協会」として発足したのが1970年。
2001年に会の名前を但馬山友会に改めて12年となるそうで、総勢200名を超す中で古参メンバーは40年のキャリアの方がいらっしゃいます。
歴史がある反面メンバーの高齢化が進み、月例会の参加者も減る傾向にあります。
皆勤の表彰
20130211_100733_2メイン議題は、新年度役員選出と行事計画の作成で、役員会案をもとに調整が行われました。
とくに昨年27回目を実施した「遠征登山」について、参加しやすい山選びや行程に時間がかけられました。
2月総会から11月の納会まで18の行事が計画され、案内ハガキの作成やリーダー・サブリーダーによる下見と当日運営が決められます。

                          みんなで山の歌
20130211_133339 安心で気軽な山歩きが楽しめるのも、役員やリーダーを中心とするサブリーダーの準備と気配りのおかげと、孤独行を続けていた身にとってそのありがたさが分かります。

但馬山友会の活動目的
(1)登山及び野外活動を通じて健康を保ち、会員相互の親睦を図る
(2)登山コースの整備、清掃活動を通じて地域社会に貢献する
(3)自然環境の保護に努め、豊かな但馬の自然を子孫に伝える。

2013年2月11日 (月)

の付き記念日 「建国記念の日」

2月11日は「建国記念の日」として1967年(昭和42年)国民の祝日と定められました。
「の」が加わっているのは、この日が史実ではなく神話がもととなっている曖昧さのため。
明治期に紀元節として奉祝されてきたが、日本国憲法の精神にそぐわないとして廃止されていたのを、政府と自民党が各界の反対を押し切って制定したものの、建国の日ではなくあくまでも建国を記念する日としたのは紀元節のイメージを抑えるためでしょう。

アメリカは独立記念日、フランスは革命記念日、ドイツは統一の日、中国は建国の日、ほかに独立記念日をあてている国が多くあります。
昔は賛否の両勢力が、集会や示威行動しているのが報道されましたが、最近は目立たなくなりました。
「建国をしのび、国を愛する心を養う日」として制定されましたが今回は3連休、日の丸を掲げて祝う家も全くありません。
ハッピーマンデー並みに、曖昧な根拠付けがなされた祝日の意味が意識されなくなったきたのは予期せぬところかも知れません。

国の記念日を定めるなら、軍国主義から解放された8月15日か平和主義・国民主権の憲法が定められた5月3日がふさわしいと思います。

2010年の伊佐屋三木のblog 「建国記念の日に思う」 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-812e.html もどうぞ。
 

木の殿堂 2013スノーシューウオーク

昨シーズンは神鍋高原・兎和野高原のスノーシューウオークに参加しましたが、今年は木の殿堂主催のものに参加してきました。
案内チラシ         スノーシュー装着
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参加者は定員超えの22人。
2班に分けて木の殿堂から周囲の山林に分け入ります。
2日前に降った新雪がつもり、ウサギや獣の足跡だけが見られます。
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頑張ったご褒美
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2013年2月 5日 (火)

冬のええもん かき餅づくり

「ええもん」とは子どものおやつをそう呼んで、但馬で冬の「ええもん」のかき餅はどこの家でも1月中旬から節分までの寒の時期に寒餅を作っていたものでした。
寒中についた餅はカビが生えたり、ひび割れすることが少ないこと、貯蔵中に虫に食われることが少ないことが挙げられます。

かき餅(欠餅)はこの餅を薄く切って乾燥させたもので、寒の風物として新温泉町のそば処「てっぺん」さんのかき餅作りが有名ですが、我が家も例年どおり、青のり、黒豆、えび、塩昆布、砂糖の五種類をつくり作りました。
我が家のこだわりは、餅米だけでなくくず米(いりご)を少し加え、歯ごたえをよくしていることです。
昔は藁で編んで吊り下げて乾かしていましたが、手間を省くため最近は網戸の上に拡げて乾燥させます。
             網干し

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子どもが「なにかええもんおくれ」と言うと、乾燥させ保存していたかき餅を焼いて醤油をつけておやつにしていました。
子ども頃の焼き役は父で、長火鉢に炭を入れて焦げないように何度も裏返しながら焼いてくれました。
おやつが乏しい冬時期に餅やかき餅は欠かせないもので、炭の暖かさとともに忘れられない味です。
今の焼き役はもっぱら私ですが、火鉢の炭を使うのではなく、オーブントースターを使って上手に焼けるようになりました。

かき餅にまつわる 伊佐屋の昔話をどうぞ 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-1b82.html

  

2013年2月 3日 (日)

2月のカレンダー

昨年購入したアトリエ小山の自家製カレンダー2月の表紙は、白川郷の雪景色です。
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季節にあった画はもちろんですが、印刷→丁合→穴あけ→背綴じ→包装まですべて自家製です。
    「アトリエ小山」のホームページは ↓ 
http://www.mimir.ne.jp/~atorie_k/index.htm

2013年2月 2日 (土)

映画RAIWAYSがテレビ放映されます

2010年に公開された「映画RAILWAYS」のテレビ放映がBSプレミアムで明日3日夜10時から放送されます。

RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』 
公式ホームページ
http://www.railways-movie.jp/

2年前映画を見たとき私たち夫婦が学生時代に暮らした松江や出雲の人々の暮らしや言葉・景色が懐かしく思い出されました。
12年に一度と決められ、2009年開催された日本三大船祭りの「ホーランエンヤ」の再現にも、五大地を代表して馬潟地区が参加し、地元エキストラ650人が協力しています。

錦織良成監督はここ出雲市平田地域が出身で、出雲や島根の良さを伝えたかったと言います。
主題歌であるユーミンの「ダンスのように抱き寄せたい」が流れるエンディングで、天辺を平らに刈揃えた風除けの「築地松」の家並みや出雲平野を一畑電鉄(ばたでん)の「デハニ50形」が走り抜ける風景は思わず見とれてしまいました。
とくに中高年にとって故郷に暮らす親や友達、子どもの頃の夢を思い起こさせてくれて、終わった後暖かい気持ちになること請け合いです。
  

2013年2月 1日 (金)

2月の神鍋高原

2年続いた大雪も今年は降っても里ではすぐ消え、山には残るというほどよい加減で助かります。
1月・2月と岐阜に住む親戚の法事に行きましたが、一様に雪を心配してくれました。
雪が降ったときは写真や映像に流れるのですが、消えるとニュースにならないで知られることがなく、大雪の印象だけが残るのでしょう。
伊佐屋のblogも1月27日に「この冬一番の積雪」をアップしましたが、里では4日間で消えてしまい珍しく暖かい日が続きました。
万場・奥神鍋・アップかんなべの3ゲレンデを持つ関西有数の神鍋スキー場も、一頃の賑わいはないものの雪不足もなくよいコンディションです。
道の駅神鍋高原          アップかんなべ      
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この日は平日でさほどの人出はありませんが、小学校や中学校のスキー遠足が行われていてました。
降雪も節分を控えまだまだ安心できませんが、今のところ暖冬傾向といえるでしょう。

 

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