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    日本が誇る憲法九条をまもり、平和な世の中を築くため行動します。
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愛犬ハル

  • P1020325
    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2012年3月

2012年3月26日 (月)

なごりゆき

日曜はみぞれ模様で、今朝になって雪となりました。
昔ならいざ知らず、彼岸を過ぎてた時期に積雪は椿事です。
屋根に数センチの積雪      椿も鳥も寒そう
P3260021_2 P3260025_2 
そういえば7~8年前でしたか、開花した大屋町樽見の大桜
に雪が積もったことがありました。
『出石の初午が過ぎるともう雪は降らない』という俗諺があり
スノータイヤ交換も終えた人にこの雪は、出勤時はとくに要
注意です。

2012年3月24日 (土)

恒例の早春そば打ち会

恒例のそば会を開催しました。
通常は2月なのですが、大雪で延び延びになっていました。
今シーズンは種まき後の台風による雨で、芽出しが悪かった
り、成長が遅れたりして不作の年でしたが、天日乾燥・石臼製
粉の養父そばが確保できました。。
養父そばの保証書         捏ね工程
Scn_0001_3     P3240002_2
延ばし工程              切り作業
P3240007 P3240004
10年以上も続けていると手打ちそばの味も手際もよくなって
きてはいるものの、年に一度の実習では課題や反省が生か
されないのが悩みです。
思うにそば打ち後の大宴会でいただきすぎて、アルコール性
健忘症になるのが理由ではないでしょうか。
 

2012年3月22日 (木)

行きつ戻りつ春が来る

この時期に遅すぎるかも知れませんが、この歌を聴くと、雪国
の人達が、本格的な春の訪れを待ちわびている気持ちがよく
分かります。
但馬も彼岸が過ぎ、里の雪はすっかり消えたものの、寒い日が
続き、春の訪れが遠く感じられます。
    郷橋から見る里の春と山の残雪
   P3210040_4  
童謡「早春賦(そうしゅんふ)」は、吉丸一昌作詞、中田章作曲
によるものです。
以前旅した時に見つけたのですが、北アルプスの山々を臨む
安曇野穂高川の土手に『早春賦』の歌碑が建っていました。

作詞者の吉丸一昌が大正時代に安曇野の地を歩きながら、
遅い安曇野の春を待ちわびる思いを詩にしたといわます。

1.春は名のみの 風の寒さや
  谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど
  時にあらずと 声も立てず
  時にあらずと 声も立てず

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ
   さては時ぞと 思うあやにく
    今日もきのうも 雪の空
    今日もきのうも 雪の空

3.春と聞かねば 知らでありしを
  聞けば急(せ)かるる 胸の思いを
  いかにせよとの この頃か
  いかにせよとの この頃か
 

2012年3月21日 (水)

野菜肥料の講習

JAの野菜栽培講習に参加してきました。
場所はJAたじま日高支所、約20名の参加です。
案内ボードにもあるように「野菜栽培講習」とのことでしたが
テキストはなんと「野菜肥料の講習」となっていました。
P3210046  P3210049
野菜肥料の施肥作業の流れ、肥料成分の役割、野菜の生
育と土壌の役割、お薦め肥料「あさひS602」の特性が中心
でした。
肥料といえばネーミングにあるように(602ならそれぞれ16
・10・12の割合)窒素・リン酸・カリの三要素の組成が重視
されがちですが、肥効の早さや土壌への影響、苦土やホウ
素などの微量要素が含まれているかどうかが重要とのこと
でした。

どうやらホームセンター販売されている価格が安い園芸肥
料に押されがちなJAが、肥料メーカー担当者を呼んで中味
の違いを強調しているようでしたが、それでも5割も高い理
由はイマイチ理解できませんでした。

後半、タマネギの追肥とジャガイモの作付け準備について少
し説明がありましたが、本題はお薦め肥料の宣伝のようで、
確かに肥料の勉強にはなったものの、「野菜栽培講習」に名
を借りた商魂にすこし興ざめしてしまいした。
 

2012年3月20日 (火)

菜園春の陣 始動

彼岸になるとさすがに雪も消え、菜園作業が忙しくなります。
例年に較べて気温が上がらないこともあって、畑がぬかるん
でいて、すべての作業が遅れがちです。
冬越しの野菜の中で、イチゴの中耕除草・追肥・マルチ掛け
が必要です。
タマネギも草取りと最終追肥が必要です。
エンドウにも中耕除草・追肥と支柱立てが必要です。
乾かぬ畑に気を揉みながらも、上記の三作業を終えました。

イチゴ                タマネギ
P3210023 P3210020
エンドウ支柱立て
P3210021_2気温地温の上昇と日照時間も関係して、
一気に成長を始める前の重要な作業です。
ほかに春キャベツやホウレンソウ・菜花など
追肥も行いながら、冬野菜の片付けやジャ
ガイモの植え付け準備を始めていきます。
やはり例年と較べ生育が遅れているように
感じます。


 
 

2012年3月18日 (日)

農地・水・環境保全会 防草シート張り

彼岸に入ると農作業開始に向けた日役が行われます。
従来は農業従事者だけだったのが、5年前に設立された非農
家も含めた活動組織「府市場環境保全会」が担当しています。

保全会の共同活動は、草刈り・溝掃除・農道や水路の補修・
水きもの調査・畦への植栽など多岐にわたり、今回は草刈
り対象の畦に防草シートを張り付けました。
防草シートはポリエステルの高密度長繊維不織布で、以下の
効果があるとされます。
1:樹木雑草の根張りや新芽の発芽による貫通を防止する。
2:高い遮光率で、敷設下の植物の光合成を阻止する。
3:除草剤をつかわず、安全かつ継続的に雑草を防止する。
4:水や空気を通過させるため、土壌環境を悪化させない。
P3180001 P3180005
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「府市場環境保全会」には2戸に1人の50人近くが登録している
とはいえ、農地も集落の東西に広がっていて、冬期を除いた期
間の草刈りが不可欠で、結構な負担となっています。
今回の共同活動に参加したのは約30人、これで草刈り作業の
軽減がなされますが、草抑え効果とともに、5年以上とされる耐
久性も気になるところです。
 

2012年3月17日 (土)

2012出石初午大祭

伊佐屋三木のblogでは初登場ですが、久しぶりに初午(はつ
うま)さんに行って稲荷神社にお参りしてきました。

たじま検定テキストブック「ザ・たじま」の説明によると・・・・。
江戸時代、出石藩主が旧暦2月の最初の午の日に、城の大
手門を開放して城内の稲荷神社に参拝を許したことに始ま
るとされる。身分制度が確立されていた当時、一般の町民が
城内に入ることは許されておらず、祭りの日には遠く丹波、丹
後からも参拝する人がいた。故に、三たん(但馬・丹波・丹後)
一の大祭とも言われる。。
稲荷神社は、商売繁盛、五穀豊穣にご利益があり、3日間で
数万人が訪れる。また、但馬の春を告げる祭りとして、出石の
初午が過ぎるともう雪は降らない」という俗諺がある。


雪国但馬にやっと訪れる「春の到来を告げる祭」として親しま
れ、これを機に農事を始める目安とされてきましたが、いまは
スノータイヤ交換の目安ともなりました。
出石城                稲荷神社への参道
Img_3583 P3170001
有子山中腹 稲荷神社       大伯父 三木源吉の名も
P3170004  P3170014_2
午の日にこだわらず、3月第3金、土、日曜日に行われるよ
うになりましたが、大手町通りをメインに田結庄通りにかけ
て東西の道沿い約150軒の露店が立ち並び、数万人のお
客が訪れるといいます。
稲荷郭からの城下風景      スマートボール
P3170013  P3170022
射的                 お化け屋敷
P3170021_2 P3170027_2 
大手町通り北方向         南方向(正面は辰鼓楼)
P3170028_2 P3170050_2 
娘たちがいた頃は家族で出かけ、露店を覗いたり植木市で
花木を買ったりしましたが、久しぶりのお参りとなりました。
以前の賑わいは望めませんが、待ちかねた春を告げるお祭
として、昔ながらの雰囲気を残しています。
午前に降っていた雨も止み、参拝客も増えつつあるようです
が、明日日曜にはもっと人出が増えることを期待しています。

2012年3月16日 (金)

豊岡劇場 3月末閉館です

残念なお知らせです。
「いよいよ」「とうとうと」「ついに」、但馬に残った最後の映画
館、豊岡劇場閉館のお知らせです。
館内に掲示されたお知らせ
20120315_153416昨日映画を見た帰りにふと見ると館内
の数カ所に掲示してありました。
昭和の初めの芝居小屋から、戦後に映
画館として開業以来、60数年に渡って
映画文化を提供してきました。
「豊劇=とよげき」の愛称で親しまれ、
市内や近隣市町の各館が廃業する中で
唯一映画の火を点し続けていました。


建物は昭和初期に建てられた近代建築で、1925年(大正14年)
5月に発生した北但大震災を教訓とした鉄筋コンクリート造の看
板建築となっている。「豊岡劇場」と書かれたファサードのデザイ
ンに特徴があるほか、レリーフやメダリオン(徽章)の装飾などレ
トロな雰囲気を残しており、2007年(平成19年)には「レトロを訪
ねる 映画館編」 として週刊誌にも掲載された。(Wikipediaより)
レリーフと徽章            劇場正面
P3150003 P3150001_3
映画の上映を始めたのは昭和22年頃とのこと、私と同じ年、
ということは65歳ですか。

日本映画が息を吹き返し、商業施設に隣接するシネマコンプレ
ックス館による集客増も見られる中、豊劇1と豊劇2の2スクリー
ンを備え、時間帯で上映映画を変えた4作上映で顧客の掘り起
こしを図ったものの、集客は下降線だったのが行くたびに感じら
れました。

昭和の中頃、日高町にも2館、豊岡市には4館もあり、下駄履き
普段着で行くところでだった大衆娯楽の映画館が、但馬=県北
部に無くなってしまいました。
映画を見るとなると、廃業館を借りて復活した福知山シネマ
鶴八千代館
、姫路駅周辺の各館、県外ながらも1時間半で行け
鳥取シネマに行くことになります。

閉館までの豊岡劇場における上映映画です。
マイウェイ-12,000キロの真実」「ALWAYS三丁目の夕日’64
聯合艦隊司令長官 山本五十六」「イナズマイレブン」の4本です。
閉館まで残すところ2週間、昭和の匂いが残る映画館が懐かしい
方はお早めに・・・・。
  

2012年3月15日 (木)

映画「マイウェイ」鑑賞 

木曜は男性サービスデーなので、3週連続の映画鑑賞です。
場所は豊岡劇場、お目当ての映画は「マイウェイ-12,000キ
ロの真実」です。
昭和の戦争に翻弄されながら走ることを忘れなかった日本人
と朝鮮人青年の物語です。
Scn_0002_2監督はカン・ジェギュ、主演の2青年オダ
ギリジョー、チャン・ドンコンが「日本・ソ連
・ドイツ3つの軍服を着ることになった数奇
な運命」の2青年を好演しています。

実話に基づいて作られたそうですが、ノモ
ンハンの戦い・シベリア抑留、ソ連の対独
防衛戦、ノルマンディー攻防戦など随所に
戦争シーンが繰り広げられますが、夢や希
望を捨てずに生きる人間の強さを感じさせてくれます。


映画に「マイウェイ」ついては 公式ホームページ ↓

http://myway-movie.com/

この後ショッキングなニュースが館内に張り出されていました。
 

2012年3月12日 (月)

もう一つの3.11

東日本大震災は地震と津波のほか、原発事故を引き起こし
ました。
自然の力の前に人間が作り上げた「安全神話」くずれ、福島
県では、全域避難の飯舘村ほかで約10万人が避難を余儀
なくされています。
滞留したり拡散された放射性物質の影響は、今後長い年月
に渡って人や自然を痛めつけるでしょう。

その後の調べで、福島第二原発も辛うじて外部電源の1回線
だけが使えたので、炉の冷却ができたそうで、これがなけれ
ば第一原発同様大事故になっていたことがわかりました。
東北電力女川、東海第二発電所も生き残っていた非常用デ
ィーゼル発電機でやっと冷却ができたという状態でした。

空気中での燃焼、電熱線の発熱の他に核分裂による「第三
の火」を手に入れた人間ですが、その危うさは数々の事故が
物語っています。
原発が「低コスト」であり、「安全」であるという両方の嘘も明ら
かになってきたのと、使用済み核燃料の処理もメドが立って
いません。

今回の事故ではっきりしたのは、地方の犠牲の上に都市部が
成り立っていることです。
すなわち首都圏へ原発による電気を送る対価として、税や補
助金をもらって過疎地が生きるという構造でした。
絶対安全であると信じ込まされて・・・・・・・。

世界でも運転中や計画中の原発は増えつつありますが、こ
れを機にエネルギー問題を国や国民全体で考え直さなけれ
ばと思います。
原発事故による影響は地球規模に及び、「原発国」は世界の
人々や地球にも責任を負っています。
とくに悲惨な事故を起こした「先進国日本」の動向は世界が見
守っているのですから・・・・。
 

2012年3月11日 (日)

震災発生から一年

3月11日が巡ってきました。
昨年のこの時期の但馬は暖かい日が続き、冬タイヤも2月末
で替えるくらい穏やかな日が続いていました。
午後3時ごろ、外出から帰ってコインスナックを出しているT君
が事務所でテレビを見てて、「すごい地震が来たよ!」と叫ぶ
ので、店に入ったのが始まりで、づっと画面から離れられませ
んでした。
死者1万15854人、行方不明者3155人、避難者34万人の大災
害の始まりでした。

昨年同時期の「伊佐屋三木blog」のタイトルを見ると・・・・・・
3月11日 「東日本巨大地震・津波」
3月12日 「東日本大震災について」
3月13日 「人は弱い、弱いから支え合いしかない」
3月15日 「いますべきこと、してはならないこと」
3月16日 「Pray for japan」
3月17日 「買い溜め 品不足」
3月18日 「震災地支援の活動」

休筆した14日以外の7連発、これ以降平時ネタに変えました。
阪神大震災や台風23号も経験しましたが、戦争を知らなかっ
たので、これほどのショックを受けたことはありませんでした。
これから長い復興の道を歩まれると思いますが、食べ物や当
座の家が確保されたいま、生活や家族を守るため仕事の確
保が急務です。
仕事を終えた世代にも生き甲斐となる「仕事」の提供を通じて
身も心も復興に向かっていただきたいと思います。

被災地の復興が進みますように・・・・・・・・。

東日本大震災 ~明日晴れるかな~

2012年3月 9日 (金)

1964年とは

1964年は豊岡高校2年生、ベビーブーム世代(団塊世代と呼
ばれたのは1976年以降)と呼ばれ、クラスは53人編成の11ク
ラスで、学年合計583人、教室も学校も超々満員でした。

男子校でもないのに2年生からは男子ばかりのクラスに入れ
られ、共学だったのは1年だけでした。
この年の重大行事、修学旅行は北九州へ。
国鉄で長崎駅へ、バスに乗り換えて雲仙で一泊して、翌日は
阿蘇山を観光して、別府温泉で泊まりました。
夜には別府港から船に乗って翌朝神戸に着きました。
車中で前年に大ヒットした舟木一夫の「高校三年生」や「修学
旅行」、橋幸夫の「恋をするなら」など青春歌謡の数々を歌っ
たのを覚えています。

あれから48年、豊岡高校の2012年募集要項を見ると、クラス
編成は40人、普通科・理数科と合わせて200人、なんと約3分
の1に減っています。

当時のデータをを調べてみると・・・・・

・大卒初任給 2万1526円
・ビール・酒類、25年ぶりに自由価格
・太平洋横断ケーブル
・東京オリンピック
・東海道新幹線
・首都高速道路一部開通

☆「流行語」
・いいと思うよ
・おれについてこい
・カギっ子
・カラ出張
・東京さばく
・シェー
・みゆき族
・やせたソクラテス

☆「映画」
・愛と死を見つめて
・赤いハンカチ
・越後つついし親不知
・鬼婆
・肉体の門
・白日夢
・マイ・フェアレディ―
・エル・シド
・大いなる野望
・007ゴールド・フィンガー
・荒野の用心棒
・シェルブールの雨傘
・ハムレット

☆「企業の設立」
・三菱重工業(三菱日本重工業、新三菱重工業、三菱造船が合併)

☆「新商品」
・電子式卓上計算機(シャープ)
・クリネックス
・デンターライオン
・キーピング(花王)
・ガーナチョコレート
・かっぱえびせん
・ワンカップ大関

☆「国際」
・アメリカがベトナム戦争を始める(翌65年米軍による北爆)
・米で新公民権法が成立
・トンキン湾事件
・フルシチョフ解任
・コスイギンが首相、ブレジネフが第一書記に
・中国が初の核実験
・ジョンソンが歴史的大勝利で大統領に

親が大戦を経験した世代であり、戦後民主教育の強い影響を
受けて育った世代ですが、「貧乏人の坊ちゃん育ち」でもあった
のか、社会に目を向けるようになったのは、大学生になってか
らでした。
 

2012年3月 8日 (木)

豊岡劇場の「三丁目の夕日’64」

高度経済成長期の東京を舞台に心温まる人間模様を描くシリ
ーズ第三弾「ALWAYS 三丁目の夕日’64」を見てきました。
1月に封切りされましたが、少し遅れて但馬唯一の映画館、
豊岡劇場」に登場ですが、男性サービスデイで半額となる木
曜日まで待っていたのです。
第二弾「ALWAYS 続・三丁目の夕日」をブログに書いてから
もう4年が過ぎ、一平や淳之介は大きくなり、六ちゃんはきれい
な娘に成長していました。

Scn_0001_2 1964年は東京オリンピックの年
映画の随所に登場します。
カラーテレビが普及し、東海道
新幹線もこの年開通しました。
当時の風景や世相を反映した
ストーリー展開も楽しめました。
これ以降高度経済成長が一気
に加速し、お金や物や名誉を得
ることが幸せという価値観が広
がりを見せてきました。
そんな中で、お節介で人のよい
近所のつながりが、落語に出てく
る長屋のような暖かみを感じさせます。
 
今回のテーマは「巣立ち」ですが、この当時三木少年は高校
2年生、巣立ちを目指して、近くの川で鮎釣りに忙しくしながら
も、ちょっぴりお勉強を始めた時期でした。
映画という文化を地域の人たちに提供する映画館の存立は、
その地域にとってバスや電車と同じくらい大事です。
昭和初期から頑張っている豊岡劇場は、水曜は女性、木曜
は男性のサービスデイ、65歳以上はいつでも半額です。
この映画の公開は3月末まで、お早めにどうぞ!
  

2012年3月 5日 (月)

6枚の壁新聞

先日触れた石巻日日(ひび)新聞社編の「6枚の壁新聞」を題
材にしたお話しです.。
ドラマは明日放映されます。
震災から1年、悲惨なニュースが多かったけど、未曾有の災害
の中で、人はやられ放しで悲しんでいただけでなく、かく闘った
という証しが徐々に知られるようになりました。
6日放送予定のドラマを扱った記事
Scn_0002_16         
絶望的な事実や現実を報道しながらも、前向きな言葉を入
れることに気を遣った「6枚の壁新聞」の見出しです。

・3月12日の見出し → 「日本最大級の地震・大津波」「正
               確な情報で行動を」
・3月13日の見出し → 「各地より救援隊到着」
・3月14日の見出し → 「全国から物資供給}
・3月15日の見出し → 「ボランティアセンター設置」
・3月16日の見出し → 「支え合いで乗り切って」
・3月17日の見出し → 「街に灯り広がる」

取り寄せたi角川SSS新書「6枚の壁新聞=石巻日日新聞社
東日本大震災7日間の記録い」のおわりに、「地域紙として
伝えることの本当の意義
」として・・・・・
「自らも被害者であるものの、現実に起きていることの把握だ
けで終わらず、その情報を配信することが地域紙としての使
命であること、そのためにはまずは断片的な情報をつなぎ合
わせて、事実を確定する作業が必要でした。
大手新聞がそれぞれ、被災地域外の読者の要求に合わせて
配信する情報が柱であるのに対して、地域紙としての報道は
今回は被災者、通常であれば、地域内の読者の要求に強く
応えるものであるべきだと思っています。


「テレビや全国紙では伝えられない、取り残された小さい集落
の情報」を伝えるべく、発行部数は少なくとも、読者=被災者
に寄り添う地域紙としての存在感を発揮した「石巻日日新聞」
を題材にしたドラマとなっています。
この手書き壁新聞がアメリカワシントンにある報道博物館NE
SEUM展示されていて、WEBの動画で見られます。
http://www.newseum.org/news/2011/04/ishinomaki-hibi-shimbun.html
 

 

2012年3月 4日 (日)

消雪工事が終わりました

昨年末から続けられていた府市場公民館前の消雪工事が
終わりました。
公民館建て替えに伴って移設されたものですが、堤防から
町並みに入る場所なので、大雪かつ消雪ができなかったこ
の冬は何回かの渋滞や小事故を引き起こしました。
ポンプ制御盤            スノーセンサー
P3030078 P3030080 
散水消雪は地下水をポンプで汲み上げ、道路に埋め込んだ
ノズルから噴出し雪を融かすもので、新潟や北陸・山陰など
雪が多く、気温が氷点下にまで下がらない地域に設置されて
います。
府市場北信号前          道路に埋設された噴水ノズル
P3030082_2 P3040004
スノーセンサーによって可動は自動で行われますが、消雪後
の水はねが歩行者や道路脇の家に迷惑となったり、地下水を
くみ上げによる地盤沈下問題もあると聞きますが、消雪装置
が働かなかった今冬を見ると、必要性は認識できました。 

 

2012年3月 3日 (土)

春の兆し

気温の上昇と雨で、雪解けが一気に進みました。
回りは今も冬色が目立ちますが、近くの空き地にあるネコヤ
ナギもかぶっていた皮を脱いで白銀色の毛が顕れてきました。
桜堤からみる東西冬景色
P3030056_2 P3030061
コートを脱いだネコヤナギ     ピンクのネコヤナギ
P3030032_2 P3030068_2
昨年末にいただいて我が家に植えたネコヤナギも同様ですが
こちらはピンク色の毛です。
梅のつぼみもふくらみ始め、春が近づいているのが感じられま
す。
早咲きの小梅            こちらは7年目のハル
P3030073 P3030034
こちらのハルは雪や寒さには負けませんが、雪が屋根から落
ちる音や雷が苦手で震えながら助けを求めます。
回りが囲まれている安心感か、ガレージに入れてやるとすぐ落
ち着きます。
 

2012年3月 1日 (木)

新聞社の壁新聞

深夜になってなかなか寝付けない人、途中で目が覚めて寝ら
れない人のための「NHKラジオ深夜便」が人気です。
この2条件に合致するのはほとんど高齢者で、私もとうとう仲
間入りしました。
早く目が覚めたので、1日午前4時から始まるインタビュー「明
日へのことば」をそれとなく寝床で聞いていました。

▽明日へのことば

~震災復興インタビュー          
  「手作り壁新聞は何を伝えたか」             
             石巻日日新聞社・報道部長…武内宏之

石巻日日(ひび)新聞と読んで、宮城県石巻市双葉町にあって
夕刊のみ発行で、部数, 14,000部ながらも、今年創業100年を
迎える老舗地方紙です。

3月11日の地震と津波で社屋は残ったものの、輪転機がある
一階が水に浸かり使用不能に、6人の社員も取材途中に事故
に遭遇しながら、地域とともに生きる新聞として報道することを
使命として、手書き壁新聞6枚を避難所に貼り出したそうです。
取材によって得た真実・現実を社長が紙に手書きし、それを5
人が書き写して複製する手法で作成され、電気が復旧までの
7日間、情報から取り残された被災者に真実を伝えるとともに
大きな励ましを与えました。

一方では被災した家族の身を案じながら、津波にさらわれ九
死に一生を得た後も会社に復帰し報道に携わった人たちの
使命感に胸を打たれました。
発刊の辞「地域の回覧板とあれ」を思い起こし、「電気がなくて
も紙とペンはある」「地域紙だから伝えられることがある」こんな
言葉や様子をたんたんと語る武内さんに、思わず起き上がって
聞きました。

絶望的な事実や現実を報道しながらも、見出しには前向きな言
葉を入れることに気を遣ったそうです。
17日付の壁新聞「街に灯りが広がる」の見出しは、被災者を勇
気づけたことでしょう。

このお話は3月6日読売テレビで、「6枚の壁新聞」としてドラマ
化されます。
また「6枚の壁新聞 東日本大震災7日間の記録」として出版
されています。

フェルトペンの手書きで発行を続け避難所などに張り出した壁
新聞を、米ワシントンの報道博物館「ニュージアム」が譲り受け
展示に加えることになったそうです。
壊滅的な被害の中で、ミッションを貫いたジャーナリストの戦い
の記録として、長く伝えられるでしょう。

 

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