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2008年12月24日 (水)

但馬国分寺遺跡発掘調査 現地説明会

日高町国分寺の但馬国分寺跡で発掘調査進められてい
て、23日に現地説明会が開かれました。
あいにくの雨でしたが、考古学ファンが集まり、担当の前
岡学芸員から熱心な説明を受けました。

(説明会の様子と遺跡の全体  )
1 Photo
但馬国分寺跡は1973(昭和43年)から発掘調査が進めら
れていて、今年10月末からの第25次調査で、寺の東端と
される場所から柱の礎石や柱穴・溝跡から多数の土器が
掘り出されました。

遺跡の配置図 「j4.JPG」をダウンロード 

なかでも、「三綱」「僧寺」「養父」と墨書された奈良時代
後半(700年代後半)の土器の破片が見つかっています。
「僧寺」は「但馬国分僧寺」の略で、「三綱(さんごう)」は
位の高い僧侶を意味するものです。

(建物の礎石2カ所と南北溝  )
Photo_2 Photo_3
(掘立柱建物  )
Photo_4 Photo_5 
(今回発掘された墨書土器と木簡  )
25 25_2
付近には昔の調査で幅1.7mと全国でも屈指の井戸跡や
「大院」の文字が書かれた土器、「三綱炊屋(かしきや)」
と書かれた木簡も見つかっていることで、僧侶たちの食
事をつくる「大衆院(だいしゅいん)」がこの付近にあった
のがほぼ確定されました。

(以前発掘された木簡(複製)と墨書土器  )
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但馬国分寺の規模では、大衆院・三綱が寺務を処理す
る「政所院(まんどころいん)」も兼ねていたと考えられて
いて、今回、「三綱」が使っていたとみられる土器が出土
したことで、但馬国分寺東端の位置に大衆院があったこ
との裏付けとなります。

遺跡の今後の始末を尋ねたところ、調査を終えたので、
正月明けにも砂を入れ埋め戻してしまうそうです。
砂で埋めるのは、もし次回調査することになっても容易
に掘り出せるからです。

(但馬国府国分寺資料館のホームページ  )
http://www.city.toyooka.lg.jp/kokubunjikan/top.html

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(このコーナーは無料です)

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コメント

へぇ~。
考古学はちんぷんかんぷんです。
歴史は好きですがやはり知識の浅さには
反省します。
しかし歴史でも全ジャンルが好きという人も
少ないんじゃないでしょうか?
広く深いですもんね、歴史は。

投稿: 栄治 | 2008年12月25日 (木) 09時17分

100年計画の一環ですか、一帯を100年かけて買収すると言う話を昔聞きました。
庁舎なんか建てずに観光資源と文化財保護でそちらにお金をなんてわけにはいきませんよね。

投稿: 土建や | 2008年12月25日 (木) 17時17分

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