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2008年7月26日 (土)

蓮生寺 熊谷直実 青葉の笛

加藤清正に由来する「清正公大祭」に続いて由来シリーズ
ですが、私に住む豊岡市日高町に熊谷山「蓮生寺」があり
ます。
Img_4066
その名の通り、熊谷直実に由来する浄土宗の名刹です。
直実は源平の頃の頼朝のご家人で、一ノ谷の合戦で平家
の公達、平敦盛を討ち取ったことで有名です。

平家物語には、『良き敵を探し求めていた次郎直実は、波
打ぎわで、平家の貴公子平敦盛を呼び止め、一騎打ちをし
て首を取ろうとすると、ちょうど自分の子ぐらいの年だった。
直実は、一瞬敦盛を逃がそうとしたが、背後に味方の手勢
が迫る中、「同じことなら直実の手におかけ申して、後世の
ためのお供養をいたしましょう」といって、泣く泣くその首を
切った』という話が有名です。
これには、先ゆく船に乗らんとして馬で乗り入れて進んでい
る敦盛が「敵の将が後を見せて逃げるのか」という直実の
挑発にわざわざ戻ってきて、一騎打ちに応じる健気さと潔さ
、平家一族の哀れさ儚さが読む人の心をうちます。

このことがあってから、直実の仏門に帰依する思いは、いっ
そう強くなり、後に出家して法然上人の弟子となり、全国に
縁がある寺の中で、蓮生坊が大如院と号する庵をむすび念
仏道場としたのがこの寺の由来だそうです。
Img_4067

「青葉の笛」は、このとき敦盛が身につけていたものです。
この物語を題材にした歌が、唱歌「青葉の笛」です。

♪ 一の谷の 戦いくさやぶれ
  討たれし平家の 公達あわれ
  あかつき寒き  須磨の嵐あらしに
  聞こえしはこれか 青葉の笛 ♪ 

これを作曲したのは、但馬のすぐ隣、鳥取岩美町出身の
童謡作曲家 田村虎蔵です。

(田村虎蔵については ↓)
http://www.pref.tottori.lg.jp/dd.aspx?menuid=89650

ついでに言わせてもらうと、この歌は映画「無法松の一生」
にも出てきます。
無学で乱暴者の車夫松五郎が恋心を抱く未亡人の一子、
敏雄少年が小学校の音楽会でこの歌を一生懸命唄います。
この映画で、この歌を知ったというのは、私以外にもいらっ
しゃるでしょう。
もう一つついでに言うと、唱歌「青葉の笛」の二番には、平
家の武将で、歌人でも有名な平薩摩守忠度の「花や今宵」
の歌が出てきます。
これについてはまた後日紹介します。

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コメント

いや~勉強になりました。
偶然にも昨日おじゃましたお客さんの
床の間に蓮生寺さんの掛け軸が。
聞くと檀家さんみたいで。
僕はてっきり蓮の字が入っているので
日蓮上人のお寺かなぁ~と思ってました。
しかし掛け軸には「南無阿弥陀仏」
あれ?なんで南無妙法蓮華経じゃないんだろう?
と思ってましたが、謎が解けました。
ありがとうございました。

蓮生寺は私の実家の斜め前にあり、小学校時代の放課後は殆ど本堂前の広場で遊んでいました。いたずら盛りの悪童で、随分ご迷惑をおかけしたと思います。何しろできたばかりの塀の白壁に野球のボールをぶつけて一人キャッチボールをしていましたから。しかし当時のおかみさん(現住職のおばあさまに当たります)はいつもやさしかったことを覚えています。蓮生寺の本堂横の客間から眺める円山川の風景は絶景です。私の心の風景です。

蓮生寺第21世現住職は私の甥です。
蓮生寺の歴史、伊佐屋三木のブログで、改めて勉強させて頂きました。
私は吉田公一さを思い出せませんが貴方は私を覚えていますか?
                   格

村尾格さま
コメントありがとうございました。
蓮生寺さんのご出身ということで、失礼ながら高校の名簿で調べさせていただくと、豊高4期の大先輩のようですね。
吉田君は私と同じ18期で、子どもの頃、蓮生寺さんで遊んだのが懐かしいようですね。

格はたしか「イタル」と読むのではと思います。このお名前はおぼろげながら覚えているのですが、お顔の方は記憶にありません。私の5歳上の姉が13期で貴方の弟様の「タカシ」さんと同期のはずです。(漢字の方は失念しました。失礼!)「タカシ」さんはよく憶えています。私が子供のころ、蓮生寺にはクロ(?)という犬がいて、私の友達でした。クロが死んだ時は辛かった思い出があります。先代住職と私の叔父一三(カズミ)とは同級です。もう一人の同級生で、蓮生寺の真向かいの高階憲司様が先日お亡くなりになりました。私の叔父も割に早く他界しました。近所の同級生3人があの世で酒でも飲んでいるかも知れませんね。

私の弟、卓でタカシと読みます。その卓との間に、私の6歳下の妹は城崎の旅館に嫁ぎ女将をしています。
一三さんはもしかして国鉄にお勤めではなかったでしょうか?
貴殿は三洋電機にお勤めですか?(名簿で確認しました。)
三洋電機(岡山勤務)に私の同期の竹内文也が勤めていたのですがご存じないでしょうか。

格様
確かに三洋電機に勤務していました。兵庫県加西市の工場勤めが長かったので、竹内様は存じ上げません。岡山には三洋の工場はありませんので営業部門に勤務されていたのではと推察します。城崎の旅館は山本屋さんと記憶しています。昨年現住職の母上と山本屋の女将さんの話もしました。もうすぐ彼岸。墓参りに帰るつもりです。といっても、宵田の家にはだれもいないのですが。

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