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2009年6月 3日 (水)

養父市「伊佐新田開発」 Ⅰ

養父市発行の「広報やぶ」4月号の記事に気になる記事が
ありました。
「町の文化財」の紹介で、「伊佐新田開発」を載せています。
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場所は円山川右岸沿いの旧宿南村、時は江戸時代17世
紀後半の寛文九年に、我が家の先祖「竜野屋宗輔」と出
石の「春田次郎兵衛」の両名が、出石藩に新田開発を願
い出て、開発が許可されたのが発端です。
八鹿町史上巻281ページと、但馬史第4巻51ページに「新田
発に乗り出す商人」として記載があります。

そもそも新田開発などは出石藩の責任に於いておこなわれ
公共事業の最たるものですが、これを商人が願い出て、藩
もこれを認める時代背景があったものと思われます。
当時の伊佐地区は、浅間・宿南両村の入り組み地で、円山
川沿いは広い原野になっていて、牛が放牧されていました。

結果としていまは肥沃な水田となっていますが、江戸時代か
らから何度も失敗を繰りかえしながら取り組んだ先人の労苦
の上に、築かれたことを碑を建てて顕彰しています。
Img_1491  Img_1495 
この事業における我が先祖の関与と開発が成功するまでの
苦労話は、但馬史と八鹿史から引用して以後紹介します。
 

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伊佐屋物語」カテゴリの記事

コメント

歴史を感じますね。
新田開発も大きな事業だったんですね。
そういえば江戸時代けっこうこの手の話を目にしたことがありますね。

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