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愛犬ハル

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    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

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2007年10月

2007年10月31日 (水)

トップリーグ初戦結果=神戸の勝利

 日曜の試合結果です。
東芝・サントリー・ヤマハ発動機・トヨタに並び神鋼・NECの
有力チームがトップリーグ優勝を争うとともに、ベスト4で争
うマイクロソフトカップ出場を狙います。
初戦の神戸対NECは結果として36対21で神戸製鋼が勝
ちました。

(後半の途中経過です  )

Photo
試合は両方で8トライを獲得して、おもしろい展開でした。
フォワードが相手スクラムを押し込みボールを奪ってのト
ライ、モールを押し込んでのトライがあり、バックスによる
つなぐトライ、個人技を生かした突破力によるトライなど
多彩なプレーが見られました。


(ラインアウト フォワードによる空中戦  )
Photo_2
ラグビーはトライが5点、その後のコンバートが成功するとさ
らに2点が追加され、ペナルティキックの成功3点で争われ
ます。

(トライの後のゴールキック成功です  )
Photo_6
ワールドカップの影響で開幕が遅れ、これから過密スケジュー
ルで 、5ヶ月間の戦いが始まります。

2007年10月29日 (月)

ラグビートップリーグ開幕

 NEC関連会社の友人からトップリーグの観戦チケットを
3枚もらい、帰郷していた娘達と一緒に花園ラグビー場に出
かけました。
対戦相手は神戸製鋼スティーラーズで開幕にふさわしい好
カードです。
(トップリーグについては 日本協会 ↓ )
http://www.rugby-japan.jp/
普段は地元兵庫をホームとする神戸製鋼スティーラーズを
応援するのですが、このチケットはNECグリーンロケッツの
応援チケットなので、この日ばかりは宗旨替えし、受付で応
援グッズをもらってNECサイドの応援となりました。
秋晴れのすばらしいお天気で、開幕を待ちかねたラグビー
ファンの家族連れが多く訪れていました。


ラグビーがお酒の次に好きです

 観戦しておもしろいスポーツで、ラグビーに勝るものはな
いというのが私の持論です。
観戦歴は岸和田在住の時から始めて、30年を越えます。
豊岡にUターンしてからも、毎シーズン観戦を続けています。
同好の士を無理矢理募り、花園・西京極・宝ヶ池球技場・神
戸ユニバー競技場・神戸ウイングスタジアムのどこかに出か
けることにしています。
(秩父宮と並ぶラグビーのメッカ・花園ラグビー場です  )
4
そのせいでか友人や家族にラグビーファンができました。
正月2日の大学ラグビー選手権準決勝などは、正午からテレ
ビにかじりつき、気がつくと夕方になっているくらいです。
 今年は4年に一度のワールドカップがつい先日まで、フラン
スで行われ、南アフリカがイングランドを破って優勝しました。
日本でも国際的にもサッカーほどの競技人口もなく、ファン
も多くはありませんが、ヨーロッパや南半球の英語圏では
盛んなスポーツです。
もともとサッカーから生まれたスポーツで、ゲーム中ある少年
が、ボールを持って走り出しそれを追ってゲームが続けられた
ことで生まれました。
それを記念して、優勝杯は「エリス杯」と呼ばれています。
ルールは難しいようですが案外簡単です。
ボールを前に投げたらダメで蹴るのはOK、ボールを持ったプ
レーヤーは、タックルされたらすぐに離さなければならない。
サッカーと同じく先回り・先待ちを禁止するオフサイドルールも
あります。
(ラグビーについては  )
http://www.sports-rule.com/rugby/

次回は今シーズン初の観戦レポートをお伝えします。

2007年10月28日 (日)

メモリアルマークⅧ

 このシリーズもいよいよ「ラス前」を迎えました。
河川国道管理の元締めである国土交通省豊岡事務所前
で、不名誉の記録そのものですね。
国道312号豊岡市内で、ここから城崎温泉に向かいます。
「国土交通省近畿地方整備局豊岡河川国道事務所」の
ホームページは こちら クリックすると開きます。
http://www.kkr.mlit.go.jp/toyooka/
単なる行政情報だけでなく、但馬に関するいろいろな情報
が載せられています。
円山川ライブカメラでは、自宅近くの上郷橋カメラもあり
散歩やランニング姿の私が写っていることもあるかも。


Img_0032_2
 次回はいよいよ最終、私の会社がある日高町浅倉地区。
最初でもお伝えしましたが、2名の方が亡くなりました。

2007年10月27日 (土)

小山 譲 作品展のご案内 

上郷在住の画家、小山 譲 君の個展が開催されます。
彼とは幼稚園から高校までの同級生で、私のブログから彼
のホームページも見られます。
秋の作品展円山川の四季と題し、自宅アトリエで
11月1日(木)~6日(火)までの6日間開催されます。

アトリエ小山の場所は 
「map.jpg」をダウンロード

(案内の葉書で、上郷橋・河畔林と山々の冬景色です  )
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常設の自宅兼アトリエは江戸時代前期に建てられたと言い
伝えられている古民家です。
上郷でも屈指の旧家であったことが分かります。
ギャラリーの真ん中を、民家としては最大級の60cm以上の
梁が貫いています。  

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3
個展と言っても堅苦しい雰囲気はなく、結構お客も多いの
で、気楽に訪れてみて下さい。
三木のブログを見たと言ったら、自慢のコーヒーを出して
くれるはずです。(言わなくても多分・・・)

アトリエ小山」のホームページは ↓ 
http://www.mimir.ne.jp/~atorie_k/index.htm

2007年10月25日 (木)

コウノトリ但馬空港から行く東京

 29日(月)に派遣事業の所属団体交流会が東京で行わ
れます。
普段は電車なのですが、今但馬空港のキャンペーン中と
知り調べてみると、なんと一泊往復航空運賃込みで、25,
800円のプランがありました。
ホテルは都心の便利なところで朝食付きです。
但馬空港発10:10分 大阪伊丹空港乗り換え 羽田着
12:40帰りは逆で、17:40分但馬空港、 自宅には18
時に着きます。

コウノトリ但馬空港については ↓
http://www.tajima-airport.jp/

 ジャルセールス西日本の利用促進企画に、豊岡市在住
もしくは勤務の者に6,000円の補助が出るからです。
期間は12月27日まで、10日前には申し込む必要があり
ます。

「コウノトリ但馬空港から行く東京2・3日間」については ↓
http://www.tajima-airport.jp/modules/topix/index.php?page=article&storyid=9
 「利用促進協議会」が東京直行便の運動を盛んにおこな
っていますが、そのために滑走路の延長や施設の整備が
要るのならお断りですが、そうでないのなら年に二度ほどの
利用ですが、飛行機も悪くないですね。

2007年10月24日 (水)

メモリアルマークⅦ

  日高町上石の国道312号出光のガソリンスタンド付近
の メモリアルマーク です。
水位1.0mとあります。
付近の虹の街区・上石区の方々が床上、床下浸水の被害
に遭いました。

(上石公民館前 国道312号 ↓ )
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 近くを流れる八代川と円山川本流の合流地点のため
内水問題に悩まされてきました。
本流からの逆流を防ぐため水門を閉めると、オーバー
フローします。
長年の運動でポンプを5台据え付けて、水を強制的に
本流へ排水することになっていましたが、23号では下
流で破堤のおそれがあったため、ポンプも停止されてし
まいました。

(同じく312号 ↓ ガードレールを超えています )
Img_0039_2 
 台風23号の翌朝には大津市を始め自衛隊などの
救援車輌が被害の大きい豊岡市街地に向かいまし
たが、ここが通行止めで立ち往生していました。
水位はさほど無いようですが、幹線道路の遮断という
思わぬ障害で救援が遅れてしまいました。

2007年10月22日 (月)

野球からソフトボールへ(続)

 結婚して住宅公団の岸和田市春木団地に住むと同
時に住民で構成するチームにに入りました。
野球とは違うルールに少しとまどいましたが、スピード
感あふれるゲームに魅力を感じるようになりました。
 もともとスイッチヒッターだったのですが、右投手が多
い関係で左打ち中心となり、結構重宝され4番を任せら
れるようになりました。
全盛時には岸和田市の代表として国体府予選に出場
し、自衛隊八尾駐屯地チームに接戦のすえ、2-3で
負けるという残念な結果もありました。

(関西地区公団住宅大会 いつも優勝でした ↓ )

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 昭和58年にUターンして日高町に帰ると地区のチ
ームに所属しましたが、ウインドミル投手がいない
ことでスピード感のないゲームに面食らいながらも
そのうち慣れてしまうことになりました。
団塊の世代が多いこともあって、校区の大会や町
民大会での優勝が続きました。
この頃から審判員の資格を取り、自分が楽しむだ
けでなく、人のお世話ができるようになりました。

(日高町の大会。打撃フォームに注目 ↓ )

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 50歳を過ぎる頃から私もチームも「老化」が目立ち
始め、とうとう協会登録を止め、チームとしては年一
度の町民野球大会だけとなりました。
 ソフトボールのスピードと意外性に魅力を感じる私
にとって野球は、性に合わないのか50歳での出場を
最後にほとんど参加することがなくなりました。

(昨日の2007豊岡スポーツフェスティバル。↓
太って見えるのはインサイドプロテクターのせいですよ!)

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今は日高協会と但馬協会でおこなわれる試合の審判
員として、お世話をすることになりました。
昨年の「のじぎく兵庫国体」では、日高町が「成年
女子の部」の会場であったため、公式記録員として
大会期間の4日間お勤めをしました。

 プレヤーの時はただゲームやプレーに熱中するこ
とだけでしたが、スポーツには必ずルールがあり、
ゲームを運営するスタッフがいて初めて成り立つこ
とがわかるようになったのは、自分がその立場にな
った時でした。
 最近ソフトボールに限らず、どのスポーツもプレ
ーヤーが高齢化し、チームとして成り立たなくなっ
ています。
若い人に魅力を感じてもらえない協会やチーム運営
にも問題があるのでしょう。
 日高町協会のスタッフでは、還暦を迎えた私が最
年少なくらい熟練スタッフが活躍しています。
今後はチームが無くなるか、協会スタッフがいなくな
るかの競争ですが、できる限りのお世話を続けてい
くつもりです。

2007年10月21日 (日)

野球からソフトボールへ

 子供の頃から野球少年で、体は小さいものの堤防からの
石投げを毎日続け、鉄砲肩を作り上げました。
中学時代はセカンドで2番のくせ者バッター、高校では部活
はせずに円山川アユ釣りクラブ一本、それでも体力測定の
ボール投げは、学年580人のトップクラスでした。
大学に入って学内野球大会の活躍が認められ、勧誘された
のが準硬式野球部でした。
部員不足の折、貴重な3人目の部員として入部し、再び野球
人生を歩むことになりました。
島根大学1年生の年中国地方5大学で優勝し、全国大会に
出場することになりました。

(リーグ戦初登板です ↓ )

Dc102101

(リーグ戦 サードで背番号 3でした)

Dc102102
夏休みのほとんどが練習と大会出場資金稼ぎのためのア
ルバイトに明け暮れました。
東京で行われた大会に参加し、神宮球場での入場式に感
激し、翌日からは神宮第二球場での試合に備えました。
 夏には珍しく連日の雨で試合が延期になり、本郷の修学
旅行宿でただただトランプゲーム「ナポレオン」の腕を上げ
ていました。
結果は法政大学に惜敗し、出場機会は無いままでした。
3人しかいない一年生でセンスがありそうで期待されていた
私でしたが、時折しくも大学紛争真っ最中。
当時ベトナム戦争は泥沼化し、アメリカによる北爆が日常
化し、その不正義と残酷性に国際的な批判が浴びせられて
いました。
法学科のクラスでは、安全保障条約改定反対・ベトナム反
戦のデモンストレーションを毎月実施していたほどでした。
こんなときに野球どころではないと信じ込み、説得も聞かず
野球部を退部することになりました。
といってとくに何をしたわけではないのですが、のんびり野
球をやっていることに抵抗を感じたのか、2年生までで退部
しました。
その後の「社会正義」「不合理」「不平等」に対する感性は
この時生まれ、育っていったと感じています。
 野球はここで終わったのですが、卒業後移り住んだ地域
のソフトボールチームに参加し、以後ソフトボール人生を歩
むことになりました。
長くなるのでこの続きは後日ににさせて頂きます。

2007年10月18日 (木)

メモリアルマークⅥ

3年前の台風23号(tokage)のThe dayまであと2日。
被害が大きかったのは旧豊岡市の中では梶原でした。
円山川と支流の六方川・鎌田川の合流点で昔から内水
被害があり、古くからある住宅は高い石垣を築いて対応
してきました。
23号のときはすぐ近くの円山川堤防が決壊したことで
住宅密集地でもあり、大きな被害をもたらしました。
梶原地区の中心地梶原駐在所横にポールが立てられ
ています。
そこには「2.7m」と記してあります。
それは見上げるほどの高さであり、堤防決壊による濁
流が一気に流れこむことで地域の住宅にもたらした被
害は今では想像することができないほどです。
地震や火災とは違って、あとから見ると何事もないよう
に思えますが、水が引いた後の泥とゴミの後処理や
住居の清掃・修理は口では言えない苦労でした。
Img_0028

2007年10月17日 (水)

紅葉めぐり「新穂高ロープウエイ編」

上高地をあとにして安房峠トンネルを越え、奥飛騨温泉郷に
向かいました。
鍋平高原駅から新穂高ロープウエイにのり一気に2,156m
の西穂高口駅まで上ります。
(1,039mの標高差、全長3,171mの日本最大級のロー
 プウエイです ↓ )
Photo_3   

穂高連峰や槍ヶ岳・笠ヶ岳など北アルプスの標高3,000mク
ラスの360度パノラマが楽しめます。
(笠ヶ岳です ↓ )
Photo_4

(真ん中左、尖って突き出ているのが槍ヶ岳です ↓ 
クリックすると写真が大きくなります )
Photo_6

(逆光になっていますが焼岳で、今でも山頂付近で噴煙を上げて
いる活火山です ↓ )

Photo_5

(穂高連峰 ↓ )

Img_0416

(展望デッキからのツーショット 後ろは笠ケ岳 ↓ )
Photo_8
というわけで、好天に恵まれ信濃・飛騨の紅葉名所を二日間
駆け足で巡りました。
昨年、白馬岳・立山・五竜岳・鹿島槍ヶ岳など北アルプスの北部
を、今回で中南部をこれでおよそ全体を観光したことになります。
昔は「飛騨山脈」といっていましたが、「北アルプス」が一般的な
呼び名になっています。
北アルプスについては ↓ をご覧ください。
http://www.kuttaku4.net/kap.html

2007年10月16日 (火)

紅葉めぐり「上高地編」続

 上高地は穂高連峰を目指すアルピニストの拠点として愛さ
れてきたのでしょうが、整備が進み今や登山経験の無い人
でも気軽に山岳の自然を楽しむことができるようになりました。
(かくいう私もその恩恵を蒙っている1人です)
Photo
(本ブログ初のツーショットです)

 大正池から河童橋までのメインルートの3.5kmは1時間
程度で歩け、アップダウンはほとんどありません。
その間には様々なビュースポットがあります。

Photo_2
Photo_3
Photo_4

もちろん焼岳・穂高連峰・明神岳・六百山の景観はみごとで
すが、槍ヶ岳に源を発する梓川の清流は言うに及ばず、大
正池・明神池に映る山並みの対象形のすばらしさがが写真
にも登場します。
 歩道の両脇には白樺やダケカンバ・落葉松(カラマツ)の
林と腰の高さまである笹が生い茂っています。
 生物はマガモや野鳥が至る所に見られるのと水中にはイ
ワナとおぼしき魚が泳いでいます。
11月中旬を過ぎると「環境省のビジターセンター」も閉鎖され
厳しい冬を迎えます。
 奥飛騨や黒部・立山は訪れたことがありますが、初めて訪
れる上高地でした。
次回は山に雪を頂く春の季節に訪れてみます。
上高地公式webサイトは
http://www.kamikochi.or.jp/ です。

明日は奥飛騨からの西穂高ロープウエイからの山岳パノ
ラマをご紹介します。


 

紅葉めぐり「上高地編」

乗鞍温泉から沢渡まで降り、上高地行きのシャトルバスに
乗り換えます。
自然環境保護のためマイカーはもちろんのこと、土曜日曜
はバスも規制されます。
許されるのはタクシーと低公害バスと指定車輌だけ。
Img_0404

代表的景観、大正池からの焼岳と穂高連峰の写真です。
(ダブルクリックで写真が大きくなります)
大正4年焼岳の噴火で梓川がせき止められ、池になりました。
1,500mの高地といっても、今年の秋は気温が高く、紅葉が
1週間以上遅れています。
Img_0351
Img_0359

2007年10月15日 (月)

紅葉めぐり「乗鞍編」続

乗鞍スカイラインはバスとタクシーのみが通行可能の道路で
乗鞍(畳平)は標高2,702m、ここから山頂剣ケ岳(3,026
m)や魔王岳(2,763m)への登山道に続きます。
Img_0332
昨日も書いたように、8合目くらいの紅葉は8分で緑や赤そし
て黄色の織りなす様はモミジの歌にある「綾錦」を見ているよ
うでした。
Img_0341
お天気は少し雲が出たりしたものの、暖かく時折日が差す絶好
の観光日和でした。
このあと長野県側松本市乗鞍高原スキー場で宿泊しました。
近くに乳白色の湯で有名な白骨温泉がありますが、それ以上
の泉質を持つのが乗鞍温泉で、文字通り「掛け流し」の湯を堪
能しました。
翌日はいよいよ上高地に向かいます。

2007年10月14日 (日)

紅葉めぐり「乗鞍編」

紅葉めぐり「乗鞍編」
帰りのバス車中からの投稿です。土曜日曜にかけて、飛騨信
濃紅葉めぐりにでかけました。
初日は高山経由乗鞍スカイライン、魔王岳山頂からの景色を
楽しんだあと、乗鞍温泉宿泊です。
山頂から下るにつれ、ハイマツの緑とダケカンバの黄色、ナナ
カマドの赤が織りなす様は何とも表現できないほどです。
両日とも天候に恵まれ三千メートル級の山々の景観とジャスト
タイミングな紅葉を存分に楽しむことができました。
素晴らしい紅葉の写真は帰宅後パソコンから、編集しますが取
り急ぎの書き込みです。

2007年10月12日 (金)

アキバ名物「おでん缶」が浅倉に登場

東京秋葉原(アキバ)で名物となった「おでん缶」が日高町
にも登場する。
慎重居士のT店主にしては珍しく、一気に販売を決めた。
おでん缶については↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%A7%E3%82%93%E7%BC%B6

Img_0298_2

場所は、豊岡市日高町浅倉のコインスナック「エポ」の自販
機↓
http://www.mapion.co.jp/c/here?S=all&F=mapi3623344071012171757
値段はアキバより高めの350円とのこと。
仕入れルートの問題で割高になるのはしょうがないそうだ。

Img_0301

(写真は360円となっているが間違い)

自販機での販売は12日土曜日からとしている。
隣接する会社の若者の小腹を満たす一品としての需要を
見込んでいるそうだ。(店主談)
もっとも、本家アキバではおでん缶のほかラーメン缶・うどん
缶までが登場し、大人気を博しているそうだ。

・ラーメン缶記事
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0706/22/news087.html

・うどん缶記事
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/03/news045.html

メモリアルマークⅤ

このシリーズも5回目です。
場所は旧豊岡市市谷(いちだに)地区、上郷と中郷に挟まれ
この間の約300mだけ、無堤防地区です。
円山川が蛇行していて低地となっていて、台風や集中豪雨の
度に国道482号は通行止め、田や畑や一部家屋まで被害を
受けていました。
3年前の23号台風では、道路から水位「2.0m」を記録し
道沿いの家屋に大きな被害をもたらしました。
Img_0023
国の事業として、この間に堤防を建設すべく計画が進めら
れていると聞いています。

2007年10月11日 (木)

ダーウインが来た!にコウノトリが登場します

但馬夢会議のMLで教えてもらった番組情報を転載します。
全国ネットのメジャー番組なので、楽しみですね。

> 10月14日(日) NHK総合テレビ19:30~20:00
> ダーウィンが来た!生きもの新伝説
> (再放送:10月16日(火)午後3時00分~3時30分BS2)
> 『コウノトリ 46年ぶりの巣立ち!』
> http://www.nhk.or.jp/darwin/ 予告編をご覧頂けます!

> 今年7月、兵庫県豊岡市で、日本の野生下では46年ぶり
> にコ ウノトリのヒナが巣立ちました。
> 豊岡市では、日本では一度絶滅したコウノトリを再び野生
> に蘇らせようと、人の手で増やしたコウノトリを放して繁殖
> を期待しています。
> 2年目の今年は2組のカップルが誕生。しかし、危険な電
> 柱に巣作りしたり、突然巣を放棄してしまったり。
> ようやく生まれたヒナにも外敵が襲いかかります。
> 巣立つまでの密着取材がとらえた知られざるドラマを紹介
> します。

> ※番組編集者より
>  
> 今回はこの春のコウノトリの繁殖成功からヒナの巣立ちま
> での物語です。
> 途中に2箇所ミニコーナーがあるのですが、後半のコーナ
> ーではコウノトリを支える環境作りとして、簡単ではありま
> すがコウノトリ育む農法と魚道とを紹介します。

> 30分という短い番組ですがたっぷりと
> コウノトリを楽しんでいただける内容となっていると思います。
> 是非ご覧下さい!

自家燻製

7年前に八鹿町を中心とする燻製グループ「山里の会」に
誘っていただき燻製体験をしました。
生来の食いしん坊の虫が目覚め、すぐにマイスモーカーを
発注し燻製づくりを始めました。
いまやスモーカーも2代目となり、年に3~4回楽しんでい
ます。
すでに籾殻薫炭づくりでお知らせしたように、先週久しぶり
の燻製づくりになりました。
(午前中)
冷燻=熱源は使わずに、スモークウッド(チップを粉にして
    固めたもの)で、30度~40度までの低温で燻煙を
    かけたもの
    今回は市販の「ウイスキーオーク」を使いました。
    これはウイスキーを熟成した樫樽を利用したもので
    ウイスキーの風味が移ります。時間は3時間。
         プロセスチーズネギ入り豆腐ちくわ燻製にし
    ました。
    冷燻には素材そのものを使い、味付けや塩漬けは
    しません。

Img_0187_2 

Img_0220_2
(午後)
熱燻=七輪に炭をおこし金属プレートを乗せ、燻製材をお
    いて燻煙します。
    温度は80度を超し90度近くなります。
    下処理としてにんにく・ショウガ・蜂蜜をいれた醤油
    ベースのタレに一晩つけておいて、半日ほど網でつ
    るし風乾しておきます。
    材料に水分が残っていると、煙と水が混ざって苦くな
    ります。
         最初は70度くらいの温燻で下処理をしたを燻煙し
    ます。
    その後温度を上げて、下処理をした豚ロース肉・鹿
    
肉・鳥胸肉を燻煙します。時間は3時間は必要です。
    燻煙材は桜・なら・ヒッコリーがありますが、購入する
    と高くつくので、知人からいただいた山桜を指の大き
    さまでに小割したものを使います。
    Img_0178_2 

Img_0221

2007年10月10日 (水)

メモリアルマークⅣ

兵庫県には南部の神戸とともに豊岡に測候所が置かれ
気象観測が行われていました。
県南部とは違った日本海側の複雑な気候を観測し、的確な
予報が必要だからです。
1mを超す大雪が降るかと思えば、夏は全国一の気温を記
録することがあります。
過去形になったのは、9月末を持って90年続けられていた
観測が廃止されたからです。
建物は取り壊され、敷地にあった但馬の春を呼ぶ桜の標準
木は切られてしまいました。
管理ができないとの理由ですが、標準木とはその地方で桜
の開花を確認する基準となるもので、代わりにどこかの木が
選ばれたのでしょうか?

ここの場所は豊岡市の住宅街ですが、低地にあるため台風
23号で浸水し、観測機械が動かなくなり大事な時に観測停
止に追い込まれました。
ここのメモリアルポールには「1.4m」と記してあります。
当然周囲の住宅も床上浸水の被害を受けました。
建物や人が無くなっても観測機器は設置してあって、神戸気
象台へはデータが送られ、予報には支障がないそうですが、
高校生の頃から見慣れていただけに寂しい気がします。

Photo

2007年10月 9日 (火)

美山町(京都府)かやぶきの里

3連休の最終日の8日、京都府丹南市美山町かやぶきの
里を訪れました。
かやぶきの里のホームページはこちら↓ クリックすると開
きます
http://www12.ocn.ne.jp/~miyama-m/hajimeni.html

以前から興味があったのは、「かやぶき屋根が残る里で
日本の原風景を体感しよう」というコピーに魅せられたから
です。
町内には、日本一の約230棟のかやぶき屋根が残り、昔
話の世界が広がります。
しかもそれが単なる文化財ではなく、今もなお住居として供
用されていることに感心させられます。
60年を生きた私は、わら屋根もかやぶき屋根も知っていま
すが、ここまでコーポレートされた集落は初めてです。
察するに相当の不便と不自由さがあると思われますが、そ
れを越える歴史的な誇りと伝承への使命感があるのでしょう。
写真にもあるように、家々には「放水銃」といった消火設備も
必ず設置されています。
(毎年春に一斉放水があり、観光客に大人気です)

Img_0274
 
効率や近代化の考えにたいするアンチテーゼとして一見対
立するようですが、案外生活の中にとけ込んでいるのでしょ
うか。
「日本の原風景」とまでは言えませんが、少なくともかって記
憶のどこかにある懐かしくて心地よい世界がそこありました。

Img_0262

 

2007年10月 8日 (月)

イチゴ定植完了

秋祭りの最中の日曜日少し人目を気にしつつ、夫婦揃っ
て半日かけてイチゴの定植を終えました。
その数140株、一株に十数個なるとして約2,000個が
実をつけることになります。
これらは、娘達や親族にエンドウなどとともに、初夏の便
りとして届けられます。

Img_0237
種類は宝交早生、5月の中頃には食べられます。
宝交早生は・・・・↓

(休眠打破のための低温要求量が多く、寒冷地の露地栽
培に向く。
甘みが強く果実が柔らかい。果実が柔らかいため、輸送
性・棚もちが悪いため、現在ではほとんど流通していない)

イチゴは手間のかかる「野菜」で、収穫を終えるとすぐに
苗採りのために株を移植し育てます。梅雨を過ぎるとラン
ナーが四方八方に伸びて、その孫ランナー以降を苗として
育てます。
夏の日照りには水をやり、成長を妨げる雑草を取りポット
苗に育てます。
(この作業はすべて嫁さんの担当です)

Img_0234
ポット苗として育てた後、この時期に定植し冬を過ごします。
当地では、春先に黒のマルチがけをして収穫期を迎えます。
ということで、いつでも畑のどこかにイチゴが育てられていま
す。
ところで、イチゴを「野菜」と書きましたが、果物ではと思わ
れるかも知れませんが、同じ木があってこれに毎年実をつ
けるのが果物で、イチゴはこれにあたらないので、野菜の
分類に入ります。

2007年10月 6日 (土)

燻炭づくり

稲刈り後乾燥を終えたあと籾すりの工程が加わり、玄米にし
たあとでそれぞれ容器に入れて保管します。
籾すりの後に出る籾殻を「すくも」といい、これを利用して燻
炭づくりをします。
秋晴れで絶好の天気の今日一日がかりで、嫁さんと二人で
燻炭づくりです。

(スタート時の写真↓)

Img_0174


燻炭づくりは専用の煙突を使い、蒸し焼きが必要で、空気
が多いと燃焼して単なる灰になってしまいます。
これを始めると一日中目が離せません。
昔は秋も深まるとこの煙と臭いがあちこちからしたものです
が、最近は手間を嫌うのか、あまり見かけなくなりました。
我が家は家庭菜園にとって無くてはならないものとして、毎
年これを作ります。
燻炭づくりだけではもったいないので、並行して同じ燻煙作
業の薫製づくりもおこないました。

(手前のスモーカーの向こうには燻炭づくりの煙がが見えま
 す。 薫製については後日、お伝えすることにします↓)

Img_0190


燻炭は種まきや苗を植えた後に撒くと地温を高めるのに
役立つのと水はけや通気性がよくなります。
アルカリ性なのでPH調整にも役立ち自身はカリ肥料とし
て生育に役立ってくれます。
稲わらはむしろや草履・ほうき・ふごと生活に役立て、籾殻
も肥料として役立てる人間の知恵には感心させられます。
最近はわらは収穫時に切断してしまい、籾殻もまとめて燃
やしてしまうことが多くなりました。
過去繰り返されてきた農業の循環サイクルが途切れてしま
いますね。

(夜になって完成間近です↓)

Img_0231_3

2007年10月 5日 (金)

台風23号メモリアルマークⅢ

あと一カ所浅倉にメモリアルマークがあります。
そこには亡くなった2名の方の慰霊碑と治水の祈念碑が
建てられています。
それは最後に紹介します。

次は日高町で赤崎・浅倉に次ぐ被害があった岩中区です。
円山川に押しとどめられ水がはけなくなった稲葉川が氾濫
し堤防を越え、近隣の民家や事業所が被災しました。
(岩中区公民館)
Img_0138

岩中区の公民館前のメモリアルマークです。
もともと周囲の民家と比べて、1mほど高くしてあるのですが、背の
高さを遙かに超え「2.6m」と記してあります。
この場所で先日河川改修・築堤工事起工の集まりが開かれました。

2007年10月 4日 (木)

台風23号メモリアルマークⅡ

主に浸水位をあらわすメモリアルマークですが、第2弾も浅倉
地区です。
八鹿町宿南と浅倉との間には岩山が立ちはだかっていて
列車はトンネルで抜けますが、旧312号は岩山と円山川の間
の狭いところを通っています。
何度か崖崩れがあった関係で、浅倉洞門として天井をふさぐ
横開放型のシェルターが作られています。
Img_0022_2 
今は円山川沿いに堤防が作られ、河川からの直撃は
免れるようになりましたが、以前はここから浅倉に続く
道は台風や集中豪雨で、河川と化して恐ろしいくらいの
流れになり、国道沿いの事業所や民家に被害をもたら
しました。

2007年10月 3日 (水)

台風23号メモリアルマークⅠ

3年前の2004年の10月20日~21日にかけて、台風23号
(tokage)の集中豪雨により円山川本流支流の堤防決壊
・氾濫、土石流・山崩れによって大きな被害がもたらされま
した。
豊岡市での建物被害は、全壊333棟、大規模半壊1,082棟
半壊2,651棟、一部損壊292棟、床上浸水545棟、床下浸水
3,326棟におよび、兵庫県下における被害の約半数を占め
るとともに、7人の方が犠牲になりました。
たまたま私が委員を務めていた県土整備部関係の懇談会
で、「時がたてば、記憶も薄くなる。災害の怖さと防災の誓
いとして」浸水位に目印をつけたらどうか」という意見がでま
した。
いま被害の大きかった各所でこれらの「メモリアルマーク
が作られています。
私は最大級の被害を受けた日高町浅倉に事務所を構えて
いて、事務所が二階にあったため大きな被害は免れました
が、兄弟会社や友人達が床上2~3メートルの大被害を受け
ました。
災害後、激甚災害対策特別緊急事業により、河川や道路
の防災工事が進められています。
「天災は忘れた頃にやってくる」(寺田 寅彦)
忘れぬためにも、これから順次紹介していきます。

最初は人間が作ったマークではなく、洪水によって作られ
今なお流水位のマークとして残っている有名な青いドラム缶
です。
場所は円山川と支流稲葉川の合流点「靴のヒラキ」付近です。

尾川橋からの現在の写真です  ↓
Img_0023   

2004.10.21 災害直後の写真です。↓
Photo

2007年10月 2日 (火)

明日豊岡がNHKテレビで紹介されます

豊岡市ホームページからの転載です。
放送予定  NHK総合テレビ「ふるさと一番!」
        平成19年10月3日(水) 午後0時20分~
        43分
テーマ    「羽ばたけ! われらのコウノトリ」
旅 人    千堂 あきほ さん
 今回の放送では、コウノトリが舞うまち・豊岡で、コウノト
 リ自然放鳥に至る試みと、野生復帰を支えてきたまちの
 人々の姿を全国の皆さんに伝えようというものです。
ぜひ、ご覧ください!

番組ホームページ  http://www.nhk.or.jp/furusato

2007年10月 1日 (月)

テンプレート(背景)を替えました

10月に入ったのでテンプレートを替えました。
落ち葉にはまだ早いし、前のやつは記事が見えにくい
しと思案しているうちに、やはり一番好きなものになっ
てしまいました。
サイドパーツには新たに写真のマイスライドショーをつ
けました。
それと両サイドにパーツを配置する形になったので、一
行に入る記事の量が少なくなり、過去の記事の一部に
行ずれが生じるかもしれません。

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