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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2010年2月 2日 (火)

鯨肉の思い出

NZ沖で調査捕鯨船が環境保護団体過激派「シーシェパー
ド」に妨害された事故?事件?がありました。
商業捕鯨が禁止になってから二十数年経ち、鯨肉の味を
知らない世代が多くなりました。
日本では縄文の昔から捕鯨が行われ、肉だけでなく油や
皮・髭も含めて生活に用いられてきました。

子供の頃、昭和三十年代は但馬でも鯨肉が魚屋で売られ
ていて、店先で赤い肉汁がしみ出ている大きな肉塊を見て
気味が悪かったことを覚えています。
当時始まっていた給食にも竜田揚げや生姜煮が出され、
貴重なタンパク源としての役割を果たしました。
我が家も、父が公務員だったことで、薄給であっても現金
収入があり、鯨肉が食卓に上りました。
メニューはテキとカツが多かったように覚えています。
値段も安かったのか、両掌を拡げたほどの大きさで充分
満腹になりました。

高価な牛肉や豚肉などは食べられるはずもなく、大切なお
客のもてなしに、飼っていた鶏をつぶしてすき焼きをするく
らいで、食べ盛りの子供達にとって鯨肉は身近なご馳走で
した。
独特の匂いやチューブを噛んでいるようなストロー大の血
管の堅さもなんのその、しっかりと飲み込んだものでした。
時代も変わり食生活も変わる中、食べ盛りの時代の思い
出として、まず出てくるのは鯨肉です。
捕鯨の是非、要不要は国や食文化の歴史の違いによって
論が分かれるところですが、「鯨肉世代」の私たちにとって
特別な思いがあります。

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コメント

そういえば昔親交のあった沖縄のふとんやさんから
鯨肉のステーキ肉を大きな発泡スチロールいっぱいに
いただいた覚えがあります。
美味しかったような、ビミョーだったような、
記憶もさだかではありませんが、僕も食べた口です。
しかし僕よりかみさんのほうが上ですね。
今でもかみさんの実家のほうのスーパーでは
かなり鯨に関する生食食材が並んでいて
よく食べます。地域性でしょうか?

クジラの肉は一番先にナイフとフォークの使い方を教えてもらった食材です。当時、マヨネーズは無かったのでソースを一杯かけてステーキやカツにして食べました。というよりもステーキやカツはこんなものだと思っていました。

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