但馬情報特急

  • 但馬情報特急
    但馬に関するあらゆる情報が載っています。 最新情報もここから・・・。

九条の会

  • 九条の会
    日本が誇る憲法九条をまもり、平和な世の中を築くため行動します。
フォト

愛犬ハル

  • P1020325
    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

2009年1月31日 (土)

孫達の雪遊び

去年今年とお正月に雪が降り、里帰りしていた娘達が
スキー場に出かけました。
孫はそれぞれ一人、男の子は3歳と2ヶ月、女の子は
4歳になります。

作ったった雪だるまの前で、おすまし顔をパチリ。
3人?とも同じ顔してます。
雪だるま作りとソリ遊びで大人も子供も大喜びでした。

 

2009年1月30日 (金)

朝三暮四 定額給付金

7割近くの国民が批判する定額給付金の支給を含めた
二次補正予算が成立しました。
支給にはもう一山あるようですが、これは景気対策・弱
者救済の名を借りた選挙目当ての買収行為としか思え
ません。

中国の故事からでた「朝三暮四」という言葉があります。
猿回しが猿に栃の実を与えるのに、朝三つ夕方四つや
ろうとしたら猿が非常に怒った。
そこで、朝四つ夕方三つに変えたら、大いに喜んだ。

3年先に消費税増税を表明したことも関係して・・・
①目先の違いに気をとられて、結局同じことであるのに
 気がつかない。
②ずるい手段で人を欺くこと。

「もっと有効な使い道があるだろう」が本音です。
と言ってももらうのを拒否するつもりはないので、嫁さん
との二人分をネパールに小学校をつくって、運営を支援
している友人に寄付しておきました。

<日経新聞のNET調査では>
・旅行レジャー外食に使う   31%
・生活費の補填         27%
・貯蓄ローン返済        29%
・辞退                1%
・寄付               0.4%
・不明               12%

猿のように騙されないようにしなければなりませんね。
 
 

2009年1月29日 (木)

ご当地検定 但馬版

ご当地検定ばやりですが、但馬の自然や歴史・文化・産業
人物などの知識を問う「但馬検定」が実施されます。
今年で3回目、今回は過去二回の検定で、のべ469人が
受験しました。

但馬検定については 伊佐屋三木のblog 
(過去問や合格率などが載っています)
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-2c92.html

テキストも千円で発売され、書店で求められます。
ふるさとのことを知る良い機会なので、チャレンジしてみま
せんか?

朝日新聞1月29日但馬版 
Conv0001_2


<第3回但馬検定 3級・2級・1級>
・実施日  3月15日(日)
・受験料  千円
・締め切り 2月27日(金)

 

2009年1月28日 (水)

眠れぬ夜に NHKラジオ深夜便

「オールナイトニッポン」など若者向けの深夜ラジオ番組に
対し、中高年向け「大人が聴ける静かな番組」として、NH
K「ラジオ深夜便」が1990年4月に誕生しました。

ラジオ深夜便は、NHKのラジオ第一放送、FM放送で放送
されている深夜放送番組で、ベテランアナウンサーやNHK
を退職したOB・OGが担当しています。

時間は11時台から始まり朝の4時台まで 番組表 
http://www.nhk.or.jp/radiodir/pro/shinya.html

年を重ねると深夜に目を覚ますことがあり、寝付かれずに
悶々とすることがあります。
そんなとき、懐かしい音楽や朗読詩・対談など「心にしみ入
る」番組で安らぎを得て、知らぬうちに眠りに落ちます。
昨夜の遺伝子の病気「アルビノ」の伝道師 石井更幸さん
の「アルビノもひとつの個性だ」のお話には、初めて知る世
界に目が冴えてしまいました。

アルビノ伝道師=石井更幸 「しろくまのほのぼの日記」
深夜便のことも書いてあります。
http://sirokuma77310.ti-da.net/e2328391.html

若いときは暇さえあれば寝ることが出来ました。
中年になり、寝るには体力が要ることに気がつきました。
体力が落ちると眠りが浅く、すぐに目が覚めてしまいます。
深夜便のリスナーに圧倒的に老年層が多いのが、理解
出来るようになりました。
 

2009年1月27日 (火)

かき餅

先週末娘のところに寄ったので、かき餅を焼いて持ってい
ってやりました。
昔は大寒の頃、あちこちで子供のおやつとしてかき餅をつ
き、縄で縛って乾かす「かき餅すだれ」が見られました。

伊佐屋三木のblog かき餅考 ↓ をご覧ください
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_2091.html


えび・のり・ごま・黒豆・黒砂糖の5種類。
油で揚げる方法もあるのですが、焼いて薄めた醤油をつ
け、酒の肴にもします。
懐かしさもあって喜んでくれました。
Img_1015_3

 

2009年1月23日 (金)

転作ソバでソバ会

米どころ国府平野が転作でソバ畑になり、収穫遅れで刈
り取りが出来なかったことは以前お伝えしました。

伊佐屋三木のblog 国府平野転作ソバの行方 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-e397.html

中には、自家消費用として刈り取りした農家があり、昨日
農会の新年会でソバにして提供していただきました。
Tさんの指導の下、つなぎに小麦粉を使っった「二八ソバ」
にしました。

綿棒を使ってののばし、左セミプロ、右素人です。 
Img_6433 Img_6430

課題の仕上げは文明の利器を使いました。 
(うどん王国さぬき 坂出市福井工作所製の手切り包丁)
http://www.fukuikousakusho.sakura.ne.jp/pro_tegiri.html

Img_6424 Img_6428_3  
ソバは山間や谷間の痩せた土地で作ったものが美味しい
という「定説」がありますが、府市場長見寺で採れたものは
なかなかの美味で、収穫を見送った耕作者の皆さんにも好
評でした。
転作でのソバ作りは以後も続くそうで、来年は地元産ソバ
としての販売と収穫祭(ソバ打ち会)が出来るでしょう。

2009年1月22日 (木)

ボランティアの先駆け 北但大震災 Ⅱ

北但大震災で救命・消火の最前線で活躍した生徒が、そ
の後作文を残しています。

・学校運動場が炊き出し場所になったり、被災者案内が
 掲示されたり、阪神大震災と様子が似ています。
・円山川改修工事に来ていた朝鮮人労働者による救援
 活動に感動し、高く評価しています。
 『3年前の関東大震災では、「朝鮮人が火をつけた」「暴
 動をおこした」などの流言が飛び、罪もない人達が、民
 間の自警団に殺されたことから考えると、地方では人間
 同士の助け合う心が発揮されています』
・鳥取高等農学校の学生たちが、寮生大会で支援を決
 議し、身近にある農具を持って、鉄道が不通区間は徒
 歩で支援に駆けつけた。
 これは学校に無断で行動したことだが、学校側も不問
 に付した。

但馬の近代化遺産 「絵葉書に見る北但大震災
venex1 さんのブログは 
http://venex1.exblog.jp/7139119/

平成16年10月台風23号により、豊岡市は大水害を蒙り
ましたが、このときも多くの方々の支援を頂きました。
災害自体は不幸なことですが、人がお互いを思い合うこ
と、そして助け合うことの大切さを教えてくれますね。
 

2009年1月21日 (水)

ボランティアの先駆け 北但大震災 Ⅰ

阪神大震災で、住民同士の絆の大切さと今までにない形
のボランティア活動が注目され、95年を「ボランティア元年
」と呼ぶようになりました。

その先駆けともいえるボランティア活動が当地の記録に残
っています。
84年前の1925年(大正14年)5月23日午前11時10分に豊
岡や城崎など北但一帯を襲った地震は、「北但大震災」と
名付けられ、多くの家屋が倒壊・焼失し、多数の負傷者や
死者が出ました。

北但大震災被害の概況 死者428名、負傷834名、焼失
家屋2,180戸、全半壊2,068戸

当時の旧制豊岡中学校には、但馬各地から一年生から
五年生まで、567人が在校していました。
地震直後から寄宿舎生約80名と鉄道不通のため帰宅
出来なかった遠距離通学生たちが中心となって倒壊家
屋の下敷きになった死傷者の救出や消火、家財の搬出
など、通学生も併せてた190人が活躍し、知事から感謝
状が贈られたことが資料に残っています。

地震直後、校長はこう指示したそうです。
「自宅通学生は自宅に帰り、安否を確認したら、帰校して
寄宿舎の生徒と共に、救援活動に参加しなさい」
その後参加を抑えられていた下級生も加わったり、事故を
恐れた親に参加を止められても現場に駆けつけた生徒も
いたり、危険な活動の中でも生徒は誰もけががなかったこ
ともすばらしいことでした。

 

2009年1月19日 (月)

マーチン・ルーサー・キングズデー

1月の第三月曜日、19日はアメリカの公民権運動の指導
者、キング牧師の誕生日を祝う日です。
(アメリカとは時差があるので、日本では20日になります)
キング牧師は非暴力を貫き、アフリカ系アメリカ人解放の
先頭に立って闘い、ノーベル平和賞を受賞しました。
1968年4月テネシー州メンフィスにおいて、39歳の若さで暗
殺されてしまいます。
キング牧師の功績を称え、数年前クリントン大統領の時に
アメリカの祝日になったそうです。

キング牧師については・・・・・
伊佐屋三木のblog 「 I Have a Dream 」  
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-29ae.html

奇しくも翌20日はアフリカ系出身で、第44代大統領となる
バラク・オバマ氏の就任式典がワシントンで行われます。
会場となる連邦議会の議事堂周辺や、ホワイトハウスに向
かうパレードの沿道では、200万人と予想される空前の大
観衆が見守るようです。

  

2009年1月18日 (日)

大学入試センター試験 in 豊岡

昨日から大学入試センター試験が始まりました。
我々の時代にはなかった制度ですが、大学共通一次試
験から数えて30年、すっかり定着しました。

4年前まで但馬の高校生は、会場が地元になく、神戸高
校で受験するしかありませんでした。
電車での旅はもちろん、宿泊が伴います。
費用もかさみ、環境が変わることで緊張を生んだり、体
調を崩すなどハンディキャップとなります。
地元で慣れた環境で、受験させてやりたいとの親の願い
が実り、07年から豊岡高校で開催されることになりました。

二人に一人は大学や短大に進む時代になりましたが、世
帯収入が低いのと自宅通学ができない地方にとって、で
きれば学資がかさむ私学よりも国公立をとの親の願いは
我が身に置き換えてもよくわかります。
私も奨学金を受けながら、島根大学を卒業し、その後きち
んと返還義務を果たしました。

志願者数は594人、試験に支障を起こさないよう、神武
山頂にある正午のサイレンを止めたり、英語のリスニン
グの時間と重なる時間帯の但馬空港定期便の飛行ルー
トを変える配慮もなされます。

二人の娘は、ともに神戸で受験しましたが、本人はもちろ
ん親にとってもいろいろ気を遣いました。
慣れた環境のもとで、但馬の高校生が普段通りの力を発
揮して欲しいものです。
 

2009年1月17日 (土)

1995.1.17 但馬にて

14年前の午前5時46分阪神・淡路大震災が起こった。
同じ兵庫県に住んでいながら、100km以上も離れてい
て被害という被害はほとんどなかった。

その日の但馬は前々日から降り続いた雪で、積雪は40c
mを超えていた。
明け方に突然の揺れで目をさました。
寝室が二階なのと、屋根に雪が積もっていたことで、左
右の揺れで柱がみしみしと音を立てていた。
揺れは止まず、ひょっとしたら家が倒れる心配も出てき
た。
隣室にいた高校生の娘も、目を覚まし部屋に逃げ込んで
きた。
急いで、テレビを付けると例のアナウンサーのうわずった
声が、県南部の地震を告げていた。
揺れが治まった後、雨戸を開けると満月が見えた。

兄と妹が神戸に住んでいて、電話では家財は壊れたりし
たが、無事で心配するなとの連絡があるも、以後不通。
県中部に住んでいる大学生の娘に電話を入れるが、例
によって留守。
連休なので、どこかに遊びに出ているらしい。
しようがない・・親に似たのだ。
後で聞くとテレビがベットの上に落ちていたらしい。

いつも通り出社すると、ワープロ本体の上に置いていた
プリンターがずれていた程度で、被害は皆無。
豊岡が震度5と報道されたことで、県外の方々からお見
舞いの電話を頂いた。
遠くの親戚からも安否確認の電話が入る。
近県なら都市の位置はわかるけど、離れれば離れるほ
どのひとまとめに感じてしまう。

その後昼のニュースで、画像が提供され被害の一部を知
ることができた。
この時死者は200人を超すとのアナウンスがある。
電話は繋がらず、ラジオとテレビだけが情報源でしかなか
った。

豊岡市では前日成人式が行われ、参加した新成人が、勤
務に就くため神戸に帰り、被災し死亡した悲しいニュース
を後で聞いた。
この震災で最終的に、6,434人が亡くなった。

2009年1月16日 (金)

晩酌の主役 第3のビール

第3のビール又は新ジャンルと呼ばれるビール系飲料の
シェアが発泡酒を抜き、晩酌の主役になったと新聞に出
ていました。
(朝日新聞01.16記事より)
Tky200901150083
我が身に置き換えてみると、晩酌を欠く日は無いくらいお
酒好きに育てていただきました。
親の背中をしっかり見て育ったのです。
特にビールが好きで、晩酌はこれ一本でした。

発泡酒が世に出た十数年前は、こんな物はビールではな
いと抵抗してきました。
酒税法の改正で課税が強化されると、業界が五年前に第
3のビール、新ジャンルを発売しました。
当家でもビールからいきなり第3のビールへと転落(大本
営なら転進)です。

第3のビールが伸びるのは、
①価格が安い(ビールの半額)
②味の幅が広がった
③発泡酒より麦芽が多く美味しい

ということで、今のところ伊佐屋三木家の御用達は、
サッポロ「麦とホップ」です。
田村正和がテレビコマーシャルで「ビールと間違えた」
と言ってるヤツです。
「サッポロ麦とホップ」は
http://www.sapporobeer.jp/mugitohop/index.html

Photo_2
ついでに言うと、ビールの後も、焼酎から懐かしのハイボ
ール(ウイスキーの炭酸割り)に換えています。
こちらも値段は昔のウイスキーと比べて、やはり第3並み
になりました。
体の健康より「家計の健康」に役立つ話でした。
 

 

2009年1月15日 (木)

ブログ 箸休め

消えた一億円ショックが尾を引いたのか、少しお休みを
頂きました。

新聞の地方記事によく掲載される「珍し物」記事の大半が
読者からの通報だと聞きました。
珍しい花が咲いた、こんな形の野菜が採れたなど記者が
出向き、お話を聞いて、地方欄に掲載されます。

雪が積もる前に野菜の取り入れをしたところ、こんな
大根が採れました。
さっそく、ローカルミニコミブログの「伊佐屋三木」さん
に連絡を入れ、載せてもらうことにしました。

Img_6389 Img_6394
美人の条件である、肌の色つや、みずみずしさ、そし
てグラマラスなバディ。
十数年家庭菜園を続けていますが、こんな美人に出
会ったのは初めてです。
 

2009年1月12日 (月)

夢と消えた1億円

年末ジャンボ宝くじ、正式には(第550回全国自治
宝くじ)を購入したことは、前回ブログに書きました。

伊佐屋三木のblog「年末ジャンボ 夢を買う」 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-324d.html

購入するのは組違い連番(バラ)買いで、いままでの
最高当選金額は1万円、そろそろ大金が当たる頃だと
勝手に信じ込んでいましたが、抽選は大晦日です。
年明け早々夢を壊すこともないので、確認を10日えびす
まで先延ばしにしてきました。

まずインターネットで当選番号を印刷して、下2~3桁を
点検します。
1等はやはり無理、続いて2等1億円を調べたところ、下
3桁どころか6桁すべてが当選番号と同じ。
半信半疑で再度確認したところやはり同番号。
「やった!! 1億円 」、次は組番号の確認。
組番号は46、確か4も6もあったはず。
気を鎮めて、確認したところ・・・・・。
当選組は46組で、手元のくじはなんと、64組。

当選番号と外れくじ クリックで拡大します 
Epson_0084_1

それでも、組違い賞があるはず。
1等2億円の組違いは10万円。
2等の組違い賞は?・・・・なし!!
以上「夢と消えた1億円」の現場レポートでした。
(´Д`。)グスン 

もし、1億円当たっていたら今頃、ハワイでワイキキビーチ
の様子をレポートしているはずですね。
折角なので、このくじは「当たった!と思ったけど、結局当
たらなかった」ことで、交通安全お守りとして、ラミネートし
て車に乗せておくことにします。
コピーでよければ、お守りとして差し上げますよ。

 

2009年1月11日 (日)

大雪 雪いろい

今年一番というか、里では初めての大雪です。
積雪はざっと30cm程度ですが、車社会の現代にとって
大変な障害になります。
Img_6401 Img_6417
除雪車には基準があって、15cmを超すと出動です。
除雪車が通った後はそれぞれ自分の玄関やガレージ前
をスコップやスノーダンプで拡げます。
幸い今日は日曜日、通勤通学はありませんが、成人式
が予定され、晴れ着姿の娘達の送り迎えが親の仕事で
皮肉な「自立」の日となります。
Img_6408
当地では除雪のこと総称して、「雪弄(いろ)い」と呼び、
年配の方は「毎日雪いろいばっかりで、かないませんな
ぁ」と挨拶をします。
昨日4歳になったハルは大喜びで走り回ります。
Img_6412_2 Img_6413
神鍋高原スキー場では、正月から営業を開始し、本日の
積雪は80cm・全面滑走可能、これから真冬本番が続く
ので、今シーズンは雪の心配は要らないでしょう。
里では迷惑雪ですが、スキー場では生活に欠かせないも
ので、利害のシーソー関係が生まれます。

暖冬で雪が少なくなって、畑に年々害虫が多くなっている
のが話題になります。
人間様だけでなく、樹木や土中の虫たちにも、雪の多寡
は冬越しする上で大問題なのです。
Img_6404 Img_6422
雪の重みで折れた梅やスモモの枝、自然による「剪定」も
役に立つこともあります。
Img_6419 Img_6421_2
冬本番も残り一ヶ月と少し、寒くて冷たい冬を耐え忍ぶか
らこそ、春を待ち望む気持ちが強くなるのですね。
 

2009年1月10日 (土)

宵田十日えびす

降る雪に文字通り日和見していたのですが、友人のT君
に誘われて、商売繁盛祈願のお参りに行ってきました。
11時過ぎでしたが、昨年のような長蛇の列は見られませ
んでした。

昨年の伊佐屋三木のblog 宵田本えびす 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_2dee.html

折しも兵庫県北部に大雪警報が発令されましたが、残り
福狙いのお参りです。
早朝から降り続く雪で、出足が悪そうです。

Img_6395
ここの特徴は空くじ無しの福引きで、1枚200円で
販売され、運試しも兼ねてほとんどの方が複数枚購入
します。
5本購入の成果、今年の運勢はいかに?
「鯛ササ」はあたりだそうです。
Img_6397_2
不景気の中、昨年以上の人出が予想されましたが、さほ
どの積雪はないのですが、絶え間なく降り続く雪が、神頼
みの足を鈍らせたようです。
 

新年賀詞交換会

昨日、日高町商工会の賀詞交換会に参加してきました。
昨年ソフトドリンクとサンドイッチで開催したところ盛り上
がりに欠けていたこともあってか、今年は例年通り食事
とお酒が準備され、130人超の参加がありました。
P1020005_3
主催者の商工会長や豊岡市長はともかく、例によって
国会議員(代理)県議会議員2名がそれぞれこの時と
ばかりの挨拶で、静粛・神妙な50分でした。
会長は、政治・経済・生活・気象などの面から「変」
を挙げ、今後予想される早い変化に対応すること。
旧5町商工会の合併を機に、商工会の原点「誰のため
の商工会か」を踏まえ、改革のチャンスとしたいとの挨
拶でした。

中貝市長は、北近畿豊岡自動車道・但馬空港からの
羽田乗り入れなど交流基盤の整備や成果を挙げつつ
ある「環境経済戦略」をさらに進める一方、「環境都市」
のビジネスモデルを考えていくこと。
さらに、「知られなければ、存在しないのと同じ」として
情報発信力を高める重要性が話されました。

市長挨拶は、市主催の賀詞交換会の内容 
http://www.city.toyooka.lg.jp/www/contents/1231134179903/files/1.pdf

H県議の話しは、不況下における「マインド」効果に触
れ元気を出すことの大事さと今年度県政の重点などの
お話しでしたが、K県議は「話の中身を市長に先に言わ
れた」と県花・県木・県鳥の話の後、どさくさ紛れに自○
党国会議員への支援を訴えるなど、見識を疑わせるも
のでした。
そういえばこの人は「政務調査費不正使用」というルー
ル違反歴の持ち主でした。

その後懇親会に移り、交流が始まりましたが、商工業
者の世代交代が進み、若手経営者の方が目だったのと
景気づけのムードもあり、テーブル席外の交流も進み、
盛り上がったように感じました。

恒例の万歳三唱(丑年なので、三唱後つむじ風ポーズ)
P1020004_2 
「不況と言うな!ヒマだと言うな!」「マイナスマインドは
負の連鎖を生む」「せめてボチボチと言おう」の挨拶を
思い出しながら、今年を元気に乗り切っていきましょう。

2009年1月 9日 (金)

平成 元号問題

20年前の1月8日は平成の始まりでした。
今まで馴染んでいた元号が変わるということが、天皇の
死を通じて現実になった日でした。
天皇制や和暦(元号)など、これを機に議論が深まるこ
とも期待されましたが、服喪・祝事自粛ムードに流され
問題になりませんでした。
戦前の軍国教育で連綿と続く神の国として「神武・綏靖
・・・」と呪文のように繰りかえされた神武天皇紀元説が
ありました。

私が生を受けた1947年は、「憲法が公布され民主日
本のスタートでしたが、昭和という時代に特に違和感を
感じませんでした。
それでも歴史など時系列尺度が「和暦」と「西暦」の二
通りあることの不便さと不合理さは誰もが経験すること
です。
大化の改新戦争は大化2年と西暦645年と両方で覚
えさせられ、紀元前・紀元後の表現もありました。
また劇的なのは、ミレニアムという21世紀への移行を
経験したことでした。

通常新聞の日付は、2009年(平成21年)1月9日 
となっていますが、記事では西暦を中心に書かれてい
ます。
グローバル化が進む社会でも、日本固有の天皇制を
象徴する「和暦」にこだわる向きも少なく無いでしょう。

一方では、共通尺度としてメートル法(西暦)がグロー
バルスタンダード化している現実から、尺貫法(和暦)
にこだわらず、統一するのも市民生活を合理的に進
めるのに必要です。
昨年7月韓国で「尺貫法」追放運動が当局により進め
られ、市民生活が混乱しているのが報道されました。
なんと日本占領下の遺物が、なお隣韓国の生活に残
っていたのです。

日本でも和暦西暦2010年問題があります。
これは、西暦も和暦も頭に0がつかなくなる1年後の
2010年からは、2桁では西暦と和暦の識別が不可能
になって社会が混乱するという問題です。
たとえば、2010 年は「 10 年」、平成 10年( 1988年)
も「 10年」。
来年のことですが、やはり二本立てはいろいろ不具合点
が出てきますね。
器用で融通無碍な日本人も、尺度が複数あれば戸惑う
のは当然で、やはり検討の余地ありですね。

2009年1月 8日 (木)

2009年問題 Ⅱ

もともと2009年問題への対応は、次の二つのことが考えら
れていました。

①派遣労働者を直接雇用する。

直接雇用といっても正社員にするだけでなく、契約社員や
期間社員とする方法も考えられます。
つまり、直接雇用であればよいわけです。
直接雇用は法が意図するところですが、企業にとって「調
整の効く」労働力ではなくなってきて、「競争力が落ちる」と
いって嫌います。

②請負で対応する。

製造業務への派遣が可能になるまでは、この形態が多く
採用されました。
メーカの工場で仕事の一部を担当することですが、この
頃は、形だけの請負で作業に対する指揮命令や勤怠の
管理など派遣先(メーカー)が行なっていて、実質派遣の
「偽装請負」が社会問題になりました。
雇用保険・社会保険はいうに及ばず、労災の対象にすら
ならない無権利状態も発覚しました。

請負と派遣の違いは 厚労省ホームページ  
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/dl/tekisei_0002.pdf

一部の業務を別の会社が請け負うには、労務管理の独立
性と業務遂行の上での独立性の両方が求められ、派遣先
派遣元双方にとって、制約が多く窮屈な形態になることは
やむをえません。

厚労省は指針で「派遣終了後、新たな派遣を受け入れるま
での期間が3カ月以内の場合、 継続的な派遣とみなす」と
定め「正規雇用逃れ」に目を光らせています。
また、派遣と請負または直接雇用を繰り返しているような
場合も指導対象となるとしています。

大手中堅の派遣会社では、信頼されるアウトソーサーとし
ての請負体制を整えたり、派遣先企業も直接雇用を検討
している最中、急速且つ大規模な景気悪化で、一気に「派
遣切り」へと進み、割を食ったのは非正規労働者でした。
少し前には、日雇い派遣にからむ「ワーキングプアー」を
産む温床とされ、現在国会で継続審議されている改正派
遣法ですが、桝添大臣の会見にもあるように、製造現場
への派遣規制の方向に進む可能性が出てきました。

 

2009年1月 7日 (水)

七草粥(かゆ) 鳥追い歌

正月の期間を、松の内(まつのうち)と呼び、一般には7日
までとされます。
七日の朝に食べる七種粥(あるいは、七草粥とも)が、松
の内の最後の行事で、門松や注連縄など正月飾りも片付
けます。

七草粥のいわれは、正月のご馳走で酷使された胃をいた
わり休ませることにあると同時に「鳥追い行事」の意味も
あったように思います。
子供の頃、父が菜を刻む時、まな板を叩いて大きな音を
させ、「唐土(とうど)の鳥が、日本の国に渡らぬうちに七
草そろえ・・・・・」と唱えていたのを覚えています。
害鳥を追い、疫病が流行せぬことを願った厄除けの一種
でしょうか?

七草粥は有名ですが「鳥追い」は余り知られてないので、
Wikipediaで調べてみると・・・
『七種は、前日の夜に俎に乗せて囃し歌を歌いながら包丁
で叩き、当日の朝に粥に入れる。囃し歌は鳥追い歌に由
来するものであり、これは七種粥の行事と、豊作を祈る行
事が結び付いたものと考えられている。
歌の歌詞は「七草なずな 唐土の鳥が、日本の土地に、
渡らぬ先に、合わせて、バタクサバタクサ」など地方により
多少の違いがある』 と記されています。

物が少ない昔でもその必要性が言われたのに、ましてや
メタボ社会の現代、春の七草を粥に入れて胃を休める意
味はますます大きくなります。
春の七草は「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・
スズナ・スズシロ、これぞ七草」と覚えました。

 

2009年1月 6日 (火)

2009年問題 Ⅰ

景気悪化による消費の減退が進み、生産調整を理由に、
製造現場で「派遣切り」に代表される雇用調整が行われ、
多くの悲劇を生んでいます。
パート社員・期間社員・派遣社員など非正規労働者が、
全体の3分の一を越えること自体が未曾有(みぞう)なこ
とで、いわゆる「規制緩和」路線による帰結で、雇用保険
に代表されるセーフティネットはほとんど機能しないことが
明らかになり、社会全体に衝撃を与えました。

もともと労働者派遣法の制定当初は、派遣が認められた
のは、専門的業務だけでした。
以後対象業務の緩和が進み、2004年3月に製造業務へ
の派遣が解禁され、期間も2006年3月から、従来の一年
が最長三年に延長されました。
三年を超えて派遣労働者を使用する場合、直接雇用義
務が生じることになりました。
相当な事業所が法改正に合わせて派遣制度を導入した
結果、今年2009年の春以降対応が求められます。
企業にとって直接雇用というリスクが生まれます。
これがいわゆる「2009年問題」です。

2002年以降景気が回復し、さほど問題視されなかったの
が景気悪化が深刻になった今、一気に「派遣切り」が進ん
だのは、単なる雇用調整だけでなく、派遣法の規定にも起
因するものと推測できます。
 
 

2009年1月 5日 (月)

初登り 白山 妙見山

・日 時 : 2009.01.3(土) 曇り時々雨
        頂上付近積雪10センチ
・コース : 黒田庄町門柳 住吉神社
・一人旅

暮れから三が日は雪か雨、さすがに辛抱出来なくなって
近場を探したところ、黒田庄町の白山と妙見山が同時に
登れることを知りました。
白山は標高は高くありませんが、名前の響きと眺めがい
いことで、兵庫50山に入れられています。

(白山と登山口門林住吉神社)
Img_6374 Img_6328
石川県小松出身の友達が「越中立山、駿河は富士山、加
賀の白山、三国一よ!」とよく自慢していました。
あちらの白山は2,702mの霊峰です。

元旦の雪は兵庫中部にまで雪をもたらし、山頂に雪が積
もっていることを前提に、スパッツ・レインスーツ・軽アイゼ
ン持参です。
コースはまず「つえたて十字分岐」まで登り周遊コースで妙
見山622mに登り、白山(522m)山頂経由で元の門林の住
吉神社へ下山です。
Img_6331  Img_6333_2 
天候は曇り時々雨、登山道はシダが膝どころか腰まで覆
っていて、レインスーツを濡らします。
だらだらとした登りを重ね、尾根道を進み妙見山周遊コ
ースの「つえたて十字分岐」に到着です。
ここからは林の中を歩くため、上から雪解け水や氷が落
ちて、雨降りと変わりません。
妙見堂経由で、展望所から西脇・明石方面を望みます。

(妙見堂と妙見山頂上付近の展望所)
Img_6337 Img_6342
予想より雪も少なく、さらに進むと山頂で、所要時間は
休憩なしの1時間20分。
Img_6347  Img_6350_2
写真のように全く展望はきかない上に寒いので、白山山
頂経由で下山道を下ります。
Img_6349  Img_6354 
長い下りを40分進むと白山山頂で、ここからは東は丹波
の山並み、南は六甲や明石神戸が見渡せます。

(白山山頂と向こうは妙見山、東の山並み、南は町並み)
Img_6357 Img_6359
Img_6367 Img_6370
ここは元旦に初日の出を迎えるスポットらしく、山頂に
たき火の後が残っていましたが、記録ノートを見ると
天候が悪く、ご来光は無理だったようです。

時間も2時を過ぎ、北西の風に乗って雪も飛んでくるの
で、恒例の一人写真やスープ&ホットコーヒーも断念し
早々に下山しました。

天候が悪く、時間も正午スタートだったせいか、途中出
会ったのは男性1人だけ、本日の妙見山・白山の人口密
度は2.0人でした。
上からと下からの水攻めで、シャツやトレッキングシュー
ズまで濡らし散々な初登りでした。
もっとも、時期や時間の選択が悪いためで、この山の魅
力がない訳ではありません。

妙見山は兵庫に4山、有名な能勢の妙見山(660m)、但
馬妙見山(1,142m)、多可町中区の妙見山(693m)、
そしてここ黒田庄町妙見山(622m)です。

妙見信仰とは・・
妙見菩薩は北極星を神格化した菩薩で、国土を守り、災
害を除去し人の寿命を延ばすというわれています。
人の一生は天文と関係していると考えられ、北半球では
北極星と北斗七星がその中心とされています。

多可町の妙見山 伊佐屋三木のblog 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_d171.html

但馬妙見山  伊佐屋三木のblog  
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_71ee.html

 

2009年1月 4日 (日)

起承転結 独り言

ブログを書き始めてから、一応意識することがある。
記事や意見の紹介に終わったり、前日経験したことを記
すだけで終わるのは出来れば避けたい。
それを導入部として、話を拡げ、別のものと関連づけたり
することで、「話をふくらませる」ことである。
ゆえに私のブログは、よき理解者からも「長すぎる」「読む
のにしんどい」と批判を受けることがある。

新聞は大好きで、サンケイ以外の各紙に目を通す。
朝日「天声人語」、毎日「余録」、読売「編集手帳」、日経
「春秋」の一面コラムは必ず読むことにしている。
そこには、最近の話題をベースにした起承転結のお手
本があるから。
字数にして、500から600字、昔から原稿用紙二枚800字
以内に意見をまとめるのが、主流だったはずだが、最近
は短くなったような気がする。
書く人読む人、みな忙しくなったのだろう。

むかし国語の授業で、起承転結のお手本を教わった。
「本町二丁目糸屋の娘、姉は十六妹十四、諸国大名は
弓矢で殺す、糸屋の娘は目で殺す」。

意識はしているが、このパターンでまとめることが出来
た記事は、残念ながら数えるほどしかない。
「記録し、伝え、残す」という大それた目標にブログを使
おうなどと考えすぎて、自分で自分の首を絞めている。

これで約600字超、結が欠けたものになってしまった。
いつものパターンである。
やっぱ気楽に書こう!最後はここに行き着く。

 

 

2009年1月 2日 (金)

健・和・信・変

2日を調べると、書き初め、初荷、初夢、皇居一般参賀、
大学駅伝とありましたが、好きな大学ラグビーの準決勝
が国立競技場で開かれ、お昼から夕方までテレビ観戦
で夢中でした。

書き初めではありませんが、今年の目標や願いをそれ
ぞれ一字にしてみると表題の四文字になりました。
個人としては「健」、家族では「和」、ビズネスでは「信」
社会や政治の世界では「変」を挙げました。
少し付け加えると、ビジネスでは業界の一部が「偽」に
まみれたことに対し、「信」を大切にしたいと思います。
最後の「変」は、アメリカによる一極支配に終わりが見
えたと同時期に、日本でも永年続いた一党支配が終
止符がうたれることが現実になってきたことを指して
います。
時代の転換期に我々は生きていることになります。

2009年1月 1日 (木)

雪の但馬から 謹賀新年

新年おめでとうございます

大雪の予報でしたが、朝起きるとうっすらと雪化粧、昨年
元旦も雪だったような気がします

伊佐屋三木のblog 8年雪の但馬から謹賀新年 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_c011.html
みぞれ交じりの雪が夕方まで続き、あたりは水墨画のよ
うな世界です。
Img_6289_2 Img_6281_2
元旦朝は神棚にお灯明をあげ、二礼二拍手一礼でお参
り 、仏壇のご先祖様へのお参りの後、家族揃って挨拶。
10時からは府市場区の氏神様で、参拝の後賀詞交換。
午前中は新年の恒例行事で終わります。
夕方には、娘や孫達も揃って、賑やかなお正月です。

氏神 伊智神社
Img_6283 Img_6284
初春の一番手 蝋梅(ロウバイ)
Img_6293_2  Img_6295_2
雪椿(ツバキ)
Img_6290_2
     

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

神鍋山野草を愛でる会

道の駅神鍋高原

SUZURAN写真館

無料ブログはココログ