但馬情報特急

  • 但馬情報特急
    但馬に関するあらゆる情報が載っています。 最新情報もここから・・・。

九条の会

  • 九条の会
    日本が誇る憲法九条をまもり、平和な世の中を築くため行動します。
フォト

愛犬ハル

  • P1020325
    16年我が家の家族として、楽しませてくれた「晋平」が2005年 3月息を引き取りました。 代わりに今度は女の子を購入しましたが、恐がりで人になつか ないのが困りものです。 春に来たからハルと名付けましたが、血統書付きで本名は 「文美姫号」です。

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月

2007年9月30日 (日)

還暦同窓会Ⅱ

「ふるさとの山に向かいて言うことな無し
 ふるさとの山はありがたきかな」 
(石川啄木)  

8月にも書きましたが私は昭和22年11月生まれ、日本国
憲法施行後の民主日本の象徴?として生まれました。
同時にこの世代は「団塊世代」と呼ばれ、何かにつけて話
題となります。
生まれた1947年の干支が「丁亥(ひのとい)」であり、60
年後の2007年「丁亥(ひのとい)」になることで、「還暦=
暦が還る」と呼びます。
よく「還暦は満年齢か数えか」と聞かれることがありますが・・

語源由来辞典「還暦」↓
http://gogen-allguide.com/ka/kanreki.html

高齢化社会では60歳などはまだまだ子供扱いだとしなが
らも、ひとつの区切りとして、やたら学校時代が懐かしくなり
ます。
8月の高校に続き、23日~24日にかけて、「府中小中学
校還暦記念同窓会」が開催されました。
(厳密には約4分の1が翌年のねずみ年生まれで、来年が
還暦です)
小中学校としたのは、日高町から分かれて小学4年生の時
に豊岡市に編入されていった納屋・上佐野区の8人と当時
の交通事情から豊岡市域から対岸の中学校へ渡し船で通
学した市谷・中郷の13人、転校生の4人をすべて含めてい
るからです。
総対象者109人の内、6人が逝去し、7人が住所不明で
案内を送った96人中約半数の46名が参加した盛大な会
でした。
遠くはマレーシアのクアラルンプールから帰国し、参加して
くれました。
集合は母校の府中小学校グラウンド、グランドゴルフで楽し
んだ後、会場のホテルへ直行です。
Photo_9
宴会会場には、今はない小中学校の懐かしい校舎の絵が
6枚、幼稚園の給食風景・卒園写真・小学校卒業写真・中
学校卒業写真の8枚をパネルにして飾りました。
これらはすべて同級生の画家 小山 譲君の作品とお世
話によるものです。
赤煉瓦の建物や地方の素朴な風景画を中心に、癒し系の
絵を得意とする「アトリエ小山」のホームページは以下↓を
クリックすると開きます。
http://www.mimir.ne.jp/~atorie_k/index.htm

Photo_2

Photo_3

高度経済成長・オイルショック・バブルの崩壊そして情報化
新時代と時の流れに翻弄されながらも懸命に生きてきた友
の顔は、みな穏やかで友達思いの優しい顔ばかりでした。
病気の後遺症で少しハンディのあるI君には誰もが自然に気
遣っていたのには感心しました。

Photo_5
Photo_6

部屋での三次会を終え、ここちよい酔い覚めの翌朝には
但馬國の一宮である「出石神社」に参拝し、ご祈祷とお札
を頂きました。

Photo_8

いつの時からか、「オリンピックの年には同窓会」と定め
地元中心の十人を超す幹事が分担して世話をするようにな
りました。
次回は5年後の2012年ロンドンオリンピックの年になります。
それまで、健やかに年を重ね、再び優しい顔に会えることを
期待しています。
幹事長のS君のすばらしいリーダーシップと幹事団のサポ
ートで大成功に終わった「手前みそ」のレポートでした。

2007年9月29日 (土)

ソバの花盛り

これもまた自宅の近所ですが、ソバの白い花が満開になっ
て、風に揺れています。

Img_0161_2

収穫して食べるのではなく、転作作物として確認を受ければ
そのまま土にスキ込んでしまいます。
もったいない話ですが、まずコンバインなど実を収穫する機
械が無いことと、当地ではソバを食べる習慣が無く、ノウハ
ウもないことが原因のようです。
たまに鎌で刈って、干して、ひいて、粉にして食べたという話
を聞きますが、懲りたのか翌年はほとんどの人がやめてしま
います。
ソバは肥沃な土地でなく、痩せた谷間の霧深いところで作る
ものが美味しいといいます。
国府(高生たこう)田圃の恵まれた肥沃な土地で、米の替わ
りにわざわざ適さないソバを作り、捨ててしまう今日の農業
事情には考えさせられますね。

向こうに見える山は大岡山で、円山川・国府平野とともに、
府中の校歌に必ず登場します。
「♪大岡山の円かなる姿をおのが鏡とし、知徳を磨く学舎は
・・」
山見のベストポジションは、少し北の府中新から小学校まで
の間です。

Img_0158_4

2007年9月28日 (金)

白の彼岸花

Img_0167
自宅近くの道端に彼岸花が咲いていますが、その内の二本が
白い花を咲かせています。
何日か前にも新聞に載っていましたが、身近に見られるとは思
いませんでした。いつも通る道ですが、白い花を見るのは今年
が初めてです。
やはり突然変異でしようか。

コウノトリ自然界へ

6月から日高町山本地区で、網囲いの中で飼育されていた
コウノトリが23日に網を除いて、野に放たれました。
(山の上に見えるのは但馬空港の滑走路入り口です)
Dc092801_4
Dc092802_2
3歳の雄と2歳の雌のベストカップルで、放鳥後の行動を
モニター担当員が行動を逐一調査されています。
居心地がよいのか、山本から竹貫に至る国府平野の西
側で行動し、今のところ他地区への移動は見られません。
たんぼ道にたまに車が通っても、あまり驚く様子もなく落ち
着いています。
近くには巣搭も用意され、来年の繁殖期には雛の誕生が
期待されます。

併せて、城崎地区の楽々浦でも3羽が放鳥されました。
こちらは馴化訓練がされていないのか、行動半径後広くあ
ちこちを飛び回って、モニター担当の方をあわてさせている
そうです。
これで豊岡の空を飛ぶコウノトリは合わせて20羽になります。

2007年9月26日 (水)

彼岸花

毎年お彼岸の季節になると咲きます。
別名曼珠沙華といい、死人花とも呼ばれ、お墓の近くの
空き地や田んぼの土手に咲き、毒があることであまり評
価はされない花でした。
昭和の初めに「♪赤い花なら曼珠沙華 阿蘭陀屋敷に 
雨が降る……」なんて歌もありました。
今は季節の分かれ目、秋の訪れを知らせてくれます。
特に刈り取りの終わった田んぼと土手に咲く、この花との
コントラストが好きという人もいます。
秋の季語として使われ、花言葉は「悲しい思い出」「想うは
あなた一人」「また会う日を楽しみに」とあります。
亡くなった父は晩年俳句を楽しんでいました。
お泊まりのコンバイン見守る曼珠沙華」(すなお)
そんな光景が今あちこちに見られます。

Img_0151_4   

2007年9月25日 (火)

祝 1,000アクセス達成

2日前には970くらいでしたが、今朝開いてみると1,000を超え
ていました。
4月末に開設以来、書いた記事は40件でした。
いろいろな方に読んでいただき感謝しています。
これを励みに今後も書き続けていきます。
多分ご自分も気づかれなかったと思いますが、ジャスト1,000
でアクセスされた方がいましたら、コメントをいただけるとうれ
しいです。

2007年9月19日 (水)

伊佐屋の由来

「伊佐屋」は我が三木菓子店の屋号です。
もとの屋号は「龍野屋」で、当主は代々「与三兵衛や治郎市」を名乗っていました。
眉唾ものですが亡くなった父が、「お前で○○代」と言っていました。
江戸末期に八鹿伊佐村の新田開発を願い出たが、難工事のため身上をつぶしかけ撤退したと八鹿町史に載っています。
お上の許しを受けて、公共事業を商人が興すなど商人が力をつけてきた時代になってきたことがわかります。

出石藩主小出公の龍野から国替えに商人として随身し、当初は伊佐村に知行を得た後、国府の商業地=府市場に土着したのでしょう。
名字の「三木」も龍野出身から決めたのでしょう。
これは、但馬史第4巻国府村史に記述があります。
<但馬史4巻目次> 
http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Drum/6260/tajimashi4.html

<国府村史中巻>
(前略)その先祖は、小出吉政が文禄四年(1595)龍野から出石に封ぜられた際、追随して、まずその治領である伊佐村に移り、その後、更に府市場村(手辺の分)に移って来た。(後略)

新田開発の他、小出氏断絶の際、自宅及び出石安良村にあった出先が百姓による打ち壊しにあったと不名誉な記述もあります。
ということで、出石藩の御用商人からスタートして、「札元」(御用銀行のようなもの)を業としていました。

大正からから昭和の敗戦までは菓子屋兼文房具も売る店を営んでいました。
戦争で餅米や小豆など材料が無くなりお菓子屋はたたんでしまいました。
出石藩の「札元」をつとめていたくらいですから、先祖はお金儲けがうまかったようですが、その血はとっくに薄れてしまいました。
そんなこんなで、私のブログには「但州国府伊佐屋三木治郎市」と付けたかったのですが、長すぎるので短くしました。
 

2007年9月18日 (火)

韓国鍋三種

先日の財務研修の反省会を梅田の韓国料理店で行いました。
個室で和食をという意見もありましたが、普段食べられないもの
をということで、韓国料理になりました。
三千百五十円で鍋をベースに何点か料理がついて、飲み食べ
放題は値打ちがありました。
店の名は「韓のおしり お初天神店
http://r.gnavi.co.jp/k663408/
韓国を代表するお酒マッコリです。

20070913192744_2

男10人の食欲と酒欲には店の人もびっくりだったと思います。
写真は「韓国風鉄板鍋」「プルコギチョンゴル」「海鮮豆乳チョンゴ
ル」三種の鍋を紹介します。
20070913190101_6

20070913190127_2

20070913185931_4

2007年9月16日 (日)

鎌祝い?

但馬地方では田植えがすんだあと、慰労会を「さなぼり」
(さなぶり・しろめて・しろみて)と呼びますが、稲刈り後の
慰労をどう呼ぶのか調べてみました。
「鎌祝い」「亥の子(いのこ)」などがあり、どれも「さなぼり」
ほど一般化していません。
稲刈りの後には乾燥・脱穀・籾すり・精米と次から次へと
仕事があるので、キリをつけにくいこともあるのでしょう。
亥の子餅をついて世話になったところに配る地域もあると
聞きます。
我が家は7畝ほどの貧農で、機械仕事はすべてお願いし
ていますが、昨日15日に稲刈りが終わりました。
昨年は雨続きで稲が倒れさんざんでしたが、今年は何とか
平年並みが確保できました。
娘達にも但馬のお米を送っていますが、美味しいと言って
喜んでくれます。
鮭や鱒は生まれた川を忘れずに必ず帰ってくるといいます。
但馬のDNAが刷り込まれた食物を食べて、故郷を忘れない
ようにしてもらいたいですね。

Img_0132_11 

2007年9月13日 (木)

経友会九月例会

8月の例会は「経営者としての体力づくり」でマラソン
参加でしたが、一転経営スキルの取得をテーマにキ
ヤシユフロー経営の勉強です。
中小企業大学校大阪教室にほぼ全員の参加です。
学校主催の交流会のあと会独自のキツーイ反省会
を行い、帰路につきました。早朝から深夜に及ぶ強
行軍でしたが、有意義な1日でした。
20070913165455_6_2

2007年9月11日 (火)

家庭菜園(秋の陣)その4

<土作りとは殻と糞と糟(かす)を使うこと>

野菜作りの基本は「土作り」にあることは言うまでも
ありません。
私は有機栽培とはいきませんが、有機肥料をベー
スに化成肥料を組み合わせることにしています。
酸性化した土壌の中和にはかき殻から作られた有
機石灰を使っています。
他に元肥として混和するものに、完熟牛糞・乾燥鶏
糞・油かす・米ぬかを適宜使います。
これでミミズが多くいて、柔らかい土ができます。
つまりタイトル通り、野菜は殻と糞と糟(かす)と灰な
ど残り物で作られた土の中で育っているのです。

2007年9月10日 (月)

家庭菜園(秋の陣)その3

「中耕は1回の施肥に勝れり」亡くなった父の言葉ですが
菜園づくりのなかで、蘊蓄(うんちく)のあることばとして
その意味を噛みしめるようになりました。
作物が一定育ったあとは、必ず周囲を耕して根に空気を
入れてやったり除草及び土寄せすることで、成長を助け
てやるという意味です。
その値打ちは肥料をやることよりも効果があると教えてい
ます。
つまり、手間を惜しまず作物の成長を補助することが大切
なのです。
土曜日はキャベツ、白菜、ブロッコリー、レタスの中耕除草
をおこないました。
次の雨でさらに大きくなってくれるよう願いを込めて・・・・・
(写真は中耕済みとこれからの畝の対比です。クリックする
とよくわかります)
奥に見えるのが、セロリ、ワケギで左端九条ネギ右端は
小豆です。
Img_0003_7
 

2007年9月 7日 (金)

家庭菜園(秋の陣)その2

<8月末から9月上旬の作業です>

①苗や球根の植え付作業
ワケギ、ネギ、セロリ、白菜(早生)、レタス(早生)、キャベツ
(早生・中生)、ブロッコリー

②種まき作業
菊菜、ニンジン、水菜(サラダ用)

③育苗作業(ポットやトレーに種を播き苗に育てて移植します)
白菜(中生)、レタス(中生)、高菜、壬生菜

大根やほうれん草、カブなどはもう少し涼しくなってから播くつ
もりです。
夏野菜はほとんどが支柱や蔓仕立てを必要とします。
それに比べて、秋冬野菜は手がかかりませんが、葉を食べる
虫たちとの格闘が始まります。
キャベツ畑に蝶が舞うのを見て、どかな風景だなんて言ってい
られません。
虫たちも厳しい冬に向けて子孫を残すのに懸命なのでしょう。

この作業の一方、夏から続いて秋に収穫できるものあります。
ナス(賀茂ナス・長ナス・水ナス)、シシトウ、ピーマン、ニガウ
リなどは、雨に恵まれて今を盛りと実をつけてくれます。

2007年9月 6日 (木)

家庭菜園(秋の陣)その1

ことのほか厳しい暑さの上に雨が降らず、夏野菜にとっては
厳しい環境でしたが、それなりに実をつけてくれました。
そんな中でも9月になると秋冬野菜の作業が始まります。
秋作業はまず夏野菜の片付けから始まります。
トウモロコシ、インゲン、すいか、メロン、カボチャ、枝豆など
の収穫済みの蔓を十分に乾かし、火をつけて燃やします。
法律で禁止されている野焼きも、農業を営むためのやむを
得ないものとしておこなわれるものは例外としています。
燃えたあとに残る灰は、カリ肥料として次の野菜の生育に
役だってくれます。

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

神鍋山野草を愛でる会

道の駅神鍋高原

SUZURAN写真館

無料ブログはココログ