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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2009年6月12日 (金)

養父市「伊佐新田開発」 Ⅱ

江戸時代17世紀後半の寛文九年に、円山川右岸沿いの
旧宿南村伊佐村で、我が家の先祖「竜野屋宗輔」と出石
の「春田次郎兵衛」の両名が、出石藩に新田開発を願い
出て、開発が許可されたことは以前お話ししました。

伊佐屋三木のblog「伊佐新田開発」 Ⅰ 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-3cf7.html

但馬史4巻によると・・
『幕藩体制の基礎もかたまり、恒久的な太平の世の夢が開
き始めたころの17世紀後半になると、但馬の農村にも新し
い経済の動きが波打ちはじめ、農村の様相は次第に変化
してきた。』(中略)
『流通経済の浸透にともなう土地異動であると考える。金を
持つもののところに土地が集まる一方、中世的な勢力の
持続のうえに安住してきた旧支配層が、急速に土地を失っ
て没落するのである』

金を持つものといえば商人で、土地を担保に金を貸し、返
せない時は自分のものとして所有することで、町人による
土地支配が進み、相当な面積にのぼったようです。
現在の豊岡市神美地区三宅村の半分、森尾村の2割、香
住村の3分の1が出石・豊岡の町人(村外者)の支配地と
なりました。

この財力を背景に新田開発に投資し、新たに農地を所有
するという積極的な行動に出ています。
 

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コメント

へえ、我がふるさと、神美はそうだったんですか。
平尾源太夫さんの支配はその後ですか。

金ちゃん
出身は神美村でしたね。
森尾平尾家は元禄期から土地集積を始めたとあるので、ちょうどこの時期になりますか。
我が家は伊佐で失敗した後、安良村に新田を開いたそうです。

当時からある意味資本主義だったんですね。
なるほど、そのころの名残でよそ村の方も
地区内の田んぼ所有者がおられるわけですね。

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