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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2012年2月27日 (月)

冬の夜

冬の歌にはいろいろありますが、雪国但馬で育って印象に残
る唱歌があります。

 燈火ちかく衣縫ふ母は
  春の遊びの楽しさ語る
   居並ぶ子どもは指を折りつつ
  日数かぞへて喜び勇む
   囲炉裏火はとろとろ
  外は吹雪

♪  囲炉裏の端に繩なふ父は
  過ぎしい昔の思い出語る
     居並ぶ子供は ねむさを忘れて
  耳を傾け こぶしを握る
   囲炉裏火はとろとろ
  外は吹雪


私が子どもの頃にはさすがに囲炉裏はなく、掘りごたつに炭
や練炭を入れて暖をとっていました。
庭に面した西側には父が、台所が近い南には母が陣取り、
子ども4人が残る2面を分け合っていました。
テレビはもちろん当初はラジオさえ無かった頃、冬の夜は特
に長く感じられたものです。
父と母の間には長火鉢がおかれていて、お湯を沸かしたり、
かき餅や干し芋・酒糟などを焼いて食べながら、父から昔話
や作り話を聞くのが楽しみでした。

我が家は祖母が16年に、祖父は私が生まれた22年に亡くな
ったので、年寄りの昔話や知恵や技を教わることはありませ
んでした。
真正但馬弁が身につかなかったのは、祖父母の影響がない
のと母が県外出身なのが原因でしょう。

ところで、明治末に作られたこの歌の2番、「過ぎし昔の思い
出語る」は、もとは「過ぎし戦(いくさ)の手柄を語る」の歌詞
だったそうです。
父の勇ましい手柄話に「こぶしを握る」のもわかりますね。

青島・開封・済南を拠点にしていた商社に勤務していて、兄
と弟を日中戦争で失い自身も現地召集され敗戦を迎えた父
は、戦の話しをしたり、兄弟が命と引き替えにもらったような
数ある勲章類を見せることはありませんでした。
敗戦前でしたが、その中国から幼子を連れて引き揚げてき
た母も「過ぎし戦」のことは、ほとんど話しませんでした。
ちょっと脱線気味ですが、冬の夜に因んだ家族団欒を地で
いくような昔話です。
 
 

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コメント

思い出しますね~。
うちも小3まで暮らした古い家は
掘りごたつの練炭、炭でした。
靴下がチリヂリに焦げたりと
懐かしいですね~。
そうですね。
うちもおじいちゃんが居た頃は
おじいちゃんがテレビの正面その左横に
おばあちゃん、親父が右側、その横におかん、
そして残りを3人の兄弟で…。
狭かった中にも家族の団欒、暖がありました。
僕の息子にも感じてほしいですが。

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