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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2009年12月

2009年12月31日 (木)

大晦日 大つごもり

2009年最終日です。
ブログ記事数が通算621件、今年の投稿は300件以上で、
週一程度の休みだったはずで、我ながら頑張りました。

私は、島根大学時代の友人、コクヨ勤務時代の友人、岸和
田春木団地の友人、そして地元但馬と友人に恵まれました。
一方的かつ自己満足的な記録・発信に終始しましたが、3年
前から年賀状にもブログのことを書くようになってから、訪れ
て頂く友人・知人・先輩・同僚・後輩・家族・親戚の方々が増え
ました。
この方々に元気でいることと「何か伝えたい」ことをブログを
通じて発信したいと思います。

元旦を前にして、明日にかけて大雪との予報です。
最近は但馬でも雪の元旦は少なくなりましたが、一昨年のよ
うに、明日は相当積もるはずです。
万場のスキー場関係の友人が来て、この雪を喜んでいました。
前回の雪が残った上に今回積もると、やっとスキー場が開業
できるのです。
そんなはずがないのですが、毎年冬は雪が積もるのをあてに
しての生活は辛いですね。

子供のころに雪が積もると、お年寄りが「神鍋が喜んどるわ」
「毎日雪いろいはかなわんな」と言っていたのは、山と里の利
害関係を表すものとしておもしろいですね。
但馬の魅力は、四季が典型的に表れるところです。
雪不足と趣味のの多様化でスキー場経営の厳しさ知ると、冬
はしっかり雪がふり、夏は暑い日が続くのを望まずにはいられ
ません。
この一年お付き合いいただき、ありがとうございました。
 

2009年12月28日 (月)

消える余部鉄橋と列車転落事故

23年前’86年の暮れも押し詰まったの28日でした。
高さ41mの余部鉄橋から列車7両が転落し、鉄橋下のカニ加
工場で働いていた主婦5人と車掌の6人が亡くなりました。

工事が始まる前の余部鉄橋
Img_1245 Img_1259
当時私も家にいて、庭で防雪対策中でしたが、台風並み突風
が吹いて、作業を中止したほどでした。
案の定この事故が起こったわけですが、当時正月向けのお買
い物列車が浜坂駅まで運行されていて、買い物客を降ろした後
待機のために他の駅に引き返す途中の事故だったと記憶して
います。
お座敷仕様の列車だったこともあって、海からの風速33メートル
の突風にあおられ落下したのですが、空から列車が降ってきた
前代未聞の事故でした。

気動車を運転していたのが高校の同級生のK君で、事故後いろ
いろ事情聴取を受けたそうです。
気がつくと後ろの車輌がなかったのは信じられなかったようで
合わせて同僚の車掌もなくしたショックは大変なものだったでし
ょう。

その後風速20メートルを超えると運行停止の新基準が決められ
警戒値を越えると、列車をとめバスによる代替輸送を余儀なくさ
れました。
運行に支障がでることから、コンクリート橋への架け替え工事が
進められ、2010年の完成です。
鉄橋が無くなっても、犠牲者家族の悲しい思いは消えることはな
いでしょうね。

余部鉄橋に関しては  「但馬の百科事典」 
●高さ日本一のトレッスル式鉄橋 
 余部鉄橋は明治45年に完成した日本一の規模を誇るトレッ
スル式鉄橋です。
トレッスル式とは鉄の櫓を組んだ鉄橋のことで、当時の鉄道
院技師古川晴一氏が最新技術で設計し、アメリカの専門家
技師の意見を取り入れて完成しました。
山陰本線最大の難工事で、トレッスル(橋脚部分)の資材は、
アメリカの工場から船で余部まで運び、2年半の歳月と33万
余円の巨費と延べ25万人の人々の手によって完成しました。
海風によって錆びないように特殊ペンキを塗って鉄を保護し
、美しい姿を維持しています。
鉄橋の上を走る列車の窓から眺める日本海は絶景で空中を
走っているかのようです。



 

2009年12月27日 (日)

弥十郎ヶ岳 715m

庭や畑の防雪対策が一段落したので、山歩きのお許しが
いただけました。
人の名を冠した山名が珍しく、篠山市の東端弥十郎ヶ岳を
目指します。
P1030494 P1030464
コースは南北東といろいろあるようですが、南の篭坊温泉
横からのコースを選びます。
P1030465 P1030469
篭坊温泉は平家の落武者が刀傷を癒やしたとのいわれの
800年の古い歴史を持つひなびた温泉ですが、今は猪鍋
料理を掲げて数軒の料理旅館がある程度です。

尾根筋まで上がるのは時間がかからないのですが、山頂
までいくつかの峰をアップダウンし、眺めが全くない樹木間
を進んで70分で山頂です。
回復の予報が遅れて、肌寒い曇りの天気の中、賑やかな
女性4人のグループが早めの食事中でした。

眺望は北の一部が開けているだけですが御嶽を主峰に西
ヶ嶽・小金ヶ嶽の多紀連山が見渡せます。
P1030483_3 P1030477_2
帰りは同じコースをとったつもりが、目印テープを見失っ
てどんどん下ったところ、保安林工事中の道に出てしま
い、いまさら後戻りもできずに、下っていくと集落に出た
ので尋ねると、篭坊温泉とは真反対の北側とのこと。
山を迂回し元に戻るには、車でも半時間はかかると聞き
ショックでした。
タクシー利用も無理そうで、気を取り直して歩き始めると、
獲物を追って山に入って出てこない猟犬を探していた大
阪のハンターグループが、気の毒に思ったのか、車で温
泉まで送っていただけることになりました。

私の不注意から大きな迷惑をかけましたが、人の情けが
身にしみた山行でした。
本日の弥十郎ヶ岳の人口密度は、お会いした2グループ
を加えて7.0人でしたが、ハンター5人の皆さんのご恩は忘
れません。
 

2009年12月26日 (土)

餅つき

年末を控え少し早めの餅つきです。
子供のころは土間に臼と杵を据え、竈で蒸し上げた餅米を
まずこづきから始め、餅にするまで父母の息が合ったやりと
りが見られました。
子供達はコタツに潜り顔だけ出して、つき上がった餅が丸
められ、色粉で染められるのを楽しみに眺めていました。
父も菓子屋の倅で、器用な上に見よう見まねで覚えた餅
作りも上手でした。

昭和の後半から餅つき器を購入し、手を省くようになり、平
成6年購入の現役は2代目になります。
正月は白餅中心の家庭がほとんどですが、我が家は海苔
・海老・黒豆・塩昆布を入れた五目風が中心です。
Img_0001 Img_0007
一日寝かせて固くなったなまこ状の餅切りは大変な作業で
したが、便利な餅切り機を使うようになってから、随分手間
が省けます。
Img_0011_2餅の幅は自由に調整できて、かき
餅切りに威力を発揮します。
以前は包丁と濡れ布巾で一枚一枚
丁寧な作業が求められ、これが父
の大仕事でした。
切りそろえた後、遠くに住む娘達に
送ってやります。

餅に関しては「伊佐屋三木のblog」過去記事をご覧下さい。 

苦餅?いや福餅? (2007年) 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_5174.html#search_word=餅つき
暮れの餅つき(2008年)  
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-a712.html#search_word=餅つき

2009年12月24日 (木)

公民館建設問題

府市場区のコミュニティ拠点である建物を公民館と呼びま
すが、築後57年老朽化が目立つようになりました。
玄関からの段差や換気の悪さ・冷暖房効率の悪さなど使
い勝手の悪さが目立つようになりました。
防災拠点としての機能も求められます。

正面                 裏面
P1030440 P1030445
地域社会の核となる行政区ということでもあり、新築する
場合豊岡市の補助は500万円と決められています。

日高町内他地区のほとんどが新築改修を終え、今や当
区を残すのみとなりました。
一昨年から建設準備委員会が発足しましたが、いよいよ
来年度に建設時期や場所・資金など、具体化を提案する
ことになりました。
本来一番の心配はお金ですが、その前に区の土地資産
が、個人名義で登記されていることの解決が求められ、
建設準備員の作業チームにおいて検討が進んでいます。

従来は行政区名義では登記ができなかったために、区長
個人や当時の役員の共有名義で行われ、その後の名義
変更や相続の際に問題を生じてきました。
豊岡市においても地方自治法の改正を受けて、「認可地
縁団体制度」を取り入れ、行政区名義で不動産登記が可
能になりました。
現在登記担当チームで作業が進められていますが、対象
者16名のうち区外移住者5名、名義人は現世代の2代前と
いう気の遠くなるような作業を始めています。
 

2009年12月23日 (水)

第4回但馬検定 受験者募集

ご当地検定の但馬版で、但馬の自然・歴史・文化・観光・
産業など、様々な分野にわたる知識を問う「第4回但馬検
定(1級・2級・3級)」が来春実施され、受験者を募集してい
ます。

第4回但馬検定 受験者募集 
http://www.tajima.or.jp/modules/tajimanews/index.php?station=4115

’07年から受験し今年1級に合格しましたが、最低合格点
だったという不本意な成績に忸怩たる思いがあり、協会に
次の2点を問い合わせました。
①合格級の再受験の可否
②1級以後の目標設定の有無

協会からの返事は、「合格級の再受験は不可」、「1級より
高位の目標については、検討中で合格者の意見も聞きた
い」でした。

但馬を知ることで、愛する気持ちが強くなり、行動が生まれ
るのだと思います。
鼻先に人参をぶら下げるのも、モチベーションを切らさない
為に必要なところもあります。
新たな目標設定では、1級のみ合格後の再受験を認め、3
回合格すると「但馬博士(仮称)」に認定することを提案して
おきました。

これならば、新たな目標となるのと3回合格まで、毎回チャ
レンジできる利点があり、新規の問題設定が不要です。
今後1級合格者5人に、試験要望・活躍希望の意向等を聞
くそうですが、第4回の要項が決まる前にすることではと疑
問を持ちました。

但馬検定については (過去問・解答もあります) 
http://www.tajima.or.jp/modules/official/index.php/tajimakentei/top.html

2009年12月22日 (火)

ビジネス中国語会話コース

日高職業訓練協会の修了式がありました。
CADやパソコンなど5コース42人が受講し、約8ヶ月間で
30時間程度を学びました。
私はビジネス中国語会話コースを学びましたが、講師の
中山氏は広東出身で、帰化され朝来市にお住まいです。
受講生10人が、日によっては2~3人の出席になったりす
るなかで、丁寧に根気よく教えて頂きました。

それぞれ仕事や家庭を持ちながら、夜間の勉強ですが、
私も含めて中年の姿が目立ちました。
本来のターゲットである若者が少ないのは、寂しいと同時
に地元企業の将来に不安も感じます。
P1020001   Epson_0101_1_3
父が戦前戦中に、商社中尾洋行の社員として青島・済南
・開封の各所に勤めていたこともあって、中国の話をよく
聞いていました。
わずか30時間では基礎中の基礎までしか学べませんでし
たが、今回の受講で身近に感ずることができました。
運転中に会話のテープなど聴きながら復習していますが
テレビの中国語会話講座をみたりしながら、もう一度学ぶ
機会が持てることを期待します。

2009年12月20日 (日)

冬の家庭菜園 エンドウ3種

11月初旬に播いたエンドウが生え揃いました。
P1030386_2手前から莢エンドウ・スナック
エンドウ・実エンドウの3種。
雪が溶けて春になった3月に
支柱立てをして、追肥を施すと
気温上昇とともに一気に大きく
育ち、6月には食べられるよう
になります。
 

2009年12月19日 (土)

冬の家庭菜園

エンドウの種を蒔いて、ニンニクやタマネギの追肥で、畑
仕事は収穫と防寒対策が残るだけになりました。

収穫するのは、根菜のダイコン・カブ・生姜・日野菜、葉も
のは・白菜・キャベツ・水菜・壬生菜・ほうれん草・セロリ・
レタス・菊菜・ネギ、他にブロコリーと続きます。

冬を越し春に収穫するものは、イチゴ・タマネギ・ニンニク
ラッキョウ・エンドウ、高菜・ほうれん草・レタス・キャベツ・
芽キャベツ、花芽部分の茎を食べる菜の花・コウサイタイ
・アスパラ菜が続きます。

定位置に植えて永年収穫できる、タラノ木・ウド・アスパラ
ガス・ニラがあります。
趣味の菜園だけに、少量多品種が特徴です。

ネギや菊菜は雪が積もると葉がやられてしまうので、土の
ついたまま収穫して、納屋において都度利用します。
白菜はいくらか収穫して新聞紙でくるんでおきますが、量
が多いので、畑においたまま頭部分を藁で鉢巻きをして
防寒処置します。
畑において寒さや雪に晒すことを「雪の下」と言って、凍結
を防ぐため野菜が糖分を蓄えて美味しくなります。

2009年12月17日 (木)

冬本番間近

冬型が強まりつつある今朝の山並みです。

床尾山ほか               神鍋山・大岡山
Img_86701_2  Img_8676
妙見山・蘇武岳             里山             
Img_8672_2  Img_8673
山に降るのもこれで3回目次は里の番です。
予報では、明日から明後日にかけてさらに強まるそうで、
いよいよ里にも雪が降りそうです。
スノータイヤへの交換で、スタンドやタイヤ屋さんは大忙し
ですが、いくら冬慣れした但馬人でもシーズン初めには、
スリップ事故があちこちに見られます。
 

2009年12月16日 (水)

但馬ふるさとづくり大学 閉講式

但馬ふるさとづくり大学受講も3年目、12日に第13回の講
座と閉講式がありました。

平成21年度但馬ふるさとづくり大学 
「furusato-kouza.pdf」をダウンロード
Conv0001_2 受講者100人のうち修了は80人。
8ヶ月間13回の講座でした。
毎年テーマが変わり、但馬の新しい
知識を身につけることができます。

まず知ること、そして調べて身につけ
たものを広げることで、ふるさと但馬
を愛するようになるのですね。
受講生には私より年上の方が多く、
改めて学習意欲の強さと熱意に感心
させられます。
この後、ほとんどの方が但馬検定にチャレンジされるのでしょう。
第四回但馬検定実施のお知らせ
http://www.tajima.or.jp/modules/tajimanews/index.php?station=4115

2009年12月15日 (火)

我が家のエコグッズ

地球温暖化の一つの対策としてCO2削減が求められ、省
エネ・エコグッズが販売されています。
昨年から実施している我が家のエコグッズは次の2点です。

雪国の省エネパイプ だんらん
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いまの掘りごたつに使っている省エネ温風パイプは、フ
ァンヒーターと併せて使うため、灯油は消費しますが、足
下と部屋を同時に暖めるので適度なバランスが保て、電
気代が節約できます。

雪国のエコ「省エネパイプ だんらん」伊佐屋三木のblog 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-9924.html

湯たんぽ
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昭和20年代後半から30年代にかけて、寝るときの暖房は
最初は大きな陶製のコタツに四方から布団を掛けて、家族
で共用したり、ブリキ製の湯たんぽを使っていました。
それ以後豆炭あんかが生まれ、母が豆炭を熾して一人一人
寝る前に持たせてくれました。
次に現れたのが電気あんかで、スイッチ一つで暖かくなるの
は驚きでした。

今とは違い当時の冬は寒く厳しいもので、親たちが子供にか
ける手間は大変だったのです。
ヒビやあかぎれの子供が外から帰ってくると、熱いお湯を金だ
らいに張って、暖めた後薬を塗るのは父の仕事でした。
「貧しくはあってもひもじくはない」「寒く冷たい外も、家の中は
暖かく楽しい」。
趣味や勉強にと親が子にかける今と違い、生きていく上で子
供にかける手間は大変なものだたのでしょう。
そんな昔を懐かしみ、亡くなった親に感謝する歳になりました。
 

2009年12月12日 (土)

囲炉裏と掘りごたつ 養父市 かぐや姫

円山川右岸道路の八鹿町付近を走っているとき、気に
なるわらぶき屋根と土壁、障子戸のお店があります。
看板は「よもぎ餅」「よもぎうどん」「但馬牛焼肉炭火焼」、
お店の名は「かぐや姫」さん。
場所は八鹿町上小田、右岸道路八鹿町坂本の信号近く
Img_1656 Img_1659_4  
中に入るといきなり目につくのが中央の囲炉裏、右側に
自然木を使ったテーブルと椅子、左には掘りごたつが4つ
並んでいて、薪を燃やす煙が立ち上っています。
かぐや姫ならぬ愛想の良いお姉さん達が迎えてくれ、たま
には猫も招いてくれます。
掘りごたつ           薪が燃える囲炉裏
Img_1680_11 Img_1668
聞けば開業後23年経ったとのこと、天井や建具や机椅子
など、なんとも言えぬ色合いと味を出しています。
看板のとおりこの店のメイン料理はよもぎうどんとお餅・炭
火を使った但馬牛の焼肉です。
その他、お土産として自然食関連のお菓子・調味料・食材
餅のほか自家製のスモークチーズも販売しています。
お土産              招き猫 「かい」くん
Img_1671 Img_1672
但馬牛炭火焼肉(炊き込みご飯・コーヒー付き)
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炭火で焼いたよもぎ餅とエスプレッソ
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お品書き
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家庭ではほとんど無くなった薪と炭による支度は、柔らか
なぬくもりと心を安らげてくれます。
特にここの自家製よもぎ餅は、ふっくら柔らかく焼け、上品
な味の人気商品で、これ目当てのお客も少なくありません。
食材や調味料にこだわった味ももちろんグッドですが、心
地よいサービスと落ち着いた雰囲気が楽しめるお勧めの
お店です。
 

2009年12月11日 (金)

隠れ家レストラン 郷舎(さとのや)

隠れ家レストランとして「我が家deフォルノ」さんはイタリア
風でしたが、和風の郷舎(さとのや)さんの紹介です。
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場所は豊岡市日高町佐田、かって宝塚にお住まいで、パ
ラグライダーが楽しめる神鍋高原が気に入って、空き家に
なっていた旧家を買い取って、ご夫婦で和食のレストランを
始めたのが、12年前だそうです。

1日1客、10人超まで、基本は和食のフルコースのようで、
今回は經友会の例会として利用しました。

お品書き              前菜とアイガモの紙鍋
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アマゴと但馬牛・野菜焼き    オーナーの佐藤さん

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料理は奥様で、サービスがご主人という珍しい組み合わせ
です。
今回で3回目の利用ですが、旧家を活用した落ち着きのあ
る雰囲気と地元の食材を使った暖かみが感じられる料理
と親しみある佐藤さんのキャラクターがいい味をだしてい
ます。
隠れ家としてとっておきたい反面、もっと知ってもらいたい
気持ちにさせるお店です。



 

2009年12月 9日 (水)

粟鹿山 962m

朝来市山東町と生野町にまたがった「気になる山」です。
南但馬や丹波市のどこからでも巨大なアンテナが林立し
た山容が望めます。
と言うことは山頂からも眺めがよく、兵庫50山に数えられ
ています。

受験シーズンになるとお参りが増える「当勝(まさかつ)神
社」横の「西宮市立山東少年自然の家」奧からの道を選
びます。
左奧アンテナがある粟鹿山    獣除け扉
P1030343 P1030274   
獣よけ扉を開けて少し行くと駐車場があり、山頂まで4,202
mとの案内板があります。
杉や檜の植林帯を1時間ほど登るとガードレールの先に
NTTの管理道路に突き当たり、ここから頂上まで2kmは
舗装道路を歩くことになります。
P1030276_2 P1030283
途中南東方向に丹波市青垣や氷上方向の展望が開けて
いるのが救いなほど、変化のない道を登ると国交省やNT
Tの中継アンテナが林立する頂上付近に着き、そこからほ
んの少し高くなった小山が頂上です。
P1030296 P1030304
アンテナを入れないようにするのが一苦労の記念写真を
撮り、少し下った場所が展望広場です。
ここから北の但馬・西の播磨・南の丹波の山々が一望で
きます。
植林帯と舗装された管理道路がほとんどで、楽しみのな
い道中が許せるほどの見晴らしです。
北、 西・東床尾山        北西、朝来市街地
P1030319 P1030312_2
西、氷ノ山・藤無山          西南、段ヶ峰・千町ヶ峰
P1030313 P1030317_2
冬型気候のため雲が多く、風も強いため900m超の山頂
は2度近い寒さで、携帯コンロで作ったラーメンやコーヒー
の値打ちがわかります。
登り口と中間点と頂上で出会ったのが3組5人、本日の粟
鹿山の人口密度は6.0人でした。
但馬の高峰では須留ヶ峰を残しましたが、これからは雨や
雪の心配がない播州や阪神の山を目指すことになります。

2009年12月 8日 (火)

藤無山伝説

但馬・播磨・因幡の国境に位置し、県下8位の高峰藤無山
には伝説があって、但馬事典は次のように記していす。

この山の山頂で天日槍(アメノヒボコ)と大国主命が領地争
いをして、決着が付かないので、藤カズラに石を結びつけ、
それを振り回し、その石の落ちたほうの土地を領地として治
める約束をした。
ところが、この山でいくら探しても藤つるが見つからなかった。
仕方なくシラクチカズラを見つけ、石を結びつけて投げた。
天日槍の投げたものは出石に落ち、大国主命の投げたもの
は因幡に落ちたので、天日槍は但馬地方を治め、大国主命
は因幡地方を治めるようになり、このとき藤かずらが無かった
ので藤無山と名付けたといわれ、今でもこの山には藤カズラ
は無いといわれている。  
      

近代にいたるまで領地を巡る諍いがあったのは、神代の昔か
らと聞けば無理からぬことですね。
もっとも、人間世界の領地や財産争いを神話化したものでしょ
うが・・・・・。

兵庫県立歴史博物館のネットミュージアム「兵庫伝説紀行」に
も、播磨風土記の「アメノヒボコと伊和大神との争い」として載
せています。
http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/legend/html/001/001-tx.html

2009年12月 7日 (月)

藤無山 1,139m

農作業「秋終い」も終わり、週末に暇ができる冬の時期は
山歩きが楽しめます。
但馬の1,000級の山で、未踏の山を目指します。
藤無山は但馬の大屋町と播磨の波賀町・一宮町に接して
いて宍粟50山に数えられています。
今回は大屋町若杉(わかす)高原・大屋スキー場からのル
ートを選びました。
林道からのスキー場        登山道入り口
P1030217 P1030219
スキー場横の林道を上り、登山道に入り10分弱の急登を
越えると尾続きの前方に藤無山が臨めます。
目標の藤無山            途中から見る氷ノ山
P1030221 P1030227
尾根筋をアップダウンを繰りかえし、1時間弱で山頂到着
です。
P1030229 P1030233
ガイドブックにあるとおり、山頂の眺めはすばらしく、特に
北方向、氷ノ山~鉢伏山~杉ヶ沢高原~妙見山までの
1,000mを越す稜線が素晴らしい。
寝そべる氷ノ山         造雪中の鉢伏高原、右は杉ヶ沢高原
P1030243 P1030244_3  
南に須留ヶ峰           氷ノ山→鉢伏山→妙見山の山並み     
P1030257 P1030265
弱い冬型気候で、日差しがあるものの、頂上付近は風が
強く、寒さで長居はできません。
スキー場で開場準備作業中の方々を除き、山では誰に会
うこともなく、本日の藤無山の人口密度は1.0人でした。
残るは粟鹿山962mと須留ヶ峰1,054mです。
 

2009年12月 5日 (土)

神鍋高原スキー場 造雪中

私の住む但馬は緯度は低いものの、雪国として知られて
います。
冬になると太平洋側が晴天でも、雪や雨、良くて曇りとい
う天気が続きます。
子供の頃は、栄養不足と日照不足で、くる病に罹る子が
いて、ビタミンDの補充として、希望者は学校で肝油を購
入して飲んでいました。
また家では健康によいと言って、男の子だけですが「やい
と(お灸)」をすえられる子も結構いました。

このマイナスをプラスに考えて商売にしたのが、鉢伏高原
や神鍋高原スキー場です。
関西に近いことから、昔はスキー列車やバスで若者が繰
り出し、賑やかなものでした。
高原の民家はスキー場勤務やスキー宿で稼いで、災いを
福と転じる強かさがありました。

暖冬、いや地球温暖化で雪の降り出しが遅く、量も少なく
なり、いつでも滑れる状態ではなくなりました。
また、ライフスタイルやレジャーの多様化で、冬の定番は
スキー場へとはならなくなりました。
冬中心の観光から四季型観光への転換が進んだものの、
近場でスキーやボードが楽しめるのは大きな魅力です。
「降らないなら、降らせてしまえ」と数年前から造雪機を入
れて、11月20日には滑走可能にして営業開始です。

造雪中の奥神鍋スキー場    営業中のアップ神鍋
P1030191 P1030196
アップ神鍋みやの森コースでは、ナイター営業も行われ
ています。
アップ神鍋のホームページ ↓
http://www.kannabe.co.jp/
自然現象であった雪でしたが、12月末までは期待でき
そうになく、石油と電気と水を使ってつなぎとしてます。
 

2009年12月 4日 (金)

台風災害復旧工事 稲葉川

5年前の台風23号で大きな被害を受けた但馬では、今も
激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)工事が進められ
ています。
災害後5年が目途だそうですが、堤防工事などまだまだ
時間がかかりそうです。
会社近くの稲葉川付近の堤防新設及び浅倉橋の付け替
え工事が本格化してきました。

岩中付近の築堤工事       浅倉橋の架け替え工事
P1030212 P1030214
これから円山川本流への出口に向け、さらに工事が進み
ます。

台風23号被害 豊岡消防署 活動と記録(平成16年10月)
http://119.city.toyooka.lg.jp/cmsfiles/contents/0000000/19/taihuu23.pdf
 

2009年12月 3日 (木)

北近畿豊岡自動車道 用地買収先送り

丹波市春日町から豊岡市までの70kmを高規格道で結ぶ
計画が、一部危うくなりそうです。
全線の半分が開通済み、20%を占める和田山八鹿間が、
建設中、残りのうち八鹿豊岡南15.8kmの用地買収予算が
次年度に盛り込まれないことがわかりました。

この道路は国の予算で造られるため、通行は無料です。
兵庫県の中で、高速道路網が整備されていないのは、北
部但馬だけで、東西の横軸の高規格道として整備中の鳥
取豊岡宮津自動車道とを結ぶ南北の縦軸となるものです。

兵庫県 北近畿自動車道について ↓
http://web.pref.hyogo.jp/tj01/tj01_2_000000028.html

北近畿自動車道「豊岡道路」について http://www.kkr.mlit.go.jp/toyooka/kondankai/index.html

政権交代後の事業見直しによる影響で、各市町から失望
と抗議の声が上がっています。
ただ、目標地点までは遠のきましたが、再来年開通する
八鹿インターは豊岡市中心から20数キロです。
この間を一般道を利用しても、時間短縮は10分あるかない
かのところで、辛抱できないことはありません。

人や物だけでなく、基幹病院がある豊岡へ命を運ぶ大事な
道路でもありますが、国全体が事業の見直しを行っている
いま、少し立ち止まって考えるのもよいかも知れません。
このニュースに対する住民の反応は、現時点の利便性の向
上を評価し、「残りは遅れても辛抱できる」という人がほとんど
でした。
但馬人は辛抱強く、謙虚なのです。
 

2009年12月 2日 (水)

お勧め焼酎 燃島

最近の晩酌は「麦とホップ」でまずのどを潤し、ハイボール
で仕上げるパターンです。

伊佐屋三木のblog  晩酌の主役 第3のビール ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/3-c801.html
伊佐屋三木のblog  ハイボール 復権 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-9946.html

その前までは焼酎にはまっていて、麦→米→ごまと移り、
行き着くところは芋でした。
焼酎との出会いは23年前、Uターンしたとき勤めたホテルの
出張時、博多のスナックで出会った「下町のナポレオン い
いちこ」でした。
すぐに気に入って翌日酒屋で買った900mlびんを4本抱えて、
家に持って帰ったものです。
日本酒一辺倒から、時と場合に応じて蒸留酒の良さが見直
され、安価ですっきり感のある焼酎が人気です。
日本酒は米、ビールやウイスキーは麦、ワインは葡萄と原
材料が限られている中で、焼酎素材の多さは群を抜いてい
ます。

芋の中でもお勧めが、燃島です。
明治時代末期の「どんぶり仕込み」という製法で醸されて
いて、芋のふくよかな香りの中に、しつこくない風味が感じ
られ、水割り・お湯割り双方にむきます。
芋焼酎 燃島 ↓
http://www24.big.or.jp/~nakatomo/moejima.html
P1030186
価格は少し高めですが、並みの一升瓶と違って安定感の
ある船徳利に似せた瓶と、もやい結びの紐が特徴的です。
飲み終わったボトルは、小豆の保管に使ったりして結構重
宝しています。
燃島は日高町浅倉「田尻酒店」で購入でき、町内の居酒屋
では、白木屋さんで指定すると飲むことができます。
 

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