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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2008年8月

2008年8月29日 (金)

秋野菜の準備

 もうすぐ9月の声を聞きますが、夏野菜の片付けが始ま
り、秋の準備を始めます。
マルチのビニールや支柱を片付け、蔓や敷ワラを燃やし
有機石灰で土壌を中和し、土作りのため乾燥鶏糞・油粕
牛堆肥をすき込みます。
その後、元肥に化成肥料をすき込んで、種まきや苗を植
えるのですが、石油や原料の高騰で価格1.5倍から2倍
に上がり、農家にとって頭の痛い年になりました。
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スイカ・メロン・カボチャ・キュウリ・トマト・トウモロコシなど
が終わり、僅かにナスとピーマン・シシトウが秋になっても
収穫出来ます。
他に、春に植えても秋が深まらないと収穫できないものに
里芋・サツマイモ・ショウガが挙げられます。

秋から冬にかけての野菜は、マルチや敷ワラ・支柱を必
要としない替わりに虫との「壮絶」な闘いが不可欠です。
特にアオ虫とヨトウ虫・ダイコンハ虫・ネキリ虫には、相当
な被害が出ます。
少し油断をしていると、ハクサイ・キャベツ・ブロッコリーな
ど、青葉をレース状にしてしまうほどの食欲です。
こうして冬に向けて子孫を残すのに必死な虫と野菜の成
長だけでなく、器量の良さも気にする人間との闘いが冬
まで続くのです。

種まきは地温が25度を切る彼岸前が適期とされていまし
たが、種まきどころかもう苗が出回っています。
ただ、「秋野菜は、種まきが1週間遅れると収穫が1ヶ月
遅くなる」ともいわれるので気を遣います。
数回の消毒なしに、器量のよい野菜は取れることはまず
考えられず、虫が入っているくらいの野菜がより安全なの
はいうまでもありません。
「出荷するものと違い、家で食べる野菜はほとんど消毒を
しない」という話は、もはや冗談ではなくなりました。
こんな気楽なことを言えるのも、野菜作りが「業」でなく、
「遊」の気楽さからでしょうね。

2008年8月28日 (木)

証言記録 兵士たちの戦争

・2011年に地上アナログ放送が終了してしまう。
・2011年に家のテレビ2台を同時に換えるのは大変。
・地デジの受信が日高町でも11月に可能になる。
・ハイビジョン番組はとても綺麗。
・デジタル放送は、いろいろな情報がとれる。

こんなアメとムチの宣伝に乗せられて、居間を薄型テレビに
換えました。
今のところ、デジタル番組はBSだけですが、地上波の番組
をニュース番組以外、ほとんど見なくなりました。
もともと、バラエティ番組が嫌いで、BSハイビジョンの得意分
野である自然・風景・紀行・ドキュメントを楽しんでいます。

今週は「シリーズ 証言 兵士達の戦争」でに嵌りました。

<シリーズ 証言記録 兵士たちの戦争>

「無数の人命を奪い国土の多くを灰燼に帰したアジア・太
平洋戦争。
その敗戦から60年あまり、戦場体験を持つ元日本兵は大
半が80歳を越えています。
この番組は、高齢化が進む元兵士の証言を、NHKの全国
の放送局で収集し記録するシリーズ番組です。」

BShi で、これまでに放送した「証言記録 兵士たちの戦争」
を 8月26日(火)~8月29日(金)までに再放送しています。

8月26日(火)午後8:00~8:43
インパール作戦・補給なきコヒマの苦闘~新潟県高田・陸
軍歩兵第58連隊~(2008年7月28日放送)

8月26日(火)午後9:00~9:43
フィリピン・レイテ島 誤報が生んだ決戦~陸軍第1師団
(2008年2月28日放送)

8月27日(水)午後8:00~8:43
ガダルカナル 繰り返された白兵突撃(2008年3月26日放
送)

8月27日(水)午後9:00~9:43
沖縄戦 住民を巻き込んだ悲劇の戦場~山形県・歩兵第
32連隊(2008年4月30日放送)

8月28日(木)午後8:00~8:43
ペリリュー島 終わりなき持久戦~茨城県・水戸歩兵第2
連隊(2008年5月26日放送)

8月28日(木)午後9:00~9:43
ニューギニア ビアク島 幻の絶対国防圏~陸軍歩兵第
222連隊(2008年6月30日放送)

8月29日(金)午後8:00~8:43
フィリピン 絶望の市街戦~マニラ海軍防衛隊(2008年1
月24日放送)

それぞれ、昭和史や戦争記録で概略は知っていましたが
生き残った兵士の証言のリアルさと重さは相当なものです。

私の家でも、日中戦争の最中13年と14年に、伯父と叔父
の二人を中国大陸で失いました。
戦死も初期だったことで、地区を挙げての慰霊を受け、祖父
母は靖国の父と母として、神社参拝に招かれています。
遺稿を読んでも家族への思いや感謝、職務完遂の決意など
で、「本音」を知ることは出来ません。

敗戦後63年、戦場体験者は80歳を超える人ばかり、いま証
言するのは「傷が癒えたから」だけではなく、「知って欲しい、
伝えたい」という強い思いが感じられます。

夏は、戦争の現実と愚かさを知り、犠牲者を悼み、平和の誓
いを新たにする季節と心しています。

2008年8月22日 (金)

back softball

今日の朝刊は、昨夜の決勝戦で宿敵アメリカを破り、念願
の金メダルを獲得した女子ソフトボールの話題で持ちきり
です。
岸和田時代から通算して30年近くソフトボールに携わって
きた一人として、祝福したいと思います。
さすがにプレーヤーは無理ですが、審判員や協会事務局
としてお世話をしています。

ソフトボール独特の「ページシステム」という敗者復活戦を
含んだ変則トーナメントのお陰もあります。
シドニーでしたか、逆にこれでアメリカに金を持って行かれ
たこともありました。

表彰式が終わった後、日本・アメリカ・オーストラリアの3チ
ームの選手が集まって、黄色の試合球を並べ、「2016
と書き、「back softball」と叫んだことが、報道されまし
たね。
勝者も敗者も、ソフトボール競技が2016年のオリンピッ
クに復活することを願いアピールしたものです。

野球も同じですが、アメリカやアジアが中心で、世界的に
広がりのないマイナースポーツであるのと、ゲーム時間の
長さ、競技場の広さなどがネックとなります。
子供の頃から慣れ親しんでいる日本人にはそうでもありま
せんが、ルールの難しさは一番だともいわれます。
野球と違って、スピード感あふれるソフトボールはこれらの
ネックも小さく、もっと広がって欲しいスポーツです。

2008年8月20日 (水)

夏から秋へ 朝顔 月見草 芙蓉 萩

家の近くに流れる円山川沿いの堤防が、上郷橋から約
2.5kmに渡ってジョギングやウオーキング道として楽しま
せてくれます。
足を痛めてから、ランニングを控えて早歩きのウオーキン
グに切り替えました。
8月も半ばになると草花も朝顔と月見草が目立つようにな
ります。
Img_4479

Img_4472_2   
どちらも夏の季語として使われていて、朝の散歩には朝
顔が咲き、夜には月見草がお出迎えです。
私の行動時間である薄暗い5時過ぎには、どちらにも会
うことができます。

ここは別名「桜堤」というくらい、中段に種々の桜が植わ
っていますが、初秋から芙蓉・萩・モミジと秋の訪れを告
げ私たちの目を楽しませてくれます。
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2008年8月18日 (月)

ツバメのねぐら入り

話には聞いていた、「ツバメのねぐら入り」を見てきました。
春先からやってきて、巣作り・子育てで楽しませてくれた
ツバメも子の巣立ちを終えると、軒先から姿を消します。
そのツバメがお盆を過ぎると、日が沈む頃に群れをなし、
円山川の葭(よし)原に降りてきます。
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これを「ツバメのねぐら入り」と言い、夏から秋に向けての
風物詩として、愛好家には有名です。

西に日が沈み始め、あたりが暗くなるころ、無数のツバメが
上空に集まってきます。
その数は数万羽とも言われ、群れごとに一斉に河川敷の葭
原に降り、一気に見えなくなります。

(クリックして拡大しても、細かいごみに見えます  )

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年によって場所や時期が少しは変わるようですが、毎年こ
の時期に繰りかえされます。
円山川河口の豊岡と城崎の中間に当たる、右岸の野上地
区から玄武洞までの葭原が観察適地とされています。
他には出石川下流や城崎町戸島も挙げられます。
17日(日)でしたが、観察者は3組程度でしたが、いずれも
地元の方で、毎年楽しみにされているとのこと。
生憎大きな群れには会いませんでしたが、ねぐら入りの雰
囲気を味合うことができました。

このねぐらに集結した群れが最大になると今度は、南に向
けて一斉に旅立つそうです。
渡る時期は日の長さで、渡る方向は太陽や星の位置から
決めていると考えられています。

鳥や獣の最大の敵と言われる人間を信じ?カラスや蛇など
の外敵からの攻撃をしのいでの子育ては目にしますが、巣
立ち以降の生態はあまり知られていませんね。

2008年8月10日 (日)

平和への祈り

戦争の悲惨さを伝え、平和を願う朗読劇・豊岡2008 
「祈りー1945」を夫婦で鑑賞してきました。
(当日配布のパンフより ↓ )
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20~60代の男女16人が、戦時下の服装で、広島・長
崎の原爆を題材に、被爆者の手記や峠三吉らの原爆詩
を台本に取りいれ、被爆時の映像や故郷をテーマとする
音楽や照明を効果的に入れ、思いを込めての朗読でした。
休憩無しの1時間半が短く感じられる迫力でした。
子供や若者からお年寄りまで、幅広い参加者もうれしく
感じられます。

63年前の今日8月9日は長崎に原爆が落とされ、7万4千
人が亡くなり、7万五千人の人が傷つきました。
会場入り口では、長崎の被爆直後の写真が展示されてい
て爆風で首が吹っ飛んで逆さまになった浦上天主堂のキリ
スト像は印象的でした。

昨年、文教府夏期大学講座に参加したとき、講師でジャー
ナリスト江川紹子さんの言葉を思い出しました。

『米でも放映された話題のドキュメンタリー映画「ヒロシマ
ナガサキ」の冒頭シーンで、東京の繁華街で日本の若者
たちに「1945年8月6日に何が起こったか?」との問い
かけに、「わからない」「知らない」「歴史は苦手だから」と
答える場面にショックを受けた。
広島・長崎の慰霊祭に核保有国代表がほとんど来ない。
戦没者慰霊祭での安部総理(当時)の挨拶で、「祖国の
ために心ならずも命を落とされた」から「心ならずも」を敢
えて削った姿勢や歴史認識に危険性を感じている』

私も、つい先頃この映画を見てショックを感じました。
場所は渋谷か新宿の繁華街で、今時の若者達でした。
この若者達を「ばか者」と呼ぶのは簡単ですが、少なくと
も、そういう状況が存在していることに強い危機感を持
つべきですね。
「国を愛するこころ」を言う前に、「戦争を憎み、平和を愛
するこころ」がもっと大切だと思います。
そういう意味で、失礼ながらどこにでもいる平凡な主婦や
市民が集まり、周りの協力の下に、自分たちで台本を作
り、朗読劇にすることで、「平和への願い」を発信されて
いることに頼もしさを感じました。

島根大学生の頃、夏休みを原水爆禁止の運動のため使
い、広島の世界大会に参加した充実感は、「夏が来れば
思いだす」記憶の一つです。
この気持ちを何時も持ち続けるため、ブログに「九条の会」
をリンクさせています。
http://www.9-jo.jp/

NHKが1月から「シリーズ証言記録 兵士達の戦争」を放送
しています。
昨夜は、BSハイビジョンで「オーストラリア捕虜収容所 カウ
ラの大脱走」でした。
「戦陣訓」にある「生きて虜囚の辱めを受けず」この精神の
悲劇を物語るものでした。
(戦陣訓については ↓ )
http://archive.hp.infoseek.co.jp/senjinkun.html
これを訓令した本人、東条英機が敗戦時にピストル自殺を
図ったものの死ねず、「生きて虜囚」となったのは皮肉な結
果でしたが、これを知って捕虜だった人は、気持ちが救わ
れたそうです。

もう戦場体験者は80歳を超える人ばかり、いま証言するの
は「月日が経って傷が癒えたから」だけではなく、日本や世
界の現状を見て、「知って欲しい、残しておきたい」気持ちが
大きいのではないのでしょうか?

最後に、本日10日BShiで21時から「レイテ決戦」が放映さ
れます。
観忘れた人は、NHK総合で15日にも放映されます。
1944年10月、日本軍の敗色濃い中、太平洋戦争の天王
山と位置づけられた残酷な戦闘の証言記録です。
大岡昇平 「レイテ戦記」の世界が甦るはずです。

2008年8月 9日 (土)

市議会議員定数削減問題

豊岡市で議員定数について意見聴取が行われ、このほ
ど結果が発表されました。
提出された意見は131通、そのうち6割は現行の30人
を20人から25人まで減らすべきとの意見でした。
市域が広いことで、現状の30人を推す意見もあります。

周辺1市5町が平成17年4月に合併したとき、市長と市議
は同時選挙するのが当然でした。
それを市町長と市町議会議員の馴れ合い、お手盛りで半
年間の在任特例を採用し、なんと96人が市会議員として
半年居座ることになりました。
議場は統合して、使わなくなった高校の体育館を借りて使
うほどでした。

いろいろな組織がこれに反対しましたが、中止に追い込む
ほどの運動が出来ず、在任特例後は、地方自治法に定め
る上限の30人を採用し、10月末に選挙を行いました。
これで半年間議員歳費増という無駄と、同時選挙で節約
出来るはずの選挙諸費用が発生するという二重の無駄を
生む結果になりました。

私も、メールで意見を言わせてもらったので、以下内容を掲
載しておきます

豊岡市議会 議会改革委員会 御中

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<適当と考えられる定数 >      24名

<理由>

①合併時の30名は、最大定数を採用していて多すぎる。
 (その前に在任特例で、96人の任期延長さえしている)
②財政が厳しい時期に、まず定数減を実現すること。
 その範囲も1割程度ではなく、2割は必要である。
③豊岡市の財政再建は、合併で水ぶくれした職員の人件
 費削減なくして成り立たない。
 それを実現するためにも、議会がまず身を削る努力をす
 べきである。
 それなしには、市当局に対する「圧力」にもならない。
④「議員数を減らすと、住民の声が届かなくなる」との意見
 もあるが、旧市町や旧地区の利益代表のような選出形態
 に問題がある。
 全市的な立場で物事が考えられる“高い志”を持つ人に市
 政を委ねるべきで、議員の多寡で決まるものではない。

2008年8月 8日 (金)

出穂(しゅっすい)時期です

5月21日に田植えした裏の田んぼの稲に、穂が出始めま
した。
(出穂です ↓ )
Img_4170_2
7月はじめに中干し、中間肥を施し、中旬に穂肥をやって
間断灌水に努めていると、8月初旬に穂が出始めます。
間断灌水とは、浅水で3日程度灌水し、2日程度落水して
再び灌水を繰り返すことです。
土壌中に適度な水分と酸素を与え、根の活力を維持する
ことを目的とします。

穂が出そろうと、写真のように花が咲き、雄しべの花粉が
風の力で運ばれて、雌しべに付いて受粉する自家受粉が
行われ、やがてお米に成長します。
(稲の花です 白いのが花粉 ↓ )
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当家では9月の中頃に稲を刈り、新米が誕生します。
成長が早く、面積当たりの収量も多く、他の作物のように
連作障害がない稲作は日本にはうってつけの作物です。
偉そうなことをいいますが、私は耕耘・田植え・稲刈りの機
械仕事をすべて人にお願いし、施肥(元肥・中間肥・穂肥)
と除草・水管理だけの一反弱のお百姓さんです。
粉物の値上がりで、脚光を浴びている稲作ですが、原油高
の影響からか肥料が1.5倍~2倍に値上がりし、売値は変
わらないので、経営環境は厳しいと聞きます。

2008年8月 7日 (木)

平成の大政奉還

昨夜、民主党の講演会に参加してきました。
別に民主党のファンでもありませんが、兵庫5区では残念
ながら自民と民主の二者択一しかないのと、菅直人代表
代行に興味を持ったのと今週は独り身なので、友人を誘っ
て、ノミュニケーションも兼ねて出かけました。
つまり、「敵は本能寺にあり」を地でいったところです。
菅さんは二年前でしたか、年金未払い問題もあって、坊主頭
で懺悔?の遍路旅も経験しましたね。

さすがにネームバリューの大きさか、椅子席は満員で立ち見
が100人を超す盛況でした。
Photo
35分程度の話でしたが、中味は「官僚支配の打破」と
「地方分権による活性化」が中心でした。

・明治維新後40年は、国の隆盛、列強の仲間入り → 
 次の 40年は戦争、敗戦 その後の40年は、復興・高度
 成長、最近の20年を見ると、 このままでは第二の敗戦で
 衰退の道となる。
・福田内閣は改造後も何をしたいか見えてこないし、年末解
 散に追い込まれる。
 前回、0勝12敗の兵庫で8つは勝ちたい。
・今度の総選挙は、官僚支配の政治から国民の手に取り戻
 す「大政奉還」の選挙である。
・農業、林業、漁業の第一次産業に目を向けて、大胆な政策
 転換で、仕事を増やし、地域を活性化させるべきである。
・国が行っていて、地方に移管すべき道路・河川行政などを
 地方に任せられるものを移す地方分権を進める。
・財源は国や地方、関連団体の膨大な資金使途を見直し、
 無駄を止めさせ、工夫することで賄う。

表現は正確でないかも知れませんが、こんな感じでした。
さすがに話は上手で、立ち見でも退屈はしなかったです。
菅さんの話が終わると、すぐに豊岡の街に繰り出したこと
は言うまでもありません。
その後お話しされた予定候補者のKさん ごめんなさい。

 

2008年8月 6日 (水)

東床尾山 839m

暑気払いは、ともかく「暑いところで精一杯体を動かし、汗
をしっかりかく」と決めていて、足を痛めている関係で、マラ
ソンに替わって、今年は山遊びに決めました。
兵庫50山の中、但馬が14でそのうち半分を登っただけで
これからピッチを上げていきます。

北アルプス初挑戦に備えて、和田山町と出石町に跨る東
床尾山に登ってきました。

Img_3600
真夏日を越え、猛暑日が続く中、和田山町糸井渓谷から
スタートです。
駐車場から少し歩くと、きれいな水洗トイレを備えた登山口
があり、「糸井の大カツラ」が迎えてくれます。
樹齢2,000年、高さ35m、国の天然記念物に指定されて
いて、その迫力は見事なものです。
Img_3605  Img_3606
周りは広くロープで囲われていて、見物客が木の根を踏んで
痛めないよう配慮してあります。

まず、東床尾山に登り、西床尾山に縦走し、羅漢谷を下り
もと来た登山口へ帰る予定です。
Img_3617  Img_3618
登山口から渓谷沿いの道や杉林を抜けて進むと、途中精
錬所跡がり、山頂付近には、16年の台風23号で倒壊した
山小屋が無惨にも横たわっています。
Img_3636 Img_3625
そこから少し下り登りすると東床尾山頂上です。
ここの展望は雄大で、お腹がすいたのを忘れて、しばし眺
めに魅入ってしまいます。
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Img_3629 Img_3631

北東に大江山、東や南の方向に蘇武・妙見・氷ノ山が見渡
せます。
遠くに日本海も望め、近くは出石の市街地や但馬空港。

山頂のぐるりにヒペリカム(オトギリソウ)が人工的に植えら
れていて、その黄色の花を見ると、折角の自然が・・・・・と
複雑な心境です。
Img_3628 Img_3633_2

山頂に上がる前に、西床尾に向かう4人組の男女と会った
だけで、下山までやはり一人でした。
真夏の熱気で大気が不安定になったのか、一気に雲が出
て、雷が遠くで鳴り始めました。
天気の急変で、西床尾山縦走を諦め、下山することにしま
した。
半ば下った時、雨と雷の両方が始まり、大慌てです。
登山口の大カツラ近くになると、雨も本降りとなりやむなく
トイレでの雨宿りです。
いくらきれいと言っても座る場所もなく、居心地もいいわけ
もなく、小止みになったのを見計らって、駐車場までひた走
り車に逃げ込みました。
山頂付近であった4人組は、西床尾山頂付近で悪天候に
遭遇したはずと案じていたら、羅漢谷入り口付近でびしょ
濡れの皆さんに出会いました。
雨はともかく、山での雷は生きた心地がしませんね。

春に痛めて定期的に水抜きをしている左膝もサポーターの
お陰か痛みもなく、トレーニングとしてまずまずでした。
予定していた西床尾山への縦走が実現せず、残念ですが
近くなので、東西床尾の完走を果たしたいと思います。

2008年8月 5日 (火)

瀞川山 (とろかわ山) 1,039m

豊岡市が全国一の38.4度を記録した日曜日、久しぶり
の山行きです。
場所は但馬西部美方郡香美町で、兎和野高原近くの「木
の殿堂」から登山開始。
Img_4165Img_4164_2
山と言っても、寝そべった牛の背中と表現されるように、と
んがりがないのが特徴ですが、兵庫50山の一つで、1,0
39mの高さがあり、頂上からは、北西に蘇武岳、東に妙
見山、南方向には鉢伏山氷ノ山、遠くには須留ケ峰など
1,000mを越える但馬の連山が一望できます。
もっともスタート地点の木の殿堂の標高は約600m、高度
差は500mししかなく、1時間半もあれば頂上到着です。
兎和野高原の気温が32.6度ということは、山頂は3度低く
て28度で涼しく感じられます。

登山道は広く手入れが行き届いて、二人並んでゆっくり歩け
るほどです。
Img_4086 Img_4087
多分、兎和野高原野外教育センターを訪れる子供達が登
るように整備しているのでしょう。
クヌギやナラ林の木漏れ日の道をゆっくり上ると、十石山
頂に到着し、ここはまるで展望はきかず、すぐに尾根伝い
をアップダウンしながら進むと但馬には珍しい落葉松
(カラマツ)林が続く林道に出くわします。
(左 落葉松、右 杉林です)
Img_4099_2

但馬高原林道の氷ノ山・瀞川線で広く整備され、自家用車で
も登れるようになっています。
愛想のない林道を10数分進むと、瀞川山頂の標識が見え、
再び林に戻り少し登ると山頂到着。
Photo_11
北と鳥取方向の西を除く、200度近い展望がすばらしい。
眼下には村岡の町並みとハチ北スキー場 や民宿群、棚田・
段々畑が見渡せます。
(蘇武岳)             
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(妙見山)
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(鉢伏山・氷ノ山)             
Photo_16
(村岡民宿街)
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遅い昼食と転た寝とで1時間半逗留する中で、2組のカップ
ルに会いましたが、姫路と日高の方で、いずれも車で登って
きた様子で、汗を流して登った私に申し訳なさそうな気配で
した。
相変わらず但馬の山は「過疎」状態で、もったいないですね。
林道は、その名の通り氷ノ山から鉢伏・ハチ北・瀞川から兎
和野高原に抜ける幹線林道です。

高原林道に関しては ↓
http://web.pref.hyogo.jp/af25/af25_000000003.html


還暦も過ぎると、単なる「自然破壊」とは思えなくなります。
手軽に但馬の自然に親しむ方法として、「これもありかな」と
感じさせられました。
カラマツが落葉する晩秋に訪れたいものです。
以下、山で会った草花を紹介します。
Photo_14 Photo_15   
Photo_10 Img_4151

2008年8月 3日 (日)

小豆が生えそろいました

合歓の花が咲く19日に植えた小豆が芽を出し、生え揃
いました。
Img_4071
植えてから雨が無く心配しましたが、先週末の雷雨のお
陰もあっての生育です。
小豆はこれから3度にわたって土寄せを行い、秋じまい
の収穫期を迎えます。
充分に実った豆を収穫し、豆かちで莢からだし、日和を気
にしながら、天日干しを重ね、夜なべ仕事で実をより分け
て、できあがりです。
それを赤飯・ぜんざいやお正月の餅餡に使います。
ジャガイモの後作として、必ず植えられていた小豆ですが
黒豆とともに転作作物としても重宝されています。
小豆はF1種と違い、昨年獲れたものの中で大きくてよい
ものをタネとして使います。
元は大納言種ですが、今年は岡山で収穫されたより大き
なものを種として使用しました。 

2008年8月 2日 (土)

僧 月性 壁に題す

NHK大河ドラマ「篤姫」が人気ですが、かくいう私も毎週
欠かさず見ています。
チャンスは日曜は、午後6時(ハイビジョン)・八時(総合)
10時(BS)、翌週土曜1時過ぎ(総合再放送)と4回。

先週は大老井伊による安政の大粛正に追われる西郷と
勤王僧 月照が取り上げられました。
この月照は、幕府の勤王狩りに追われて、西郷と共に錦
江湾に入水自殺し、亡くなったが、西郷は奇跡的に一命
を取り留めました。
同一人物と勘違いしていましたが、もう一人月性がいて
こちらの月性には若い頃思い出があります。
島根大学に入った昭和41年頃、一年先輩のYさんが近
くの丘で毎日大声で吟じていたのが、月性の漢詩。
将東遊題壁(将まさに東遊とうゆうせんとして壁に題す)

男児立志出郷関 
学若無成不復還 
埋骨何期墳墓地 
人間到処有青山

男児(だんじ)志(こころざし)を立てて郷関を出づ
学、もし成るなくんば、また還らず
骨を埋(うず)む、何ぞ期せん墳墓(ふんぼ)の地
人間(じんかん)到る処(ところ)青山(せいざん)あり

故郷を後にして学ぶ志に対して深い感動を覚えました。
夜9時を過ぎると轟くYさんの吟声に、近所から苦情が出
るくらいでしたが、なぜか彼はこの詩だけを吟じました。
バンカラ好きで、学生服に破帽高歯・無精髭をのばし、破
れ帽を被り、足駄を履き、そして腰には手ぬぐいを下げて
歩いていました。
そんな彼が、学成り職を求めたのがなんと私学の女子高
校の化学教師だったのは、サプライズでした。

詩吟では、次の読み方だったと思います。

「男子志を立て、郷関を出ず
学もし成らずんば死すとも帰らず。
骨をうずむ豈ただ 墳墓の地のみならんや
人間いたる処青山あり」

送別の宴などで、よく吟じられる詩のようですが、このような
気概を持つ人はなくなりました。

2008年8月 1日 (金)

青葉の笛 「花や今宵」の歌

唱歌「青葉の笛」の歌詞一番は、平敦盛でしたが、二番は
高名な歌人でもあり、一の谷の戦で討ち取られた、清盛の
異母弟、平忠度の「花や今宵」の歌がテーマです。

平家が都落ちした時、忠度は途中で京都に引き返し、師
で<千載集>の編者である藤原俊成にこの歌を託したこ
とを言います。

【行き暮れて 木の下陰を宿とせば 花や今宵の あるじ
ならまし (忠度)】

討ち取った武将は忠度と知らなかったのですが、矢を入れ
る箙(えびら)に結び付けてあった歌をみて忠度と知ったの
です。

♪ 更くる夜半に 門をたたき
   わが師に託せし 言の葉あわれ
    いまはの際まで 持ちし箙(えびら)に
   残れるは 花や今宵の歌 ♪

話は変わりますが、後世になって忠度はよく知られます。
名を「ただのり」と読み、官名が「薩摩守」であったことで、
無賃乗車(ただ乗り)のことを 「薩摩守を決め込む」 と
言われるようになりました。
このたとえは少し知恵がいりますが、煙管(キセル)もな
かなか洒落ていますね。

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