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2012年2月11日 (土)

館長講座「但馬国府の謎を探る」

但馬国府・国分寺館では企画展「但馬国府と深田遺跡‐国
府の景観を探る‐」が開催されています。
P1000337_2 P1000334_2
今日それに合わせて、館長講座が開かれました。
テーマは「但馬国府の謎を探る」
1. はじめに
2.深田遺跡の調査
3.祢布ヶ森遺跡の調査
4.どうしてわかる役所跡
5.但馬国府の移転
6.源頼光
7.第1次国府はどこに

P1000327 P1000330
但馬国府は804年のに移転したと記録があり、移転後の
国府は、日高総合支所東側が中心とされています。
ここ祢布ヶ森遺跡と周辺の深田遺跡・川岸遺跡の出土品
をもとに、但馬国府との関係が説明されました。
各遺跡の出土品が但馬各地の地名がある木簡や墨書土
器、祭祀具が中心で生活用具がみられないことから役所
と推定されることなど興味深い内容でした。

後半の「第1次国府はどこに」では、金葉和歌集の「源頼光
が但馬守にてありける時、館の前にけた川といふ川のある
上より舟の下りけるを、蔀開くる侍してとはせければ、蓼と
申すものを刈りてまかるなり、と言ふを聞きて・」
記述から
「けた川」とは時代は江戸時代ではあるが、伊能忠敬の測
量記録に野々庄村から中筋付近が「気多川」とあること、国
府市場村権現に遺跡があり、付近から土器や銅銭が出土し
ていることなどから国司の館すなわち国衙跡が国府市場村
にあったとも推定できるとのお話しでした。

この時、頼光夫妻が国府館で口ずさんだという「朝まだき空
櫨(からろ)の音の聞こゆるは蓼刈る舟の過ぐるなりけり」

連歌から曹洞宗・頼光寺をはじめ、「殿屋敷」などの地名が
残っている上郷村が有力との説に対し、対岸東側の国府市
場説もそこに住むものとして興味深いものでした。

ところが、源頼光が国司だったのは1,000年~1,111年の
前との記録があることで、第1次但馬国府とは言えず、もう
一度移転したのか?という謎に突き当たります。

参加者は15名と多くはありませんでしたが、但馬国府を通
じて古代・中世にタイムリップした思いでした。
今後北近畿自動車道の予定地区の発掘調査もあることか
らこれらの謎の解明がより進むことを期待しています。
企画展「但馬国府と深田遺跡‐国府の景観を探る‐」は28日
まで開催されます。
 
 

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コメント

ウ~ン(>_<)難しい話ですね。相当な昔の話なんで、やはり残された文献などからの想像でしか肯定できませんので。ただ日高が但馬国府であったのには間違いはないと思います。

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