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2012年1月29日 (日)

府中小学校の思い出 石炭ストーブ編

昭和中頃の但馬の冬はいまとは比べものにならないほど
寒く、各教室の暖房にダルマ型石炭ストーブを使っていま
した。
教室前側の奧にある土台の上にダルマ型のストーブが置
かれ、火掻き棒・防火バケツが用意されていました。

<ダルマ型石炭ストーブ>
Daruma2_3
丈夫な鋳鉄製で、上部に煙突をつけ、
頭部には蓋が、正面には石炭の投入
口と回転式の蓋が付いた空気調整穴
がありました。
十能を使って石炭を補充し、サナと呼
ばれる火皿から落ちた燃えがらは取り
出し口の蓋を外し、火掻き棒で掻きだ
しました。


幼稚園や低学年の教室では安全のため周りを木製のサ
ークルで囲っていたと思います。
2名のストーブ当番が、焚きつけ用の豆殻を持って少し早
く登校し、職員室前に出されている旗の色で使用の可否
を確認します。
(たしか白旗が使用可だったと思います)
用務員さんの手で教室毎に分けられた石炭バケツを受け
取り、新聞紙・豆殻に火をつけたあと、薪を燃やし石炭に
火をつけます。
凍えるように寒い中、煙と戦いながらの作業ですが、要領
を覚えると上手になってきました。

一回の割り当て以外は追加がなく、始末しながら使い終業
時には燃え尽きるように調整し、余った石炭は教室床下の
格納庫にしまっておき必要なとき使いました。
弁当編で書いた「弁当加温缶」を置いたのはストーブの蓋
の上でしたが、豆殻に残っていた大豆を見つけ、蓋の上で
焼いた時の香ばしい匂いと美味しさは忘れられません。

石炭を追加すると煙と匂いがするのと、使ったあとの石炭
殻ガラの始末も面倒でしたが、しっかり燃え出すとストーブ
の胴体が赤くなり、近くの生徒は真っ赤な顔になります。
ストーブに近い席と遠い席を交換する席替えが定期的に
おこなわれていました。

「石炭から石油へ」と国のエネルギー政策の転換で、昭和
35年に始まった原油の輸入自由化を機に石炭ストーブは
昭和45年に石油ストーブに取って代わられました。
火を操ることによって進化を遂げた人間ですが、逆に操ら
れて事故になることも増えてきました。
自分で火をつけ、移して拡げ、コントロールするという知恵
と工夫を学んだ貴重な体験でした。

 

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コメント

このストーブの話、聞いたことあります。僕の頃は石油ストーブでした。エネルギーという観点からするともう一度見直すときかもしれませんね。

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