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2013年1月24日 (木)

国府駅物語 Ⅱ

人や物が行き交うには水路や道路・鉄道など交通が欠かせません。
円山川の水運や未整備の県道を行き来する馬車に頼っていたのが、鉄道が明治41年に和田山八鹿間、翌年には城崎まで延伸されました。
国府駅は40年に及ぶ国府村民の請願活動によって、昭和23年10月13日開通式が挙行されました。
駅設置に際し国府村側から、次の二点が申し出されています。
①駅敷地は全部無償をもって寄付すること。
②敷地の土盛費及び建築費等全額地元負担とする。
       国府駅 旧駅舎
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土地代と建設費用は、国府13部落が新駅への距離(利便性)や戸数・経済力をもとに幾多の利害調整によって決定され、人夫も割り当てされました。
(総工費 262万1千631円)
この駅から2番目に遠い上郷区でも負担金約16万5千円を、気多神社参道の樹齢3百年から6百年の松並木51本を17万8百円で売却して捻出したという記録が気多神社誌に残っています。

『気多神社の松畷の松樹数百年の老松を伐採に着手し、氏神の象徴として但馬にも珍しき崇厳なるものにして、当村に生を得たる者は勿論、通行の者も杖を止める位の品位を有し当村唯一の誇りたらん老松も今日限り姿を没するは実に氏子として、又当村を担当する区長として誠に遺憾至極の次第にして後年の村人の多くは叱責さるることは深く覚悟はしましたが、国府駅設置は全額地元負担にして、遠き将来を勘案する当村としては立地条件として賛成し難きが、国府村政上、上郷橋を県道編入と云う交換条件には坑するを得ず、然し村民は今一戸約弐千円の負担は事実上出来難く万難を排して責任を一身に負いて惜しみて尚余りある之の老松に村の救助を仰ぐ以外に策なく決行す。
後年の氏子諸賢の清鑑を仰ぐ次第であります。(昭和23年度駐在員総代 区長)』 


ここには全村一致の運動であったとはいえ、経費の負担となると駅から遠く利便性が低下した部落の心情や交換条件などの駆け引きも読み取れます。
上郷部落だけでなく新駅建設は決まったものの、費用全額負担は当時の村民にとって過大なもので相当苦労したことがわかります。

府市場部落の割り当ては約21万円、昭和23年といえば敗戦直後、物も金もない時期に巨額の負担金をどのように捻出したのか会議議事録などから調べてみるつもりです。
 
 

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