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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2011年10月

2011年10月31日 (月)

白旗山 440m

標高こそ440mと兵庫50山の中では笠松山(244m)、高御位
山(304m)、書写山(371m)についで低山に挙げられますが
歴史ある白旗城跡として有名です。
場所は播州上郡町、「白旗城跡」の大看板が出ています。
P1050064 P1040990_2
案内板には・・・
白旗城跡は、標高440メートルの白旗山上にある南北朝~
戦国時代(14~16世紀)の山城です。
建武3年(1336)に足利尊氏に与した赤松円心によって築か
れ、新田義貞率いる軍勢による50余日の城攻めに耐えた堅
固な城です。
以後、嘉吉の乱(1441)で赤松氏が一旦滅びるまで、播磨
・備前・美作の守護大名赤松氏の本城として固守されました。
現在残る縄張りは戦国時代に築かれたもので、全長約550
メートルを測り、尾根上や南谷筋に本丸・二の丸・三の丸・櫛
橋丸・馬場丸・侍屋敷・桜門と伝えられる曲輪跡や堀切・土塁
・石積などの防御施設がのこっています。
 城跡へは、細野口・野桑の両方から山陽自然歩道を通って
登ることができます。
と記されています。
岩だらけの登山道

P1050010 P1050012 
尾根道          本丸跡
P1050017 P1050023
山頂
P1050040_2 P1050034
櫛橋丸・二の丸を経由して山頂が本丸で、一等三角点も置
かれています。
山頂は広場になっていて、木の間越しに赤松の集落や周囲
の山々が見えるくらいで展望はほとんどききません。
堀切や郭・石積・土塁・出丸跡など南北朝から戦国時代にお
ける山城のスケールの大きさが感じられます。
但馬にもいろいろな山城が残っていますが、但馬出石を本拠
とする山名氏の宿敵で、竹田城でも戦闘を繰りかえした赤松
氏を知るよい機会になりました。
白旗城 平面図           年表
P1050029 P1050028_2
下山は同じ道を通りましたが、行き帰りとも誰にも会うこと
もなく、本日の白旗山の人口密度は1.0人でした。
 
 
 

2011年10月30日 (日)

写真展「円山川・河畔林四季彩」

自宅近くに流れる円山川上郷橋付近の右岸には、長さ約1K
mにわたる流域最大の河畔林(かはんりん)が残っていて、
周囲の山々と織りなす四季折々の景色は、カメラマンに人気
のスポットです。
同じ府市場に住む戸田正樹さんが、古希の記念に「円山川と
河畔林」をテーマに写真展を開催されます。
普段から取り貯めた写真から選りすぐりの40点とあります。
どなたでも入場できるそうなので、ここでご案内しておきます。

Photo_2

案内ハガキです(クリックで拡大)



日時:11月10日(木)~14日(月)
    10:00~18:00

場所:アトリエ小山

地図:日高町上郷

2011年10月29日 (土)

神鍋線「上限200円バス」社会実験

山間地・過疎地では車が主流になり、バス電車など公共交通
機関の役割の低下が進んでいます。
いまや、バスに乗るのは通学の生徒かお年寄りだけとなり、
さらにその数も少なくなっています。

神鍋線はJR江原駅から「神鍋高原スキー場」へ向かう利用客
の多い路線でしたが、利用者の激減により路線維持すら厳しい
状況となっているため、豊岡市・地域・全但バスとが協力し「200
円上限バス」の実証運行が10月1日から開始されました。

終点まで最大680円かかるのが、上限200円で利用でき、来年3
月末まで試行されます。
利用者増などの効果が出れば、同線での継続や他路線への拡
大も検討されるそうです。
上限200円バス           乗客はまずまず?
P1050371 P1050372
秋晴れの土曜日、江原駅から道の駅神鍋高原に行き、1,000
円バイキングを食べ、近くの八反の滝から十戸までの溶岩流
ウオークを思い立ちました。
乗客は当初5人、途中駅からの5人が乗り込み10人でした。
道の駅のランチバイキング     八反の滝
P1050374 Img_0483_2
溶岩流スポット
Img_0461 Img_0473_2
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川沿いの道は標識も多く、ポイント
の案内板も整備されていて、普段
は通ることのない村中や林をハイ
キング気分で楽しめます。
のどかな田園を走るバスの車窓か
ら見る風景や栃本・石井・十戸の集落を歩きながら見る暮らしの中に懐かさや親しみを感じ取ることができました。
今年は果実の「成り年」枝もたわわに実った食べ頃の柿をハサミ竹や枝きりハサミで収穫する光景があちこちで見られ、お土産にと柿をいただいて帰りました。
 
 

2011年10月28日 (金)

行者岳 786m

兵庫50山の一つ、朝来町にある行者岳に登りました。
近い割に後回しにしていたのは、山頂の見晴らしがよくない
という理由もありました。
和田山から姫路に向かう312号線の岩津バス停から東に入
り、岩屋観音山門の駐車場から石畳の道を20分ほど上がる
と観音堂到着です。
岩屋観音・行者岳看板       石畳の参
P1040934 P1040936
観音堂
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石仏              階上の本堂
P1040943 P1040944
長い石段を上り岩の途中に建てられた、お堂に15体の石仏
磨崖仏1体が安置されていて、節分と春の大祭、月例祭にだ
けご開帳と聞きました。
この日も徳島からお参りのご婦人方4人と一緒になりました。
このあと豊岡にコウノトリを見に行くそうです。

ここからが行者岳の登山道で、自然林の沢沿いの道を登り
尾根に出て、雑木の中の尾根道をアップダウンすると約70分
で山頂到着です。
地元の人か山歩きグループお世話でしょうか、途中の案内看
板や目印の赤テープのお陰で、道迷せずに登れることに感謝
します。
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山頂786m              記念写真
P1040966 P1040979
粟鹿山                多々良木ダム            
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反射板                穂高帰りのカレーで昼食
P1040973 P1040977
山頂からの見晴らしは、電力会社の反射板近くから東方向が
開けていて、眼下に多々良木ダム、遠くに青倉山・粟鹿山が望
めます。
帰りはもと来た道を下りましたが、この日の行者岳で出会ったの
は中年男性の一人旅が3組で、人口密度はお参りのご婦人と合
わせて8.0人と、但馬にしては大賑わい?でした。 

2011年10月25日 (火)

公民館建設 外壁塗装完了

完成を1ヶ月後に控えて、外壁の塗装が終わり足場がはずさ
れました。
伊佐屋三木家は公民館(バス停)のすぐそばで、毎日のよう
に通勤?する菜園もすぐ近くにあります。
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記録や人々の記憶によると、新公民館は三代目となります。

・初代公民館は大正12年、当初は「府市場区青年会館」と呼
 んだ瓦葺き二階建ての民家を購入し改築した。
 一階に囲炉裏があって、寄り合いには暖房用の薪を各自が
 持参したことがあった。
 
当時においてはこの種の建物は近村になかった。
 いつからか「府市場クラブ」、略して「クラブ」と呼んでいた。

・二代目は昭和34年、敷地を買い増しして、現在地にモルタル
 塗り平屋建て36坪余を建設した。
 費用は区有林の松を売却し捻出したが、前年敷設された上
 水道の区負担金と消防ポンプ購入もこの資金でまかなった。

52年前の昭和34年の建設費に較べて、建設面積や諸設備も異
なりますが、20倍近い費用がかかります。

今回は従来からの「村づくり資金」と、平成20年から始めた「公
民館建設資金」をベースに市の補助金を加え、不足分は金融機
関から借り入れました。 
公民館の役割は次の三つがあげられると思います。
①府市場区自治活動の拠点
②防災拠点
③コミュニケーション(交流)拠点
会議や行事だけの利用にとどまらず、気軽に日常的に利用でき
るサロンスペース「なごみの部屋」が設けられました。
 

2011年10月24日 (月)

虎臥城 竹田城

竹田城は戦国期、山名宗全が四天王と呼ばれた太田垣氏に
築かせましたが、秀吉による但馬侵攻により落城し、その後
廃城となりました。
天守台を中央に南千畳・北千畳・花屋敷が放射線状に配され
城の築かれている山全体が、虎が臥せているように見えるこ
とから「虎臥城( とらふすじょう・こがじょう)」とも呼ばれます。
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竹田城年表
P1020093_8   

1990年公開された映画「天と地と」
では石垣の上に城を築き、上杉謙信の居城である春日山城に模せられ、撮影に使われました。


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朝来市のホームページには無料で利用できるフォトギャラリー
が提供されています。
http://www.city.asago.hyogo.jp/photo-garari/
 

2011年10月23日 (日)

天空の城 秋の竹田城跡

19日は放射冷却で朝がぐっと冷え込み、霧が発生するとの予報。
平日にもかかわらず、霧深い夜明け前から竹田城の対岸にある
朝来山駐車場に車がやって来ます。
数えると44台、福山・広島・岡山・和泉・大阪・京都・神戸、地元姫
路ナンバーは少数派です。

青空のもと、雲上に浮かぶ天空の城をカメラに収めんと好位置
を確保し、霧が晴れるのを待つ人々が並んでいます。
数年前まではマニアだけでしたが、コンパクトデジカメ持参の観
光グループも見られるようになり、竹田城跡と雲海が広く知られ
るようになりました。
Img_2203 Img_2200
老山桜が群生する位置ではまだ霧の中で、さらに龍神滝上部ま
で登ると霧に浮かぶ城跡が見渡せるようになります。
竹田城跡の雲海は、円山川から立ち上る霧によって発生し、よ
く晴れた早朝には、城跡の眼下に一面の雲の海が広がります。
Img_1967  Img_1984
7時前になるとやっと青空と山を背景に朝日が差す竹田城が、
見事に現れました。
Img_1996 Img_2054
Img_2122 Img_2168
この日は霧の動きが盛んで、三脚を据え霧の動きを待つカメラ
マンもシャターチャンスを待ちます。
Img_2047  Img_2085
城から見る雲海も素晴らしく、竹田城にも二十数人の人影が、
確認できます。

但馬霧は但馬の自然(山と川と天候)が作り出す芸術ですが、
集まって雲海を作り出します。
特に有名なものは、円山川河口にある来日岳からの豊岡盆地
と朝来山中腹から見る竹田城跡で、秋から冬にかけての但馬
の風物詩と言えます。

2011年10月21日 (金)

収穫間近な丹近黒

昨年11月氷ノ山山麓の民宿に泊まったとき、乾燥中だった小粒
黒豆を頂いてきました。
正式な品種名は丹近黒、通り名は「ちび黒豆」「小粒大豆」など。
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-2dd4.html
7月にタネを蒔き、ポット苗を育てて畑に植えたところ、順調に生
育し、葉が黄色くなって収穫間近になりました。
実を外し、乾燥させて莢から取り出せば出来上がりですが、大粒
の黒豆に較べて莢が鈴なりになっています。
丹近黒                鈴生りの莢
P1050352  P1050350
P1050363 去年もの入れてをばら寿司風に炊
いてみましたが、鮮やかなピンクに
なりました。豆の香りは少し弱く淡泊ですが、まぜご飯の発色や豆餅にすると割れにくいのでおもしろそうです。

2011年10月19日 (水)

秋の兎和野・瀞川平 山岳歩こう会

16日(日)"秋の兎和野・瀞川平"山岳歩こう会、は今年で11回
となるそうですが、当日参加で割り込みました。
秋晴れの青空の下、瀞川渓谷・瀞川稲荷コース(約9km)と瀞
川平カツラめぐりコース(約8km)の2コースに分かれます。
それぞれ100名と50名の定員を超すほどの盛況ぶりです。
開会式                Aコース
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途中のはちまき展望駅では、国道9号線を挟んだ西側に、日本
海方面から三川山、蘇武岳、妙見山の山並みが見渡せます。
木漏れ日の山道          中央 蘇武岳
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瀞川渓谷の双身の滝、高さは10m程度ですが名の通り見事
に二つ身に分かれています。
ここで”日本秘境百選”に、兵庫県から瀞川渓谷が選ばれて
いることを知りました。
秘境へ続く道            双身の滝
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食事場所の板仕野区休憩棟では、”食味日本一”と自慢され
る「板仕野米」のおにぎりと、採れたて野菜と豚肉たっぷりの
「板仕野鍋」、つきたてのお餅をお腹一杯いただきました。
のどかな風景            餅つき
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帰りは瀞川稲荷に立ち寄り、交通安全のお護りをいただくな
ど板仕野区民に皆さんの心のこもった接待に感謝しながら、
兎和野高原野外教育センターまで帰りました。
竜胆                   雄宝香
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お母さんと一緒に幼児も参加していましたが、途中ぐずったりし
ながらも、頑張って最後まで歩き通しました。
  

2011年10月17日 (月)

家庭菜園 秋の陣

夏野菜が終わり、秋が深まるとともに、秋冬野菜の生育が進み
ます。
伊佐屋三木の菜園も、空いている場所はタマネギの移植とエン
ドウの種まき用だけとなりました。
畑全景               葉物野菜
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時間があるので毎日のように畑に出て、わずか3アールの畑地を
草取り虫取りに精を出しています。
移植したイチゴ苗         種から育てたセロリ
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タマネギ苗             ニンニク
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順調に生育させるには、虫と病気に対する管理が必要です。
 

2011年10月14日 (金)

美味なるものには匂いがある

「くさいはうまい」は東農大小泉武夫氏の著作の名ですが、そ
の中に出てくる「くさや」を、焼いて食したお話しです。
表紙の見ひらきの片方に納豆、もう片方にあるのがくさやで、
漬物や鮒寿司や発酵豆腐など匂いもののオンパレード。
小泉氏の著書の表紙       ムロアジのくさや
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嫁さんの留守を狙って、東京土産で冷凍庫に入れておいたくさ
やの登場です。
友人で絵描きの小山譲は東京暮らしが長く、「くさやを焼くとき
は、向こう三軒両隣に触れをだし、了解をもらって窓や扉が閉
まったのを確認するのが礼儀」と言います。
幸い田舎町で向こう三軒両隣には相当距離があるので、内緒
で、焼かせてもらいました。

まず背から焼く           七輪の弱火が最適

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3枚をすぐには食べられないので、身をほぐしてビンに詰めに
して保存します。
ビンで密封保存
P1040929 くさやは伊豆七島の名産で、アジやトビ
ウオといった光り物の保存食としてくさや
汁に漬けて干したもので、最初は海水に
魚の開きを次々に漬けていたのが、旨み
が溶け出し発酵して、異様な匂いを発す
るようになったとか。

酒の肴としてうってつけで、人のいないときにこっそりといただきます。
焼くとき、食べるとき「人のいないとき」
をお勧めするのは、その独特な匂いで
必ずといって苦情が来るからです。

味もさることながらこの匂いがたまらんと隠れファンが多いの
も、くさやの特徴と言います。
関西にはなじみのない食べ物ですが、東京の下町辺りの立
ち飲みでは、いまでも提供する店もあって、臭い仲になりたく
ないお客も伝統食のこればかりは容認するそうです。
くさやにまつわる話しを思い出しながら、一人でいただく隠し酒
ならぬ隠し肴は絶妙の味がしました。
 

2011年10月13日 (木)

山粧う 涸沢・奥穂紀行 番外編

チームF1Bの高地トレーニング「涸沢・奥穂紀行」も最終編です。
チーム指定の記録係3人のカメラ画像を持ち寄り、パソコンが得
意な最年少T君がDVDにまとめてくれました。
   P1050243_3
<チームF1B高地トレーニング 上高地-涸沢-奥穂高岳>
●10-01上高地から涸沢小屋泊まり
①上高地から横尾
②横尾から涸沢
●10-02涸沢から奥穂高岳・涸沢から上高地
①涸沢から奥穂高岳ピストン
②涸沢から上高地
●bonus
総容量2.3GBになる記録です。
「bonus」では、上高地~涸沢~奥穂高岳の往復の行程を、ピック
アップした写真を動画風のmpgにまとめてくれています。
効果的な音楽も入れられ、メンバー紹介もされていて、よい記念に
なります。

今回の企画は、8月末の神鍋マラソンの慰労会で決まり、リーダー
Uさんの行程・装備一覧表に基づき、2週間前には地図とビデオに
よるコース説明や確認を行い雰囲気を盛り上げました。
帰但後は、データや思い出を共有し次回に生かすためDVDレポー
トが配布されました。
「ここまでやるか」というくらい楽しむのが、「チームF1B」流ですね。
次回は昨年に続いて、11月23日「第47回久美浜湾一周駅伝」チャレ
ンジします。
 

2011年10月 9日 (日)

山粧う 涸沢・奥穂紀行 Ⅴ

涸沢小屋に帰着後周囲散策するまもなく、出発します。
我々が降りるにつれて、山頂からガスが降りてきて上が見えな
くなってきました。
涸沢小屋正面           テラスで記念写真
P1040863 P1040862_2
涸沢ヒュッテからカールを望む
P1040875 P1040870
10時に横尾経由上高地に向けて出発、すでに5時間歩いていて
さらに5時間の歩行ですが、下りなので負担が軽く、登り組の激
しい息づかいを気遣う余裕があります。
次週の三連休までが紅葉ハイシーズンで、涸沢や穂高を目指す
登山者が続々登って来て、すれ違い渋滞が各所に発生します。
年齢層はいろいろですが、自分も含めて中高年、そして女性同
士のグループが目立ちました。
本谷橋(揺れる吊り橋)
P1040880 P1040882
本谷橋経由2時間で横尾に到着し、カップラーメンの昼食。
食後にドリップコーヒーも飲んで一息入れます。
河童橋到着            穂高よさらば
P1040889   P1040891_2
16時半に上高地到着し、17時の最終バスで平湯アカンダナ駐
車場で車に乗り換え、バスで教えてもらった「ひらゆの森」の快
適露天風呂で3日間の汗を流しました。

高山から中部縦貫自動車、飛騨清見で東海北陸自動車道→名
神高速道→中国自動車道→舞鶴若狭自動車道→北近畿豊岡
自動車道と6時間、府市場到着は4日(月)の1時半になってしま
いました。

専門家に言わせると、「体重60kgの人が6時間の軽登山を楽し
むと、消費するエネルギーは2,160kcalで、フルマラソンに近い」
そうです。
今回の山行で我々は、フルマラソンを二日連続で走った以上の
エネルギーを消費したことになります。
好天に恵まれ、山経験が豊富なUさんのリーダーシップと気の置
けないメンバーのおかげで、涸沢から奥穂の肩まで登り、絶景を
楽しみ、無事に帰ってくることができました。
体力に応じたスケジューリングと、普段からの体力づくりの必要性
を考えさせられた高地トレーニングでもありました。

涸沢・奥穂紀行の最後に、山の歌、芹洋子さんの「穂高よさらば
をどうぞ。
 

2011年10月 8日 (土)

山粧う 涸沢・奥穂紀行 Ⅳ

朝4時起床、荷物をまとめ弁当で朝食と素早く身支度します。
2日日曜は朝5時スタート、奥穂~涸沢をピストンして上高地まで下
山し、但馬に帰る超ハードな一日の始まりです。
奥穂高岳登頂はザックを小屋に置いて、サブザックにカメラ・水・防
寒具を入れ、ヘッドランプの光を頼りにスタートします。
夜明け                岩の登り
P1040756 P1040755
中央岩稜がザイテングラート   特大の霜柱
P1040760 P1040768
小屋のそばから岩や石の道を登り始め、奥穂肩部分の白出のコル
にある「穂高岳山荘」に向けて、ザイテングラート(側稜)の取り付き
から岩尾根の急登が始まります。
8月にここで落石事故によって2人が命を落としたこともあって、落石 
に注意し、3点確保を基本にして慎重に登ります。
小休憩を何度か挟みながら厳しい岩尾根を2時間半、やっと穂高岳
山荘に到着しました。
奥穂高岳を見上げると岩場に取り付いている人が見えます。
前穂高岳(3,090m)の諸峰    白出のコルから涸沢を見下ろす
P1040770 P1040830
奥穂高岳山頂           ハシゴ・クサリ場
P1040773 P1040796
青空が広がる好天ながら、ここから奥穂山頂(3,190m)まで登り50
分、下り30分を要します。
相談の結果、体力と気力・時間を勘案して、日本百名山国内第3位
の高峰・奥穂高岳登頂を190mを残して断念することになりました。
今春から膝を痛めていた私の体力にも配慮してくれたリーダーUさん
の心遣も感じられました。
「登りたい山と登れる山とは一致しない」「20歳のころの体力を100%
とすれば1歳ごとに1%落ちる」の言葉を思い起こしました。
(63歳の私は43%減の体力しかないということでしょう)

小屋から南は登ってきたザイテングラートと涸沢カール、前穂高岳の
ゴジラの背中のような峰々が望めます。
西方向は奥穂高岳から続くジャンダルム、さらに笠ヶ岳の勇姿が
目を引きます。
ジャンダルム(3,163m)      笠ヶ岳(2,898m)
P1040780_2 P1040783
常念岳(2,857m)          蝶ヶ岳(2,665m)
P1040801_3 P1040802_2
岩ヒバリ               記念写真
P1040826 P1040829
この日の冷え込みに小屋ではストーブが焚かれていました。
小屋の前で3,000m到着の記念写真をとり、もと来たザイテングラ
ートを下ります。
振り返ると早くも山頂にガスがかかりつつあるのが見えます。
ザイテングラート下り       涸沢の紅葉も4分程度
P1040835 P1040849
混雑と言うほどではなくても、登り優先のすれ違いで足が止まる度
に一息付きながら涸沢小屋を目指します。
上から見るとここ二日の冷え込みで、紅葉が進んだように見えます。
涸沢から奥穂高岳登頂の様子は YAMANOHAMA さんの「涸沢か
ら奥穂高岳へ・・」
をどうぞ! 山頂の様子もわかります。
 

2011年10月 7日 (金)

山粧う 涸沢・奥穂紀行 Ⅲ

涸沢小屋についたのが1時半、昼食抜きで歩き続けたのも、小
屋のテラスで、カールの紅葉や穂高の峰々を見ながら祝杯をあ
げたい一心です。
宿泊者名簿を書いて、1泊2食8,900円を支払います。
翌朝はザイテングラート経由で奥穂高岳3,190mをピストンする
ので、朝食は弁当にしてもらい夕食後受け取ることにします。

一足先に着いていたH夫妻(新婚)と一日早く山入りして奥穂高
岳登頂から戻ってきたT夫妻と一年ぶりに再開し、お互いの健
勝を喜び合いました。
テラスから屏風の頭と常念岳    宴会スタート
P1040725 P1040728
宴たけなわ              ホカホカの二人も寒そう
P1040730_2 P1040744
早速テラスで持ち寄りの酒とつまみで宴会の始まりですが、ま
ずは売店の生ビール(800円)で乾杯します。
会津の吟醸酒・ウイスキー角・バーボンも登場し、何でもありの
宴会が始まりました。
H夫妻の結婚を祝って、T君が頑張って持って上がったワインと
カマンベール・ブルーの両チーズとクラッカーが大受けでした。

夕方になってガスが出始め寒くなった16時半に、先着組の夕食
が始まります。
夕食の後本来の目的を見失わない理性組はベッドへ、本能組
は売店で二次会スタートです。
恐怖の二次会メンバー        震える?オリオン
Dsc09129_2  P1040746
写真に写る酒好きメンバーに加え、テラスで意気投合した東京上
石神井のKさん達も加わって延長戦の始まりです。
(Kさんにはその後メールで写真を送っていただきました)
21時消灯で切られなければ、夜通しやっているような連中も、明
日に備え、雑魚寝の隣人を押しのけて就寝場所を確保します。
起床は4時、雲がない分相当な冷え込みが予想されます。
明け方寒さに震えながら外に出ると、空には満天の星、黒々とそ
びえ立つ峰々に、オリオンの三つ星がひときわ輝いています。 
 

2011年10月 6日 (木)

山粧う 涸沢・奥穂紀行 Ⅱ

横尾の吊り橋を渡り、河原沿いや樹林帯を進むと国内最大級の
岩場・屏風岩が目の前に、学生時代に何回か登ったというリーダ
ーUさんの体験話を聞きながら1時間、吊り橋である本谷橋到着。
ここでほとんどの人が休憩し、行動食(おやつ)や水分を補給し
涸沢までの2時間の登りに備えます。
屏風岩                 本谷橋
P1040676  P1040684_2
休憩後急坂をのぼり、ガレ沢を何回かトラバースして、樺の木
やナナカマドの林間をあえぎあえぎ進むこと2時間強、紅葉が
目だち出すともうすぐ涸沢です。
穂高の峰々が屏風のように立ちはだかっているのが見えます。
樺の木樹林帯            涸沢は間近
P1040693 P1040720
カールの残雪と前穂        テント場と涸沢ヒュッテ
P1040724 P1040857_2
予想通り紅葉は4分くらいですが、3,000m級の穂高の峰々をバ
ックに、ダケカンバの、ナナカマドの葉と実の、ハイマツの
雪渓の(実はグレー)と空の、黒と色の岩稜が織りなすコ
ントラストは北アルプスの絶景の一つとされます。
体育の日がらみの三連休が見所となるので、超満員が予想され
ます。
予約はしているものの、山小屋は枕のあるところが寝床で一つ
布団におっさん同士が、肩寄せ合うどころか半身になって寝るハ
メになりそうです。
ヒュッテから見た涸沢小屋    これで二人分、枕には番号札
P1040878_4 P1040748
ここでの楽しみは、1年前の槍ヶ岳で出会って意気投合した千葉
の青年達との再会で、独身だったHさんが新妻とご一緒と聞き、
酒屋のT君が乾杯用のワインをボトルで2本持って上がりました。
 

2011年10月 5日 (水)

山粧う 涸沢・奥穂紀行 Ⅰ

山粧うの言葉がぴったりのこの時期、高地トレーニングと称して
我がランニングチーム「チームF1B」メンバーにプラスした6人で
北アルプスに出かけました。
仕事の関係もあって、30日(金)夜出発~上高地経由、1日
沢小屋
泊、2日涸沢~奥穂高岳(3,190m)をピストンして上高
地に下り、深夜帰宅の強行スケジュールです。
登山届提出             メンバー6人
P1040642 P1040645_8
明け方到着した平湯駐車場で仮眠の後、バスで上高地へ、そ
こから明神・徳沢を経て穂高と槍への分岐である横尾まで約3
時間、高低差はさほどないものの11kmの道のりです。
前日の雨で心配された天気も 1日朝には回復し、土曜・日曜と
晴れ時々曇りのうれしい予報です。

上高地・河童橋           徳沢
P1040647 P1040655_3
上高地では山は全く見えませんでしたが、明神→徳沢と進む
につれて霧が晴れ、朝9時過ぎの横尾では青空が広がってき
ました。
横尾                  梓川を渡りいざ穂高へ
P1040661 P1040673_4
昨年はここから梓川沿いに槍ヶ岳に向かいましたが、今回は横
尾大橋を渡って、西へ穂高の懐に位置する涸沢に向かいます。
下山する方に聞くと、昨日は一日中大雨なのと涸沢カールの紅
葉は3分程度との話しでした。
前線の通過で気温が下がり、紅葉が一気に進むはずです。

  

2011年10月 4日 (火)

彼岸花の咲くころ

天候の変化にも関わらず、おおむね彼岸時期から咲く理由は
地中温度か日照時間かはたまた両方かでしょうか。
今年は咲き始めるのは彼岸前で、10月に入った今も結構咲い
ていますね。
今年も近所の白が咲きましたが、一向に増えそうにありません。
目立たぬ場所に咲き増えないことで、人から自分を守っている
のかも知れません。
白花                 ピンクと赤
Img_1878 Img_1913
稲刈り時期に田圃の畦に咲く花が、一番似合っているように思え
ます。
茎や葉・球根に有毒成分があり、モグラから畦を守るため植えた
ものが広がったと聞きます。
この花が終わり秋祭りの時期になると、秋も一層深まり紅葉時期
を迎えます。
 

2011年10月 2日 (日)

七夕豆 インゲンの在来種

七夕豆とはインゲンの在来種で、我が家で二十年近く作り続け
ている豆です。
七夕過ぎに種を蒔くことからそう名付けたものと思われます。
もとはと言えば、近所の農家から種を頂いたもので、その方も隣
村からいただき、さらに隣村の方も出石の知り合いからもらった
とか。
種まき2ヶ月後の彼岸時期に採種でき、若取りして湯がいて生姜
醤油で食べると結構美味しいので、毎年自家採種して作り続けて
います。
「伊佐屋三木blog 七夕豆」で過去に紹介しています。
2m超のつる有り種         若取りした豆
P1040240 P1040587
先日、町内に住む在来種・伝統野菜に興味をお持ちの「北村わさ
」さんから取材を受けました。
その様子は「北村わさびのBLOG」で丁寧に紹介されて、味もな
かなかいけるという評価を頂きました。

今まで見かけたのが、岡山県の和気町、京都の「美山かやぶきの
」でしたが、国府地区でも竹貫区で2軒作られていましたが、いず
れも自家消費程度の植え付けでした。
今年になって出石町「乙女の湯」の農産物販売で少量売られてい
るのを見ました。

大手の種苗メーカーが種を交配・独占して、横並びのものしか作ら
れなくなった昨今ですが、但馬でも「○○オクラ」「○○キュウリ」「
○○芋」と名付られた地元の伝統野菜が、残っていることに驚くと
同時にそのこだわりとご苦労に感心させられます。
京野菜の一種と思われますが、来年は作ってみたいという方から
種の依頼を受けました。
口伝えならぬ種伝えのコミュニケーションもおもしろいものですね。
 

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