2009年11月13日 (金)

東京 酉の市

12日から13日にかけて東京出張です。
天皇陛下即位20年のお祝いでもオバナ大統領に会いに行
った訳でもありません。
人材ビジネスソリュ-ションカンパニー、ビジネスパートナー
社の総会とセミナー出席です。

場所は大田区大森、近くの鷲(おおとり)神社の酉の市で、
「商売繁盛」「家内安全」を祈願し、福を掻き込む熊手を求
める客で、夜は大賑わいです。
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有名なのは上野ですが、関西の「えべっさん」と似ています。
派遣を中心とする人材ビジネス業界では、不況による雇用
需要の減退と同時に、派遣法改正で規制が強化される大
逆風の最中で、それぞれメンバー企業の苦しみが感じられ
ます。

「苦しいときの神頼み」と言われそうですが、これも何かのご
縁ということで、しっかりお願いしてきました。
  

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2009年11月12日 (木)

消防署 防災指導

冬の火災予防運動の一環として、区役員と消防団員宅の
台所点検がありました。
その時の指摘事項です。

・耐用年数切れ消火器を適切に処分する
・レンジ横の棚に防炎アルミを貼る
・煙感知警報器を、二階寝室にもつける

もっともな指摘だったので、さっそく手を打つことにします。

私は留守をしていたのですが、意外に思ったのが地震に
よる台所家具の転倒防止指導が無かったことでした。
転倒防止のため金具で固定したり、揺れで扉が開き、物
が飛び出さぬよう金具を付けていますが、完全とは言えま
せん。
阪神淡路大震災のとき、震度5を記録した豊岡市ですが、
特に大きな被害がなかったことで、防震対策意識が甘い
のが現実です。
同じことが水害対策にも言え、洪水に対する対応が被災
地とそれ以外の地区とでは大きな差があります。
人は痛みを受けないと真剣にならないのです。
防災活動の難しいところです。
 

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2009年11月11日 (水)

森繁久弥 逝く

昨晩は市橋達也容疑者逮捕と森繁久弥(96)の逝去と纒
向(まきむく)遺跡での大型建物跡の発見のビッグニュー
スがありました。
その中で、森繁久弥について思い出が二つあります。

一つは、父のいとこ三木京典さんが新聞記者として、中国
本土で従軍中戦死しました。
その奥様と子供さんが、敗戦後の混乱期21年11月本土へ
引き揚げて来たとき、ずっと一緒にいてお互い励ましてき
たそうです。
先祖のある我が家へのお墓参りのとき、「森繁さんとお会い
したいと思うが、先方が有名になりすぎて言い出せずにいる
」と仰っていたことです。
彼はアナウンサーの仕事をしていて、終戦を新京で迎え、
ソ連軍に捕らえられるなど大変な苦労をしたと聞きます。

今ひとつは、自ら作詞・作曲した「知床旅情」です。
知床という当時は有名でもなかった「辺境の地」を舞台にし
た、旅情あふれるメロディと歌詞とが、我々の心をとらえま
した。
1970年4月に大学を卒業後、入社した会社の同期50人と研
修中に歌集に載せて、最も親しまれたのはこの歌とビリー・
バンバンの「白いブランコ」でした。
その後は、加藤登紀子(65)の歌でさらにヒットしましたが、
なんと言っても「森繁節」が聞かせますね。
私は途中でUターンのため退社しましたが、当時の仲間達
も、すべてが退職してしまいました。
若くて多感なころのなつかしい思い出です。

「知床旅情」    森繁久弥作詞・作曲

知床(しれとこ)の岬に はまなすの咲くころ
思い出しておくれ 俺たちのことを
飲んで騒いで 丘にのぼれば
遥(はる)か国後(くなしり)に 白夜(びゃくや)は明ける

旅の情(なさけ)か 酔うほどに さまよい
浜に出てみれば 月は照る波の上(え)
君を今宵こそ 抱きしめんと
岩かげに寄れば ピリカが笑う

別れの日は来た ラウスの村にも
君は出て行く 峠を越えて
忘れちゃいやだよ 気まぐれカラスさん
私を泣かすな 白いかもめを

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2009年11月10日 (火)

スモーククッキングパーティ

このブログで何回か紹介した「スモーククッキングパーティ」
が、今月21日(土)に開催されます。
    案内ハガキです ↓

   Photo_4   
昨年はあいにく参加できませんでしたが、今年は常連として
参加することにしています。
養父市を中心とするグループが主催し、神戸のグループも
毎年参加されています。
過去5回参加しましたが、手作り中心で親しみあふれるパー
ティでした。
紅葉が見頃の八鹿町三谷で、自分達が作った薫製がかくも
うまいものかと驚かされます。
薫製の煙と香りは心をマイルドにしてくれるのと、人を結
びつけてくれる役割も果たすことがわかります。

燻煙前の風乾          ソーセージ手作り中

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ただいま燻煙中         パーティ前の盛りつけ
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初めての人も優しく受け入れてもらえる会なので、興味のあ
る方、美味しいものを食べたい方は伊佐屋三木に連絡くだ
さい。
我が家の送迎付き、私の解説付き、もちろんお土産の燻製
も付きます。
 

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2009年11月 8日 (日)

もみじの里ハーフマラソン

正式名称は「第32回兵庫丹波もみじの里ハーフマラソン大
会」で、参加者の半数以上が21kmを走ることで、ハーフマ
ラソン大会と呼ばれています。
日高經友会や府市場の仲間達と12人のグループで、ハー
フが5人、10kmが4人、5km女子が3人の参加です。
私は少数派の10kmで、総員494人、そのうち男子60~64
歳の部は50人です。
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距離毎に男女年齢に拘わらず同時にスタートするのですが
完走証にはタイム・男女別・年齢別順位が表記されます。
靴やゼッケンにICダグを付けていて、ゴール通過時に自動
計測されるシステムをほとんどの大会が採用しています。

朝のうちは霧が出ましたが、それもやがて晴れ気温は高め
でしたが、秋晴れの好天に恵まれ、アップダウンのないコー
スということで、念願の1時間切りを果たしました。
10kmタイム:59分20秒、種目別順位30位/50人、359位/
494人でした。

帰路、「たんばもみじ三山」のひとつ、高源寺で紅葉を楽し
んだ後、よふど温泉で汗を流し、家の近くの店で恒例とな
っている反省会という、運動・観光・懇親のフルコースで幸
せな1日でした。
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今年は新型インフルエンザで中止された大会もあって、
神鍋高原マラソンに次いで2回目、12月13日西脇子午線
(へそ)マラソンを走って、今年を締めくくります。
 

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2009年11月 7日 (土)

フォックスフェイス 角ナス ニップルフルーツ

家の近くに栽培されていて、秋に入った9月ごろから色づき
始めました。
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あまりに見事なので、調べてみると・・・

果実がキツネの顔に似ていることからフォックスフェイス
(キツネナス)またはカナリアがとまっているように見えるこ
とからカナリアナス、和名はツノナスと呼ばれます。
フォックスフェイスという名前は和製英語で、英語名はニッ
プル・フルーツと呼ぶそうです。
ニップルは「乳首」を意味し、つけ根にできた突起があたか
も「乳首(乳頭)」のように見えることから、名づけられたよう
です。
生け花などの花材として使われ、水も必要なく、そのまま花
瓶に入れておけば 長期間観賞できるが、実は毒性がある
ので、食べられないそうです。

狐・角・金糸雀・乳頭・・いろいろ連想させてくるおもしろい植
物です?
  

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2009年11月 6日 (金)

冬の味覚 松葉ガニ解禁 

今日11月6日から松葉ガニ漁が解禁されます。
但馬の各漁協では50数隻の船が昨日から出港準備をして
猟場では6日零時を期して網を入れます。

漁法は底引き網漁で、深さ200~500mほどの棚に棲息する
カニを網で掬いとる沖合底びき漁です。
今日のお昼時になると、カニを積んだ船が帰港して市場で
セリが始まります。
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P1020659_3 
この日を期して、但馬は一気にカニモードとなり、京阪神か
らのカニすき目当てのお客が訪れます。
スキーやボード客と同様、但馬の風土が生んだ貴重な観光
資源です。

9月に解禁されている、紅マツバカニ(香住ガニ)は深さ1,000
m前後の水深に生息してるため、餌を入れたカゴを海底に降
ろして、カニが入るのを待ってカゴを引き揚げる漁法です。

初競りの際はお祝儀相場でともかく高く、段々と下がってき
て、11月中下旬が底値になり、12月に入るとお歳暮や忘年
会シーズンになると同時に、海が時化て漁獲高が減少する
ため一気に高騰してきます。
香住柴山や浜坂漁港は大型船を保有しているため、海が時
化ても水揚げはそこそこあるのですが、小型船しか持たない
豊岡津居山港では水揚げが少ないといいます。
美味しいカニを安く食べるなら、解禁後しばらく経った11月が
いいようです。

松葉ガニと言っても、ズワイガニの別名なので、日本海対岸
の北朝鮮やロシアや北海道で捕れた物を冷凍で輸入し、ブラ
ンド力のある但馬や福井で販売されます。
一般的には、地物は刺身で食べ、カニすきには冷凍物を利用
すると聞きます。
我家では地物はセコ(メスガニ)のみ、他は冷凍ですが、焼きガ
ニにしても美味しくいただけます。
資源保護のため、漁期はメスガニが1月10日まで、雄ガニ3月
20日まで。

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2009年11月 5日 (木)

日めくり万葉集 田道間守 中嶋神社

日めくり万葉集

NHK平日朝5時から5分間の放送です。
今から千数百年昔に詠まれた「万葉集」の歌4500の中から、
「一日一首」、さまざまな分野で活躍する人達が「わが心の
万葉集」として一首を選び、歌への熱い思いを語っていて、
たまたま今日11月5日(木)第209回は、菓子研究家  太田達
さんが我が但馬に縁のある歌を紹介していました。   
   
大伴家持  (巻18・4111) 

かけまくも あやに畏し 天皇の 神の大御代に 田道間守
常世に渡り 八桙持ち 参ゐ出来し時 時じくの 香の菓実
を畏くも残したまへれ (抜粋)

   
『口にかけていうのもまことおそれ多いことだが 天皇の御
先祖の神の時代に田道間守(たじまもり)が常世(とこよ)の
国に渡って行き多くの苗木を持って参上した時に その「時
じくのかくの木の実」をかしこくも後の世にお残しになった』

田道間守(たじまもり)を祭った中嶋神社(豊岡市三宅)
Photo_4  Photo_7  1
●お菓子の神様、田道間守命をまつる
菓祖、田道間守命(たじまもりのみこと)がまつられている。
田道間守は天日槍の子孫、三宅連(みやけのむらじ)らの祖
先で、垂仁天皇の命を受けて、はるかな地に、命を長らえる
ことのできる実、その時節でなくてもいつでもある香り高い果
物(橘)を探し求める旅に出ました。
荒海を渡りようやく命がけで橘の実を手に入れることができ
、日本へ帰ってきましたが、天皇は崩御の後で、悲しみ嘆い
た田道間守は、天皇の陵(墓)に、橘を捧げたまま息絶えてし
まいました。
忠節を尽くした田道間守の墓は、垂仁天皇陵の堀の中に浮
かぶ小さな島にひっそりと祀られています。
また、田道間守が持ち帰った時じくの香の木の実は、わが国
のお菓子のはじまりとされ、田道間守の故郷、中嶋神社に祀
られています。
本殿は国指定重要文化財で、建造年代は1428年、屋根を側
面から見ると後方は短く、前方の軒先が流れ下っている二間
流造(ながれづくり)で、室町時代の典型的な神社建築を伝え
ています。                   (但馬の百科事典)            

旧制豊岡中学とともに豊岡高校の前身で、いまから100年前
に創立された豊岡高等女学校校歌三番に・・
♪香具(かぐ)の菓(きのみ)のふる事の縁(ゆかり)も深きた
ちばなの・・♪
と歌われています。
また、毎年4月の第3日曜日には菓子まつりが催され、全国の
菓子業者をはじめ近隣の人たちで賑わいます。
地元の人にも案外知られていない神社ですが、万葉集編者
と言われる大伴家持の歌に登場していると知りました。 
 

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2009年11月 4日 (水)

但馬の山々 初冠雪

2日夜から3日にかけて寒冷前線の通過で、日本列島は大
荒れの天気でした。
但馬西部の兎和野高原や鉢伏山・氷ノ山のみならず神鍋
高原高所でも初冠雪でした。
昨年に比べて1週間から2週間早いそうで、1週間前に紅葉
を求めて登った山が20~30cmの銀世界とはとても信じら
れません。
P1020648_2高気圧におおわれた晴天の今日
自宅近くから神鍋高原・蘇武岳・
妙見山の積雪が見られます。
この時期になると、古老「山々に
三度雪が積もると、次は里の番」
という言葉を思い出します。


我が家も掘りごたつにヒーターを入れ、石油ストーブを出し、
冬支度を始めました。
 

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2009年11月 3日 (火)

須留岐山(寿留喜山) 進美寺山 縦走 

秋晴れの土曜日、近くの須留岐山(450m)へ出かけました。
この山は日高小学校・日高東中学校の校歌に歌われるほ
ど親しみを持たれていますが、なぜか「寿留喜」と呼ばれて
います。
ですが、浅間寺の山号としては「須留岐山」とされています。

始点 須留岐山          終点 進美寺山
P1020599 P1020647 
養父(やぶ)市八鹿(ようか)町浅間(あさま)の浅間寺
(せんげんじ)登山口から直登と尾根づたいの二コースが
あり、直登コースを選択します。
ふつう山道はジグザグで負荷を減らすものですが、名の如く
直登そのもの。
油断すると仰向けにひっくり返りそうな登りを、あえぎながら
進むと中間点くらいから頂上までずっと補助の鎖が張ってあ
り大助かりです。
   P1020607_2  P1020610 
頂上付近では近くの子供会の遠足なのか、20人くらいとすれ
違った以外は誰とも会いません。
山頂は東方向以外は見晴らしがまずまずで、北は日高・国府
の町並みから来日岳が、西は神鍋高原から蘇武岳や妙見山
が、南は円山川沿いの八鹿町が見渡せます。

北・国府から来日岳       縦走先 進美寺山
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西・神鍋高原 蘇武岳      南・八鹿町と西、東床尾山
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頂上での一人写真と昼食を済ませ、そのまま尾根道を西に進み
進美寺山(361m)を目指します。
木立が並ぶ尾根道をアップダウンしながら、1時間かけて、山頂
付近の白山神社を経由して進美寺到着。
天台宗の古刹進美寺は、鎌倉時代はじめに鎌倉殿(将軍源頼朝
)の命により、但馬国守護・源(安達)親長によって、源平内乱で数
十万に及ぶ戦没者を慰めるため但馬分「五輪宝塔三百基造立供
養」が行われたという記録があります。
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ここは北側が開けていて雲海が楽しめます。
今回は赤崎側におり、橋を渡って会社駐車場が最終地点す。
 

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2009年11月 2日 (月)

但馬霧 雲海 大岡山

秋晴れが続くこの時期、昼と夜の寒暖の差が放射冷却と
なり、川や地上の水分が蒸発し霧が発生します。
とくに山に囲まれた場所には霧が滞留し、高地から見る
と雲海となります。
但馬では、郷路岳・来日岳・進美寺山・大岡山・朝来山か
ら見られる雲海が知られています。
中でも大岡山(653m)はゴルフ場があるので、山頂まで
車で登ることができ、容易に雲海が楽しめます。
私が学んだ府中中学校の校歌にも「♪大岡山の円かな
る姿を自が鑑とし・・♪」と歌われるなだらかな山です。
但し、ゴルフ場敷地に入るので、挨拶が必要です。

北東方向             南東方向
Img_1630_5  Img_1643_3

昨年早朝朝来山に登って撮影した見事な雲海。
「天空の城、竹田城跡、但馬霧、雲海」 必見です 
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-11fc.html
 

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2009年11月 1日 (日)

氷ノ山越 鉢伏山 1,221m

紅葉が見頃と聞き、氷ノ山(1,510m)に出かけました。
登山口の福定親水公園駐車場は満杯、さすがに兵庫一
高い山は人気者です。
今回は山頂を目指さずに、氷の山越(1,250m)から北へ
赤倉山(1,332m)→ぶん廻しコース→ホードー杉→高丸
山(1,070m)→鉢伏山(1,221m)から鉢伏高原交流セン
ターへ下山する縦走コースを選びました。

登り始めて80分、鳥取との境で、因幡の人が伊勢参りに
越えた伊勢街道の分岐でもある氷ノ山越到着です。
数十人の大団体が鳥取舂米(つくよね)側から登ってきて
大賑わいでした。

登山道から氷ノ山山頂       大賑わいの氷ノ山越え
P1020438 P1020446
皆は南へ70分の山頂を目指しますが、ひとり北へ向かって
1,000m級の縦走です。
天気も良く、さわやかな秋晴れで、周囲の眺めは抜群です。
道中どこからでも南を向くと紅葉の氷ノ山が見られ、360度
の展望はすばらしいものです。

縦走路から南、氷ノ山を望む  西方向鳥取の山並み
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目的地 鉢伏山          東方向 西・東床尾山
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上り下りを繰りかえしながら、ぶん廻しコースのブナ自然林
を抜け、ホードー杉に立ち寄り、急坂を下ると気持ちの良い
草原歩きの東には大久保・鉢伏の民宿街が広がっています。

休憩も兼ねた短時間の昼食後、小代越えまで下り、高丸山
鉢伏山へと登りが続きます。

鉢伏山頂では、観光バスのグループがケルンを占領中です。
縦走中に出会ったのは3組程度でしたが、氷ノ山越と鉢伏山
頂で数十人のグループと出会う賑やかな山歩きでした。

鉢伏山山頂             ケルンから氷ノ山を望む
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登りはじめが9時、下山場所の鉢伏高原到着が15時。
休憩を除くと5時間半歩いていたことになります。
秋も深まり、落ち葉の尾根道で見る紅葉と景色は、一人で楽
しむにはもったいないくらいでした。
 

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2009年10月31日 (土)

家庭菜園 晩秋編

「地産地消」の上を行く、「自産自消」の伊佐屋三木自慢の
実習菜園です
秋も深まり、里芋・サツマイモ・ショウガなど根物の収穫最
中の一方、秋冬野菜の収穫も始まります。
今年は雨が多い天候のせいでしょうか、根物が例年になく
良くできました。

マイ菜園西面           マイ菜園東面
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収穫中の小豆          ショウガ(左下の黒いのが種生姜)
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イチゴ定植完了          芽が出たニンニク
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来春に向けてこれからの仕事は、タマネギの定植とエンドウ
の種まきが残っていますが、それで「秋終い」となります。
 

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2009年10月30日 (金)

いなかのせんきょ

千早赤阪村と関連して、おもしろい本の紹介です。
村長選挙の話ですが、これが無茶苦茶面白く読めます。
会話はすべて方言で溢れ、講談調で書かれていて、一気に
読めてしまいます。
P1020573
合併をあてにして建てた「雛わらじ記念館」24億円が、合併ご破
算で村に莫大な借金となり、村長が引責辞任しました。
村議・深沢清春は助役・平山忠則に村の建て直しを請われます。
ところが清春を推した平山が対立候補として出馬!おまけに土建
屋、材木屋、村会議長ら村中の有力者が推薦人にならび、戸蔭
村、ン十年ぶりの選挙戦になりました。

真面目一徹、村を愛する村議・深沢清春に対するは、実力者を
推薦人にずらりと揃えたエリート助役平山と対決。
買収・饗応、談合・有力者からの圧力など何でもありの選挙戦。
人は足りない金もない。あるのは村への想いだけ。ないない尽
くしの清春が、家族を頼りに打った一世一代の大勝負です。

以下、本からの引用です。 ↓

「それが選挙ちうもんなんださ。わやなもんだ。お祭りみたいな
もんさ。
みーんな頭に血が昇って、喜怒哀楽が極端になってしまうんさ。
人前でスピーカー持って、大声で同じこと何べんもがなるなんて
、常日頃の神経ではとてもできたもんじゃねえ。
それが選挙になると平気でできるようになる。
おっかねいもんだ。
なーんにも見えなくなっちまうことだってある。
候補者当人ばかりでねいよ。周りの人間は、たいがい巻き込ま
れちまう。」

「合併できなかったことはけがの功名てか不幸中の幸いてか・
・・金のために金より大事なもの(戸蔭村の名前)をなくさなかっ
たンだから拾い物さ」
「都会と同じ道や建物が戸蔭村にもなきゃいけねいてことはな
い」
「戸蔭村を戸蔭村らしく、今のまんまで住よくなる工夫すべきじ
ゃねいかとおもっているんだよ」
「都会風に発展するより、戸蔭村らしい発展を工夫したほうが
ええ・・・たとえば山道を歩きやすいようにするとか、年寄りに古
い知恵を借りるとか、介護を役人任せにしねいで、みんなで助
け合ってやるとか、そういう地道ちうか、俺ららしい発展ではね
いか」

合併問題、公共事業、行政改革、役人の意識改革、村の発展
とは?等おふざけとも思えないメッセージが込められています。
 

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2009年10月29日 (木)

一冊の絵本になるような村 (続々報)

以前紹介した大阪府南河内郡千早赤阪村の続々報です。

伊佐屋三木のblog 「一冊の絵本になるような村」 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_dea4.html

「一冊の絵本になるような村(続報)」 ↓
http://izayamiki.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_662c.html

河内長野市との合併を主張し、村長選挙で私の友人を破
って当選した現職の村長は、その後合併協議の具体化を
進めましたが、結果として合併はご破算になりました。

合併協議が進むにつれ、合併によって村民の貴重な財産
である公共施設が無くなったり、民営化や他の用途への転
用、財政も自立でやっていけることなどが明らかになるにつ
れ、村民の間から「そんな合併ならしないほうがいい」という
声が広がり、議会の賛成を得られませんでした。

合併を主導した橋下知事は、「非常に残念。議会のつまら
んメンツだろう。合併推進の代替案を出さないと、議会とし
ての責任放棄だ」と述べ村議会の対応を批判しました。

私の友人は「大阪でたった一つの貴重な村、歴史と誇りあ
る千早赤阪村を守ろう」、「新しい村づくりをめざそう」・「村
政の主人公は村民」という立場を基本に、新たな村づくり
に挑戦しています。
合併しない選択をした以上、住民と職員が知恵と汗を出し
あって「一冊の絵本になるような村」「小さくとも輝くまち」を
目指してほしいものです。
 

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