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2009年7月16日 (木)

出石軽便鉄道 Ⅰ

軽便鉄道とは、標準的の規格よりも低い規格で建設され
た鉄道を指し、建設費や維持費が抑えられるため地方で
建設されました。
当地でも住民の出資を募り、江原駅から出石駅までの間
に、上郷駅 -中筋駅 - 小坂村駅 - 島口駅 - 鳥居駅の4
駅を置き、昭和4年に開業しました。
その後、経済不況や自然災害などにより営業不振も続き
太平洋戦争下の昭和19年(1944年)に「不要不急線」とし
て営業休止に追い込まれました。
日本軍が国外の占領地などで鉄道を敷設する計画が持
ち上がり、軍部が転用を狙い、昭和19年住民の反対もむ
なしく蒸気機関車ごと没収してしまったからです。
15年間は住民の足として重宝され、親からも様子を聞か
されていましたし、今なお駅や鉄橋の痕跡も残っています。

円山川鶴岡橋梁の土台跡   橋脚跡 
P1000641 P1000646 

但馬辞典 出石鉄道 
http://www.tajima.or.jp/modules/pukiwiki/?%BD%D0%C0%D0%C5%B4%C6%BB
 

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コメント

15年とは短命ですね。初めて知りました。
橋桁の痕跡は今でも見れますね。
しかし軍部までもが関係していたとは。
まぁあの時代ですからね。あっても仕方ないですね。

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