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2010年5月25日 (火)

桃観トンネル石額

但馬学研究会5月例会のテーマが、
ただのコンクリート橋とちゃう!
  ~ 土木技術者の意気「新余部橋梁架替工事物語」~

と聞いてゲスト参加させて頂きました。
余部鉄橋のすぐ近くに桃観トンネルがあるので、よい機会な
ので訪れました。

山陰本線は、京都駅から山陰日本海沿岸を経由し、下関
市の幡生駅に至るJRの路線で、京都側からと山陰各所か
ら敷設がなされ、明治45年の余部鉄橋の竣工をもって全面
開通しました。
トンネルの出入り口には、開通記念として、当時の通信大臣
兼鉄道院総裁後藤新平の筆による石額が掲げられていて
但馬検定でもよく出題されます。
久谷側 「萬方惟慶」(すべての人がこれを喜ぶ)
P1050809 P1050812
余部側 「惟徳罔小」(この徳は少なくない)
P1050688_2 P1050683_2
余部鉄橋とほぼ同時期に始められた工事ですが、山陰線
で最も長い全長1,991mのトンネルで、開通まで約4年間の
年月をかけた難工事で、余部鉄橋の倍近い費用もかかっ
たそうです。
土木技術も乏しい100年前で、かつ難工事であるため事故
や病死者もいて、近くの久谷八幡神社に「鉄道工事中 職
斃病没者 招魂碑」が置かれ、7人の朝鮮人労働者の名も
合わせて刻まれています。
そのあと2時間に渡って勉強した「新余部橋梁架替工事物
語」
については後日報告します。

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コメント

当時の苦労が目に浮かぶ気持ちになりますね。
トンネルも命懸けだったんですね。
しかし長いトンネルですね。意識したことなかったのであらためてビックリしました。


その鉄橋も渡ることがなくなり、トンネルさえ
「そんなにかかったのか」と感心しないといけないのに、記憶というものは薄れていき、語り継がないと当時の苦労や想いは本当に過去のものとなってしまうんですよね。
淋しいかな…現実。
でも、過去に戻りたい、忘れまじと思う気持ちが、語り継がせるのかも…

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