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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2007年12月15日 (土)

たまご考

 卵は物価の優等生で昔の価格とほとんど変わらないと
言います。
お弁当のおかずにも焼くか茹でるか綴じるかしてほぼ毎
日登場します。

昔は我が家でも放し飼いで、その後はケージに入れてニ
ワトリを飼っていました。
野菜くずと糠を混ぜるのですが、卵をよく生むのと質が
よくなるといって、ドジョウを加えたりしたものです。
ドジョウは裏の水路で獲れ、子供の仕事でした。
卵はは自家消費でなく売ってお金に換えることができる
貴重なものでした。
時代も進み自家消費だけになりましたが、玉子に醤油と
調味料少々を加え、熱いご飯にかけて食べるのがご馳走
で、今でもちょくちょく頂いています。
そのころ病院見舞いとなると滋養のつくもの、貴重なもの
として玉子を持参することが多かったのですが、その後
果物に変わり、今ではお金が中心になりました。

 豊岡市に唯一と言ってよい行列のできる店があり、週刊
誌にもブログにも結構取り上げられています。
場所は但東町のシルク温泉と福知山に抜ける登尾峠の中
間地点で、店の名は「但熊」と言い、新鮮野菜を売る「百笑
館」と隣接しています。
メニューは「玉子かけご飯」350円也、一品だけです。
安全な飼料で育てた新鮮な玉子を有機農法で作ったお米に
かけ、特製の醤油だれを加えて頂きます。
(NET検索で 但熊 と入れればいっぱい出てきます)

 旅行などで旅館に泊まると、朝は焼き魚、焼き海苔、お汁
漬物そして生卵はつきものでした。
いつの頃からか、玉子は茹でてあったり、焼いてあったりし
て生卵が出ることはほとんど無くなりました。
聞くと若い人はほとんど卵かけご飯を食べないからだそうです。
そういえば我が家も子供達も卵かけをしなかったなぁ。
彼や彼女にとっては卵はご馳走ではなくなったのでしょう。

卵にいろいろな思い出を持って育った世代には、シンプルで
美味しく、気持ちを豊にしてくれる食べ方として卵かけご飯は
欠かせません。
先ほどの店でも卵だけで売っていた時期は、さほど評価を受
けませんでしたが、卵かけご飯として一工夫したとたん大賑わ
いです。
中高年にとっては懐かしく、若い人にとっては素材重視の珍し
い食べ方が受けたのでしょうが、これを機に朝の卵かけファ
ンが増えるとうれしいですね。

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グルメ・クッキング」カテゴリの記事

コメント

私もたまに無性に卵かけご飯が食べたくなるときがあります。
一工夫して商売繁盛、見習うところがあるのでしょうね。

なるほど。考えさせられるブログですね。
お見舞いなんかに卵を持っていったりしていたのは聞いたことはありますが。確かに今では当たり前なんですが、いかに貴重品かを改めて考えさせられました。
ちなみにうちのかみさんの実家は鶏を何羽か飼っていて毎日新鮮卵を食べています。
昔は良く見られる光景だったんでしょうね。

izayamikiさんの○○○考は面白いですね。
初代ブログの「マラソン考」はとても共感しました。

http://izayamiki.exblog.jp/d2006-08-23

「焼酎考」と「家庭菜園考」、栄治さんも興味あるでしょう「子育て考」をリクエストしまっす。
よろしくお願いします。

私も但熊の卵ご飯を1度食べたいと思っています。
この前行ったときは一杯せしたので・・・
でも卵かけご飯はうちの家族は皆好きですよ。

「たまご考」読みました。懐かしい思い出がいっぱいあり、当時は栄養源として貴重なものでした。良質な卵を生産させるため、田舎では裏の小川でサンナイ貝やタニシを採って来て、それを金鎚で細かく砕いて餌に混ぜ、(その他の貝殻も同様)カルシュウムの補充をしていました。また卵の親は祖父など遠来の親戚が来るとその数が減って、鶏スキ鍋の材料になっていました。通常、卵は黄身が一つ入っているが、まれに二つの黄身が入っている卵があり、大変得をした気分になった思い出があります。現在養父町で黄身が二つ入った卵ばかりを売っている店があるそうで、私なら少々値段が高くてもこれを食べて幸せな気持ちになる方を選びます。

suzuranさん コメントありがとうございます。
昭和16年生まれで、卵に対するより深い思い入れを感じました。そういえばすき焼きは鶏肉と決まっていましたが、それはそれは大変なご馳走でした。
知らぬうちに消えていった親鳥を処分するところは子供には見せなかった親心が感じられます。
母や父は肉を食べるのを遠慮して、ほとんど食べさせてくれていたのを、子供心ながら覚えています。

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