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2012年2月14日 (火)

但馬牛の涙

高校・大学の後輩で、豊岡市旧神美村出身のKNさんが4年前に寄せてくれた一文「但馬牛の涙」を紹介します。

但馬の家々では、昭和40年代半ばまで、全て牛を飼っていた。但馬牛の産地である。ここで生まれた牛が、近江で、松坂で、神戸三田で肥育され、その土地の名前を冠したブランド肉になるのである。

 但馬牛の産地を見ると、僕は思い出すことがある。
当時、我が家をはじめこの地方で飼っていた牛は、農耕牛である。鋤きを引かせ、鋤いた土を細分化する車を引かせ、大八車を引かせる。綱一つで自由に牛を操る父の腕は見事だった。
 もう一つ大きな役割は子牛取りである。メス牛を飼い、子を産ませ、売って貴重な現金収入にするのである。春に人工授精させ、農作業のない冬に子を産ませる。半年少々育て、秋口に出荷し、セリにかけるのである。メスの子牛のほうが、次に子を産ませられるので当然高い。どちらが生まれるのかは農家にとって大きな関心事だ。

  夏休みに入ると、早朝、母牛を連れ出し、野の草を食わせる。これが農家の子供の仕事になる。但馬の農家の子は、「牛飼いっ子」と呼ばれていた。この仕事には、飼料の節約、健康管理の運動の他にもう一つ役割がある。
 それは、母牛を外に連れ出しているうちに、子牛を連れ出して売りに出すのである。母牛のいるときにはとてもそんなことはできないから。
 母牛も毎年同じことを繰り返している。ふと予感がよぎるのであろう。僕が草を食わせていると、当然、食うのを止め、きびすを返して、いや、ひづめを返して、家に向かって一目散に駆け帰るのである。子供の力ではとてもかなわないスピードで引っ張られる。そして家に帰り、牛小屋 
(注参照) に入って、子牛がいるのを見ると安心するのである。明日も、その次の日も、そのまた次の日も同じ繰り返しである。

  そしてある日、家に帰ると子牛がいない。
母牛は、狭い牛小屋の中に、子牛が隠れていないか、探すのである。四隅をくんくん嗅ぎ回って。敷き藁をひっくり返して。あんな体が隠れようもないのに。
 いくら探してもいないとわかったとき、鳴き始める。小屋の出口に立ち、連れて行かれたと思われる道のある方向を向いて。
 初めは、「もぉぉーっ」と。二日目には「めぇぇーっ」と。そして三日目には声が枯れて、「ひぃーっ」としか声が出なくなる。それでも泣き続ける。涙を流しながら。

  子牛は、当時の金で五万円程度で売れた。親は、そのお金を貯めて、僕を大学に出してくれた。
だから、僕の体の何分の一かは、牛の涙でできている。

 父が死んだときも、母が死んだときも、僕はまともに涙を流さなかった。
今まで声が枯れるほど泣いたこともない。
ひょっとすると、僕の人の情は、牛よりはるかに劣るのかも知れない。

(注) 「小屋」と書いたが、家の中にある。農家は、農作業をするため、家の半分は土間である。雪深い地域で、牛の世話をする関係上、土間の一部に仕切りを作り、牛と共に住むのである。残飯をやり、藁や干し草を与え、毎日世話をする。
 牛小屋の中央部には傾斜と貯留槽を作り、屎尿が溜まるようにする。糞は敷き藁と共に固まるので、定期的に外に出して高く積み、堆肥にする。
 家の中に牛がおり、その排泄物が溜まるのである。夏には当然のようにハエが大量に発生する。蠅取り紙に守られながら、真っ黒に集まるハエを手で追い払いながら、人間はご飯を食べたのである。 

先日マイブログで「小牛競り市」を紹介し、「ドナドナ」の歌を思いだし哀感を覚えたと書きました。
隣村出身の冒険家植村直己さんも
、「牛飼いっ子」で同じ経験をしたでしょう。
昔は牛も豚も鶏も三木家が飼っていた山羊もみんな家族だったし、生きものとの暮らし通じて命の大切さと感謝の気持ちを学んだのです。
 

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コメント

 そうですね。但馬牛は子供を売るのが主ですから、母牛と子牛には身を切るようなつらい思いをさせていますね。
 生き物をいただいて私たちは生をつないでいます。いつも「いただきます」と静かに手を合わせたいものです。

涙が…。
僕はかなり感情移入するタイプなんで
本当にグッと来ました。
牛さん、馬さんなどは本当に涙を流すといいますからね。
ペットを飼うのもですが本当に別れは…。
ただ息子は一人っ子なんで何か飼ってやったら
勉強になったり、痛みもわかるようになるのかと
考えます。

何ともいじらしい胸を打つ文章でしょう。
言葉での意思表示が出来ない動物たちの、怒りや辛さや悲しさを泣くことでしか訴えることの出来ないはかなさに感動させられますね。
牛は涙を流すと昔から聞いてはいますが、重労働などの辛さなどとは比較にならない、子を盗られたときの悲しさの涙なのですね。
そんな大切な生き物たちのお陰で贅沢をさせていただける私たちは、感謝しなければなりません。

若いころは肉好きでしたが、やがて魚好きになり、今や野菜好きになりました。牛肉を食べるのは稀になりましたが、こんな話を聞くとますます牛肉から遠のきそうです。労働力として家族同様にかわいがられた母牛があっての但馬牛。そういえば、高校で但馬牛というあだ名の先生がいましたね。但馬人の粘り強さを但馬牛にたとえ、がんばれと励ましていただいたことを思い出しました。植村直己さんもきっとこの先生の話を聞かれたのではと思います。植村直己さんの成し遂げた快挙の数々を思うたびに、私は但馬牛を思い起こします。

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